表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

走れメフィストフェレス!汗と涙の魔界マラソン大会 後編

一斉に駆け出す魔族たち。

だがまだ全力で駆けるには早すぎる。

何しろ先は長いのだ。

メフィストフェレスはルキフグスロフォカルスと並び、全体で言うとちょうど真ん中ほどの位置で走っていた。

勇者は最後尾の一団の中にいる。

空中を見上げれば魔界ビジョンの大きな画面が幾つか浮かんでいた。

貴賓席のあのお方を映したもの、走りゆく者たちをそれぞれ映したもの、中でも一番注目を集めているのは勇者を映したものだ。

このビジョンを通して別の階層を走る選手を、貴賓席の様子を見れる訳である。

だがメフィストフェレスは視線を自分の進行方向へと戻した。

上を見ていれば足元が危ない。

首位を狙うつもりはないが、そうかと言って無様な結果は晒せないのだ。


「低位の連中も頑張るな」


ルキフグスロフォカルスのつぶやきに頷く。

半身半馬のケンタウロス、蛙の魔物ヘルフロッグなどかなりの数の低位魔族が前方を疾走している。

地を駆ける者、というのが参加条件なので空を飛ぶ種の魔物は参加しない。

二人はほどほどのスピードを保ち第一層を駆け終えて転移門へと飛び込んだ。


第二層に入ってすぐ、メフィストフェレスは顔見知りに声を掛けられた。


「メフィストフェレス様、ごきげんよう」

「ああ、貴方もゲスト枠で参加でしたね」


並走しながらその魔族は微笑む。

彼女はリリス。マカデミー主演女優賞を受賞した人気女優である。

リリスも勇者同様に青地にコキュートスchのマークが入ったユニフォームを着ている。

彼女は今出演しているドラマの宣伝の為に参加したのだ。

ユニフォームには金字で『死と欲望のロンド』とタイトルが書かれていた。


「メフィストフェレス様、勇者様も参加されてるんでしょう?

プロデューサーから話を聞いて以来ずっとお会いするの楽しみにしてたんですけれど……。

勇者様はどちらに?」

「勇者殿は一番後方のグループにいらっしゃいますよ」

「まあ、そうなんですね。では私はスピードを落として勇者様にご挨拶しますわ。

サインが欲しいと思って……」


頬を染めて、それでは失礼とスピードを落とすリリス。

メフィストフェレスとルキフグスロフォカルスはそのままのスピードで走り続けた。


「それにしても勇者の人気は凄いな。リリスと言い、あれといい……」


ルキフグスロフォカルスがあれと指差した方を見る。

街道脇の観客席。多くの観客たちがコキュートスchが限定発売したグッズを手にしている。

勇者の顔が描かれた勇者団扇、勇者Tシャツ、勇者タオル。

中には自作の『頑張れ!我らが勇者』と書かれたプレートを掲げている魔族もいた。


「そうですね。我々もゴール後で彼にサインでももらっておきますか」


きっと勇者は嫌な顔をするだろう。

その顔を見てみたいとメフィストフェレスは笑った。

その時、魔界ビジョンから大声が響き渡る。


「くぉらぁー!ベルフェゴール、貴様!サボりは許さん!何のために氷漬けから出してやったと思ってる!失格だ!」


慌ててビジョンを見ると貴賓席のあのお方がお怒りだ。


「ベルフェゴール様が……」


ルキフグスロフォカルスが指差すビジョンを見た。

メフィストフェレス達よりも先、第三層を走る選手を映すはずのビジョンである。

そこには緑地に金字で『怠惰』と書かれたユニフォームを着たベルフェゴールが魔法で吹き飛ばされ、額に『失格』という巨大スタンプを押されている姿が映っていた。

一緒に何人かの魔族もサボりで失格となる。

これも『怠惰』のユニフォームを着ている者であった。


「サボりがあのお方にばれたのですね」

「まあ、怠惰を司るお方だ。仕方ないか……」

「ルキフグス、あれを……」


メフィストフェレスは複数の女たちに囲まれてコースから外れていく存在を指差した。

ちなみに桃色地に金字で『色欲』と書かれたユニフォームを着ている。


「あれはアスモデウス様か?」

「そのようですね」


ここ第二層は魔界一の歓楽街だ。

馴染みの娼婦だろう。

アスモデウスのうしろに同じように『色欲』ユニフォームを着た魔族が続く。

それにしてもコースを走る選手にむけて客引きするとは商魂たくましい。

メフィストフェレスは思わず感心した。


「氷漬け生活に飽きてらっしゃったんだろうけどな」


ルキフグスロフォカルスが続きを言う前に、また貴賓席を映すビジョンから怒鳴り声が聞こえた。


「アスモデウス!お前も失格だ!」


コースからは見えないが今ごろ失格スタンプを額に押され、アスモデウスはコキュートスに連行され再び氷漬けにされるだろう。


「嘆かわしいですね。各チームの旗印となられるお方が」


メフィストフェレスはため息をついた。

目前に転移門が見える。

失格となった権力者二人のことを頭から追い出して、メフィストフェレスは門へと飛び込んだ。


第三層は皆おとなしく地道に走っていた。

そろそろ喉が乾いてくる頃だ。

タイミングよく給水ポイントに差し掛かる。

コキュートスchの名前が書かれた長いテーブルに置かれる紙コップ。

走りながらそれを一つ取り、メフィストフェレスは一気に飲み干した。

これは勇者印のスポーツドリンクだ。

コップを投げ捨て更に駆け、第四層へと転移門に飛び込む。

やはり先ほどのベルフェゴールとアスモデウスと言った権力者失格の煽りを受けてだろうか。

今のところ他には問題が起こってない。

首位の一団は多数の高位魔族、それも魔界でも上位の実力派がそろっている。

暴食のベルゼブブ、憤怒のアドラメレク、嫉妬のレヴィアタン、マラソン大会を提案したアザゼルもいた。

驚いた事に低位の魔族であるヘルフロッグやケンタウロスまで上位へと食い込んでいる。


「そう言えば…マモン様がいらっしゃらないな」


ルキフグスロフォカルスの言葉に頷く。

二人はその理由を第五層へと飛び込んですぐに知る事となった。


「報告書はこれだけか?第三層のが抜けているぞ」

「申し訳ありません、マモン様!まだ三層は売り上げの集計が済んでいないらしく……」

「ならば私が三層まで一度戻ろう。その間に飲み物の売れ行きを調べろ。

あと勇者印のエナジードリンクと宵闇ビールから限定発売の勇者ビールの在庫には気をつけよ!」


黄色地に『強欲』と金字で書かれたユニフォームを着たマモンがコースを逆走しはじめた。

メフィストフェレスとルキフグスロフォカルスはすれ違いざま一礼する。


「マモン様は各層へ出店された屋台の売り上げの方が気になられるようですね」

「まあ強欲を司るお方だしな……だが、あの逆走はありなのか?」


二人は、まああのお方が咎めぬのならば有りかと自分を納得させて走り続けた。


第六層を過ぎ第七層へ突入した時、何やら不穏な空気を感じた。

前方が騒がしい。


「メフィスト!見ろ!」


ビジョンを見ると、今まで首位の一団を走っていたはずのアドラメレクとレヴィアタンが戦っている。

その地点はどんどん近づいてきた。

ぶつかる二つの強大な魔力。

逃げ惑う観客たち。

メフィストフェレスは思わず顔を引きつらせる。

これはまずい。

何と言っても二人は魔界で上から数えられる権力者なのだ。

その攻撃魔法にうっかり当たったりしたら一瞬で消滅出来る。

メフィストフェレスは人間と比べれば天と地ほどの差がある実力を持っている。

だが魔族の中で見れば中の上と言ったところだ。

とても彼らの攻撃にはたえられない。

現に二人の戦いを避けようとして失敗し、衝撃波に巻き込まれたケンタウロスが一瞬で蒸発した。


「お前たち!いい加減にしないか!」


怒鳴りながら二人を止めようとするのは、魔界きっての常識人ベルゼブブ。

だがアドラメレクとレヴィアタンの戦いに同じく『憤怒』と『嫉妬』のユニフォームを着た他の魔族も加担する。

もはやその場は混乱しきっていた。


「アザゼル!お前も走ってないで、手伝わんか!」

「は!」


ベルゼブブに名指しされアザゼルがその戦闘の中へと入る。

他にも首位のグループを走っていた上位の魔族たちがベルゼブブに駆り出されていた。


「メフィスト!迂回するぞ!」


ルキフグスロフォカルスの提案に頷く。

なるべく攻撃が届かない範囲を走り続け、二人は第八層へと駆け込んだ。


第八層へと飛び込み気付く。

メフィストフェレスとルキフグスロフォカルスは今や首位のグループにいた。

上位の者の大半が第七層で足留め、脱落をしているのだ。

まさに運が良かったとしか言えない。


「なあ、メフィスト。今回のマラソン大会は戦闘禁止としてなかったのか?」


並走しながら怪訝な表情でルキフグスロフォカルスは尋ねる。


「ええ……あのお方が血と汗と涙の大会だと」

「汗と涙はとにかく……血?マ、マラソンとはそんな危険なスポーツなのか?」

「あまりそんな風に考えたくありませんね」


二人はため息をつき走る。

絶対にあのお方は先ほどの乱戦が起こるのを予期した上で言っている。

暇つぶしに付き合う我々は大変だ。


そして二人は最終層、第九層コキュートスに突入した。

そこでトップをひた走りしていたヘルフロッグが脱落する。

なぜならば、このコキュートス。その名も氷結地獄。

両生類や爬虫類に優しい所でない。


「やはりカエルだな……」

「そうですね、カエルでしたね」


いまやメフィストフェレスとルキフグスロフォカルスは首位を走っている。

これは二人にとって思ってもみなかった事態だ。

あのお方になるべく良い成績を捧げたいとは思ったものの、多くいる実力派魔族に勝てると思ってなかったのだ。

まあ今回は勝つと言うより、自滅していったの方が正しいが。

二人は顔を見合わせ頷く。

ここまでは並走してきた。だがここからは二人の勝負だ。

あのお方に一位を捧げたい、その気持ちは互いに一緒である。

二人は真剣に駆けた。

カイーナ、アンテノーラ、トロメーアを通過する。

ひたすらゴールの地ジュデッカを目指して。

追い抜き、追い抜かれを繰り返しメフィストフェレスとルキフグスロフォカルスは一位を争い走る。


だがその時、観客席から聞き捨てならない叫びが聞こえた。


「勇者が来たぞ!」

「勇者だ!」


その叫びに二人は思わず立ち止まり、空のビジョンを見上げた。


「バカな!勇者は最後尾にいたはずだ!」

「そんな馬鹿な……」


二人の目には既にトロメーアを通過し、二人の背後に迫るように爆走する勇者と魔法使いの姿。

その時背後から叫びが聞こえる。


「どけ!どけ!どけー!」

「どいて!どいて!」


もしや我々に向けての言葉かとメフィストフェレスは首を傾げる。

その瞬間、メフィストフェレスとルキフグスロフォカルスは勇者と連れの魔法使いに思い切り突き飛ばされ観客席に突っ込んだ。

観客席は興奮に包まれている。

よりにもよって最下位だった勇者が一位まで追い上げたのだ。

皆が勇者団扇や勇者タオルを振り回す。


「フィア、お腹痛い!」

「だから走る前に食うなって言ったんだ!」


勇者シェイドは幼い魔法使いを荷物のように抱え、ひたすら爆走する。

メフィストフェレスは思わずその背中に叫んだ。


「勇者殿!自力で走らねばダメですよ!」


勇者シェイドはメフィストフェレスとルキフグスロフォカルスを振り向き、爆走しながら叫ぶ。


「この子は六歳だ!小児割引の適用を申請する!」

「な……何故貴方がその割引の存在を知っているのです!」


ちなみに魔界では百歳以下の幼体は全施設割引価格で利用できる。


「メフィスト!見ろ!」


ルキフグスロフォカルスが指差す方を見て、メフィストフェレスは勇者の追い上げの理由を知る。

勇者の後ろから駆けてくるもの。

それは黒光りする巨大な身体に赤地に金字で『暴食』と書かれたゼッケンをつけた虫型の魔族。

人間界でゴキブリと呼ばれるその虫をそのまま巨大化させたようなキングカファールである。


「そう言えば……勇者殿はあの虫がダメでしたね」


以前人間のふりをして共に旅をした時の事を思い出し、苦々しく呟いた。


「よっ!メフィスト!お疲れさん!」


声をかけられ顔を向けるとそこにはアスタロトがいた。

アスタロトはとてもいい笑顔でメフィストフェレスにぐっと親指を立てて見せる。

彼はコキュートスchのスタッフジャンパーを着て、ケルベロスが引く中継車に何人かのクルーと共に乗っていた。

勇者を撮影するその中継車は瞬く間に通り過ぎる。


「アスタロト殿にしてやられましたね……」

「は?どう言う事だ」

「キングカファールですよ。勇者殿はあれをお嫌いだと知っていて、後ろから追い立てさせたのでしょう……」


ゴールの方から今以上の声援が聞こえた。

勇者は一位でゴールしたようだ。

コキュートスchとしてはこれ以上ない結果だろう。

最下位から追い上げて一位。


「俺たちも行くか」

「そうですね……」


メフィストフェレスとルキフグスロフォカルスは三位と四位を勝ち取った。

ゴール地点では勇者が


「その虫どっかやってくれ!ぎゃー!」


と騒がしく叫んでいる。

そしてメフィストフェレスはあのお方にルキフグスロフォカルスとともに呼び出された。


「あんなゴール真近で勇者に追い抜かれるなど怠慢」


と、本人サイン入り勇者Tシャツを着たあのお方に説教されるはめとなったのであった。

魔界編をご覧いただきありがとうございました。


評価、お気に入り登録頂いた方に心からお礼申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ