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陰謀

 軍事大国として名高いマルドナークにも歓楽街は当然存在する。むしろ兵士達の慰労のため、欲望を満足させる施設は必要であり、娼館やそれに類する店の数は公認されているもの、更に非合法なものを含めれば数え切れないほどだ。皇都イルセリアからほどほどの距離にある有名な歓楽街ハルノーヴァは、最高級の格式を誇る娼館から場末の安宿まであらゆる遊興施設が取り揃えられていると言われている。

 その比較的治安の良い一角にある上客を扱う宿『黄玉の竪琴亭』に、身なりの良い軍人が出入りすることは珍しくなかった。一般の客もいるが、『黄玉の竪琴亭』は貴族階級を含んだ軍の上層部にいる軍人の定宿として知られているからだ。だが、その軍人達の更に限られた者が、実はこの宿の主人に会うことを目的としているのだと知る者は、従業員でさえ多くはない。

 今日はそのような客が『黄玉の竪琴亭』を訪れた時に使われる、奥まった客室の中にあるこじんまりとした一室に、宿の主人とでっぷりとした将軍の軍服をまとった老人の姿があった。

 「実はエール=シオンのエリオン(王都)魔法学校の生徒を一人、我が国に留学させたいのだよ」

 マルドナークからユエ共和国の学都、またはエール=シオンのエリオン(王都)魔法学校への留学は珍しくないが、逆の場合は珍しく、特に政治的意味合いを含むものがほとんどになる。今回もそれかと思った琥珀色の長い癖毛を、エンジのリボンで複雑な編み込みにして左に垂らした宿の主人は、気の乗らなさそうな顔で、彼の赴任地から片道六日かかる距離というのに、わざわざ自分に会いに来た樽腹のすだれ頭をした爺を一瞥した。

 後ろに副官を立たせ、応接用の椅子に踏ん反り返った姿は、偉そうな軍服がもったいないというのが彼の正直な感想だった。それでもこの樽腹爺は公爵家の血筋で、一応まだ将軍の地位を有しているから、仕方無しにでも話を聞いておくが、グランドル将軍と机を挟んだ向かい側の椅子に足を組んで座る彼は、乗り気ではない態度を隠そうともしない。

 「それでアタシに迎えに行って欲しいなんて、どんだけお偉いさんなのよ」

 女言葉を話す『黄玉の竪琴亭』の主人は、理想の騎士の体格をした華やかな顔立ちの青年だった。筋肉ムチムチに至らず、適度にがっしりとした骨太で背の高い均整の取れた体躯は、ある種理想の男性像といえた。しかも人目を引く艶やかな男の色を掃いた美貌は、翡翠の極上品をはめ込んだ瞳といい、名の知れた舞台俳優でさえ羨む美男子のものだった。普通なら気色悪いものになるだろうわざと着崩した女物の服装に派手な肩布を掛けた姿は、だらしなくなる一歩手前の粋な雰囲気を演出し、その美貌を引き立てている。

 横柄な口調といい、軍人の目には顔を顰めるものにしか写らない奇抜な姿といい、非常に気に食わないとはいえ、相手がこの国に唯一の異名持ちとあっては意見することもできず、グランドル将軍は彼にしてはへりくだった態度で接していた。

 「ただの商家の息子だ、四元素属性と治癒持ちではあるがね」

 「ふうん、そういうことね」

 将来の異名持ち候補の条件を持つ少年であると、グランドル将軍は言いたいのだと、琥珀の影絵使いは一見興味なさそうに呟いた。その態度の素っ気なさは、いくら四元素属性と治癒を使える希少な存在とはいえ、異名持ちになるとは限らないと、将軍の地位にしがみ付く老いぼれは知らないのかと言わんばかりだ。

 「でも言っちゃなんだけど、エリオン(エール=シオン王都)魔法学校からうち(マルドナーク)に留学なんてよく向こうが承知したものね」

 マルドナークから空魔法を使う魔術師の姪である少女を、本人の希望で留学生として送るくらいには、魔法教育についてはあちら(エリオン魔法学校)はユエ共和国のミルド学院と並んで抜きん出ている。いくら四元素属性と治癒持ちとはいえマルドナークに逆留学させるなど、どんな事情があるか知らないが、所詮レベルが知れているのではないかと琥珀の魔術師は思ったから、あまり興味を持てなかった。だが、グランドル将軍から返ってきたのは予想外の言葉だった。

 「無論承知してなどして貰えないから、極秘裏にこちらに迎えたいのだよ。貴方には、是非その少年を説得して貰いに行っていただけないかと、今日はお願いに参った次第だ」

 「アンタ正気?」

 詰まる所このすだれ頭の樽腹将軍は、その生徒をエール=シオンの王都から拉致してきて欲しいと、琥珀の魔術師に言っているのだった。

 誰が考えても無茶苦茶だ。下手をしたらエール=シオンとの国交にも関わりかねないのだから、琥珀の魔術師が向かいに座る男の正気を疑ったのも当然と言える。優秀な魔術師を血統に取り込んだ公爵家の血筋のおかげで、魔力に恵まれ老化速度が遅いとはいえ、グランドル将軍はすでに六十歳を越え、七十の大台に手がかかろうかという老人である。呆けて老いの狂気に囚われたかとも思える発言だった。

 「その少年はもうすぐ十三歳になるそうだが、今年エリオン(エール=シオン王都)魔法学校に入学して、すでに炎竜嵐や水竜嵐を二本立てで撃てるそうだ。それも杖を使わず、無詠唱だそうだ。容姿も、なかなか見応えがあると思わないかね」

 おもむろに副官が鞄から取り出した魔導具、手のひらに余る大きさの丸鏡に写し出された少年の顔は、なるほどと見惚れてしまう容姿だった。白銀の髪に薄い青の瞳、すっと通った鼻梁に繊細な美貌の少年は、琥珀の魔術師の感性に触れるものがある。

 魔導鏡に見入る琥珀の影絵使いに、グランドル将軍はこれ見よがしに言い募った。

 「どうかね、ちょっとその辺にはいない綺麗な子だろう。エール=シオンの金の魔術師が惚れ込んでいるのも無理はないと思わないか」

 それを聞いて琥珀の魔術師はなるほどと、納得した。誰がこの老いぼれ将軍にその話を持ってきたかは知らないが、そいつはツボを心得ている。

 グランドル将軍が万年窓際将軍と陰口を叩かれ閑職を巡る原因となったのは、四十数年前に自国(マルドナーク)の異名持ち『白の幻妖精』を殺され、しかも手を下した『黒の魔法殺し』を『黄金の天秤操者』にまんまとエール=シオンに持っていかれた失態からだ。グランドルはその地方の駐在武官の立場にいたが、政治的な力が働いて責任を現場指揮官に被せて直接の処罰は免れたものの、その後は公爵家の引きで地位は上がっても閑職ばかりに回される羽目になったのだった。

 「愛があれば年の差なんかとはいうものの、当時の黒の魔法殺しが二十歳くらいでしょ。この子は少し幼過ぎじゃないの」

 当時、『黒の魔法殺し』と呼ばれることになる青年はその異才の一切を周囲に隠しており、金の魔術師は単に偶然見つけた見栄えの良い男に惚れ込んで口説いているという評判が立ったのだ。稀な美男美女の取り合わせは艶っぽい金の魔術師の言動により、そう思わせるに足る説得力を持っていた。それをグランドル達マルドナーク側も真に受け、自国の異名持ち(白の幻妖精)の喪失と他国(エール=シオン)異名持ち(黒の魔法殺し)を与えるという大失態を招いた。

 魔力の高さ、四元素属性に治癒持ち、杖無し無詠唱、更に際立った美貌に加えて金の魔術師の存在。確かにこれだけの条件が揃っていれば、客観的に見てもこの少年が異名持ちになる可能性はかなり高い。グランドル将軍が四十年越しの報復を、金の魔術師に行おうという気になるというものだ。

 琥珀の魔術師に自身の過去の失態を皮肉られたグランドル将軍は、一瞬怒気を発したが、かろうじて表情に出すにとどめていた。

 「エール=シオンでは金の魔術師がその子供に入れあげていて、将来の愛人候補だともっぱらの評判だそうだ。何しろその子供が四元素属性持ちということと魔力の高さは、その噂のせいで巧妙に隠されていて世間に知られていないらしい」

 「まさに、あの時とそっくりってわけね」

 黒の魔法殺しの一件は、他国での評判でありしかもすでに四十年以上が過ぎていることもあって、エール=シオンでは知る者は数少ないだろう。それに、あの金の魔術師の根回しの巧妙さは、賞賛に値する。だが、今度笑うのはこちらの番だと、グランドル将軍は過去の汚点を拭い去る好機に舌舐めずりしていた。

 「本人が自ら我が国に来たとなれば、エール=シオンとてとやかく言えまいよ。そうではないかね、琥珀殿」

 手段など、マルドナーク国内に入れてしまえば幾らでも言い抜けは可能だ。そして手中に収めてしまえば、いくら魔法を使えても所詮は十二歳の子供のことだ。「教育」次第でどうとでもできると、グランドルでなくても考えるだろう。

 「杖無し無詠唱で炎竜嵐クラスの魔法使えるんじゃ、そこらの魔術師では荷が重いか。それに万一スカつかまされたんじゃ目も当てられないから、アタシにその子の判定をさせたいってことね」

 「その通り。殺すなら何もわざわざ貴方に依頼はしない」

 嫌な爺だと、琥珀の魔術師は自分が引き受けなければ、その子を殺す手段を取ることを匂わせた樽腹の老いぼれ将軍を心中で罵った。

 罪のない子供が殺されるのを見過ごすのは気分が良くないが、言ってしまえばそれだけのことだ。だが、それもその子が同類でなければの話だった。もし、その子が異名持ちになる存在なら、琥珀の魔術師は他人に委ねる気にはなれない。依頼主がどんなに気に食わない奴でも。




 王都の第一師団の駐屯地の一角を不自然な沈黙が包んでいた。

 濃い緑に微妙に紫がかかったような、不気味な色をした液体が入った瓶を手に、第一師団の騎士が固まっていた。瓶自体はそれ程大きくない。手のひらに全体がすっぽり収まる程度だ。問題はその中身だった。

 木の栓を抜けば、鼻につく異臭が漂ってくる。

 「これを飲めと?」

 訓練試合で、自分を叩きのめした女性が、ニッコリ微笑んで頷く。恐怖の微笑みだった。

 「男でしょ、一気にいっちゃいなさい」

 デューレイアが更に笑顔の圧力をかける。周囲の騎士(同僚)や兵士達が固唾を呑んで見守る中、彼は恐る恐る瓶を口元に運んでいく。

 「大丈夫、万一の時は黒のブランが治療してくれるわ。死なない死なない」

 それ全然大丈夫じゃないだろうと、皆は思うが口にしない。誰だって自分が犠牲(身代わり)になるのはごめんだった。心の中で生贄(実験台)の冥福を祈りつつ、沈黙を守った。

 勝ったら今夜おつきあいしてあげるとのデューレイアの甘言に乗って、勝負を挑んだ自分が馬鹿だったと、男はひたすら後悔した。デューレイアとの腕の差は普段の訓練で思い知っていたはずなのに、万一に賭けてしまった男の欲望に負けた己の浅はかさを嘆いても手遅れだ。

 オレも男だと、ゴクリと喉を鳴らし、彼は目を瞑って瓶の中身を一息に飲み干した。

 「‥‥‥‥‥‥み‥‥みず‥‥‥‥」

 口を押さえ、前のめりに転がって獣の唸り声を上げ、絞り出した声で水を懇願する。

 「だ‥大丈夫ですか?」

 場違いに綺麗な少年が、思わず倒れた騎士に駆け寄ったのを、得体の知れない薬を持ち込んだ張本人が制止する。

 「駄目よルディちゃん。経過を見たいの、手は出さないで」

 「でも、お姉さん。水が欲しいって言ってるけど」

 綺麗な男の子にお姉さんと呼ばれて気を悪くする女性はいない。ブランが隣の研究室の主を「お姉さん」と呼ぶようにルディに指導したのは正解だった。ちなみに彼女はブランより一歳年下の、当年とってピチピチの六十三歳だ。

 「うーん、しょうがないわね」

 ルディにお姉さんと呼ばれてニコニコしているクソババアを心の中で毒づいておいて、デューレイアは水筒を持って悶絶している男に近づいた。

 「ほら水よ。飲める?」

 仕方ない特別手当と、地面に座り転がっている男の頭を自分の太腿の上に乗せ、水筒を口元に付けた。

 おおおっと、声にならないどよめきが騎士達の間に起こった。中には涙ぐんでいる奴までいる。羨ましさと怨嗟と同情の入り交じった複雑な視線に晒されている男は、口元に持ってこられた水筒に口をつける。

 自分の頭が乗っている弾力があって柔らかい枕がなんなのか、この時点では彼はまだ気づいていない。水筒の水を勢いよく飲み干してからようやく、彼は自分の頭が何処にあるかに気づいて、一気に地獄から天国へと昇り、命を賭けた貴重な機会に浸るべくその感触を堪能していた。

 「はいはい、もう起きなさい」

 しばらくは、自分が飲まずに済んだ感謝の気持ちと後ろめたさで膝を貸していたデューレイアだったが、男の顔色が赤くなったのを見て、頃合いと膝枕終了を告げた。

 名残惜しそうに起き上がった騎士に、薬の製作者リリータイアは紙とペンを持って近づき、てきぱきと診察を開始する。

 「熱はないわね。脈拍は」

 体調を聞かれた男は、それよりも水を求めた。出来れば口直しになるものも欲しいという。

 「そんなに不味かった?」

 「不味いなんて、あれは人間が飲むもんじゃねぇ」

 リリータイアにあまりに酷い、味以前の代物だと訴える。

 「おい、味見はしなかったのか?」

 「するわけないじゃない。見るからに不味そうだったもの」

 ブランにあっさりと飲んでいないと答えた薬の製作者を、騎士達全員がクソババアと心で罵ったのは間違いなかった。

 「効果はほぼ予想通りね。回復魔法の半分には及ばないけど、良いところまでいっているわ」

 打撲も痛みは残っているが大分回復しているし、身体に異常は見られない。

 「これで、回復の半分以下」

 飲んだ男が、致命的な味に引き替え、効果の低さに呆然となる。

 「何言ってるの、画期的な薬よ。治癒魔法なしで回復するなんて凄いことじゃないの」

 言っていることはわかるが、アンタ飲んでみろと味の酷さを声を大にして叫ぶ。はっきり言って、今も味覚の感覚が麻痺している。だが、そんな男の声は綺麗に無視して、リリータイアは結果を書いた紙を見ながら、恐ろしいことを呟いた。

 「もう少し臨床例が欲しいわね。切り傷に対する効果とか、魔力の回復も計りたいし、最低あと二例お願いしたいわ」

 あと二人の犠牲者を要求する死に神の声に、騎士も兵士達も思わず後退った。先手を制し、ここで逃げられてたまるかと、デューレイアは声を張り上げる。

 「逃げるなんてしないわよね。王国第一師団の騎士が、女に背を向けて逃げる?」

 冗談はなしよと、思いっきり脅迫するデューレイアに、騎士達は蒼白となる。彼女ならやる。高らかに笑いながら行きつけの酒場で、彼らの醜態を語って聞かせるに違いなかった。身の安全を取るか、女に怯えて逃げたと嘲笑される未来を取るかといわれた彼らの足は、その場に釘付けとなった。

 「条件は一緒よ。ただし、相手を選ばせてあげる。わたしか、ブランか、ルディの誰でもいいわ」

 そう言われても、選択対象の中で勝てそうなのは一見してルディだけだ。だからといってルディ(子供)を選べる恥知らずは、さすがに第一師団にはいない。それこそ第一師団の名誉にかかわる。王国の異名持ちを選択するのは論外だし、選択肢はあってないようなものだった。

 デューレイアが今回声を掛けたのは、当面出動予定の無い中隊二つ。その中でも明後日に行われる昇格試験の受験者及び担当者は除外。そうなると、デューレイアとやりあえる者は十人とはいない。殲滅の紅焔の二つ名は伊達ではないのだ。それでも剣だけならまだ良いが、今回はブランがいることで魔法が全面解禁となっている。異名持ち、それも魔法殺しが魔法のダメージを止めてくれる保証があるからこそだが、そうなるとデューレイアに確実に勝てると言える者はほぼいない。デューレイアは非常に魅力的だが、罰ゲームが怖すぎるとあって、全員が二の足を踏んでいた。

 「別に遠慮はいらないわ、ルディはこれでも黒のブランの直弟子なんだから」

 そうはいってもと、揃って皆の目が自分に集中したのに、ルディは緊張した面持ちで立ち尽くしていた。

 「無理言うなデューア。仕方ない、オレが相手をしよう。魔法は一切なしの剣の勝負でどうだ、騎士殿」

 自分が負けたらこの話は無しだ(実験台は要求しない)と言う。何を言い繕ったところで彼らもプライドにかけて子供ルディを選べるわけがないと、ブランは自ら申し出た。このままではラチがあかないと思ったからだ。

 「魔法抜きの魔術師相手に臆したなんて、評判立てられたくなければさっさと名乗り出る」

 デューレイアの挑発に乗ったのは、今まで傍観者でいた中隊の隊長二人だ。

 「そこまで言われては仕方ない。これも中隊長の責任だ。名誉のため、隊員のためお相手しよう」

 隊員達の縋るような目で懇願されたとあっては、嫌でも出る以外にはなかったのだ。しかも、好意からの申し出だと思い込んだ彼らは、当たり前だがブランの剣の腕を知らなかった。

 「デューア姉さん、酷くないか」

 こっそりと隅で呟いたのは、昇格試験があるからと、対象から外れることが出来たファンだ。

 詐欺だろうと、ブランに剣の勝負で負ける度にデューレイアに愚痴られていたファンは、従姉達の悪辣さに天を仰ぎ見た。

 そもそも昇格試験直前のこの時期に持ってきたことが計画的だった。デューレイアに勝ち得る者は試験官になっているため、試験の担当者を除外したことでデューレイアの勝ちは半ば保証されたようなものだった。中隊長達の剣の腕は、デューレイアとほぼ互角だ。

 「本当に、よろしいか?」

 騎士に剣での勝負を申し出た魔術師に、中隊長は気遣わしげに確認を取るが、ブランは気にするなと軽く笑って言った。

 「真剣でもないし、死ぬことはないだろう。万一の時はルディも治癒魔法を結構使えるから心配はいらない。王国第一師団の中隊長殿の腕前を知る良い機会だ。是非手加減抜きでお願いする」

 嘘は一言も言っていないのだが、こちらの方が詐欺師の資格十分だ。何しろ魔術師が剣の勝負を申し出るなど、無茶な話(犠牲者の提供)をやめさせる為の方便だと、相手が考えると承知で引っ掛けたのだ。現に中隊長も、こうでもしないとデューレイアも引っ込みがつかないから、ブランが無理を承知で言い出したのだと思い込んでいるようだった。

 ひとかたならない美青年である王国の異名持ちは、借りた訓練用の刃を潰した剣を片手で二三度振って、中隊長と対峙した。見た目には剣など扱えないような優男だが、意外に様になっている所作に、中隊長はおやと表情を改めた。

 「では、参る」

 開始のかけ声をかけてから打ち込んだ中隊長の剣を、刀身を滑らせるように受け流し、ブランは横から流れるように踏み込んだ。一瞬、何が起こったのかわからないまま、中隊長の身体が崩れた。

 「そこまで」

 デューレイアの制止の声に、両者は身を引いた。見ると中隊長の右胸が斜めに浅く切り裂かれている。

 「参りました。真剣なら、致命傷ですな」

 油断しなかったとは言わないが、それも自業自得だ。冷静に、自身の負った傷を分析したのは、さすがに場数を踏んだベテランだった。

 これはまずいと、気を引き締めて対峙したもう一人の中隊長は、三度切り結んで右手首を強打され剣を取り落とした。

 「ごめんなさい。実はブランはわたしより強いのよ」

 勝負がついてから、未だかつて剣でも勝ったことがないと告白したデューレイアに、それはないと騎士達は恨めしげな目を向けた。同時に、黒の魔法殺しの異名を持つ青年の姿をした魔術師を、畏怖の目で見詰める。

 「仕方ありません。潔く負けを認めましょう」

 二人の中隊長は、引きつった顔で、リリータイアの持つ薬を凝視した。


琥珀は定番のオネエキャラにしてしまいました。イメージとしては戦国時代の歌舞伎者といった感じの魔術師でしょうか。

ブランとリュレの出会いの話である過去のエピソードは、そのうちに書きたいと思っていますが、あらましは今回出てきたとおりリュレがブランを逆ナンしたというだけのものです。ちなみに二人は男女の関係じゃありません。

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