表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

走れメフィストフェレス!汗と涙の魔界マラソン大会 前編

ここは魔界。

魔界で最も尊いお方、破壊の神の居城である。

メフィストフェレスはその玉座の間の壁際に控え、目の前で繰り広げられる論争にうんざりしていた。


論争の原因となっているのは近々訪れる魔界創世記念日のイベントについてだ。

集った有力魔族より挙げられるアイディアはどれも尊いあのお方のお気に召さない。

もはや魔界創世より気が遠くなる程の年月が過ぎているのだ。

既に良いアイディアは過去に使われ尽くしている。

退屈を嫌うあのお方は、斬新かつ新しい催し物をご希望だ。


「だーかーら!そのような催し物はつまらんと言っておろう!」


玉座の前に並ぶ魔界の有力者たちは、あのお方に一喝され震え上がる。

静まり返るその中で、一人の魔族が進み出た。

その場にいた全員の注目を浴びて。

彼は今までずっと黙っていた堕天使アザゼルである。


「あのー。いっその事、魔界マラソン大会なんてどうっすか?」


あまりの突拍子もない意見に皆が沈黙した。

メフィストフェレスも思わずアザゼルを凝視する。


マ……マラソン大会?

我々魔族が何故そんなことを。


そこでメフィストフェレスは提案者であるアザゼルの特異な趣味を思い出した。

アザゼルは筋トレが大好きな筋肉馬鹿である。

今日もピチピチのタンクトップ姿でこの場へと馳せ参じているのだ。

そもそも魔族は肉体と言う器を持つ人間とは違う。

筋トレしたとて筋肉隆々になどならないのにアザゼルは筋トレを欠かさないそうだ。


だがいかに筋肉馬鹿と言えど相手は自分より高位の存在である。

迂闊な事は言えないと壁際で目を伏せた。


「マラソン大会?」


怪訝なあのお方の問い返しにアザゼルは満面の笑みで頷いた。


「ええ!そうです。きっと盛り上がりますよ。

希望を持ってスタート地点から一斉に駆け出す者たち!

息苦しさに上がる心拍数!舞い散る汗!

苦しみを乗り越え訪れるランナーズハイ!

挫折し倒れる者に駆け寄る身内!

走る者たちを応援し旗を振る観客!

ゴールのテープを切りし者は誰か!

……如何です?これぞ催し物に相応しい」


どこがだ?

思わずメフィストフェレスは呆れた。

だが彼の仕えるあのお方は瞳を輝かせその身を乗り出しているではないか。

これはまずい。嫌な予感がする。


「なるほど、それで?」

「せっかくですので魔界全土の主要街道を走りましょう!

第一層魔界の門からここ第九層コキュートスまで。

観客が押し寄せますよ」


笑顔で言い切ったアザゼルに重々しく頷きあのお方が立ち上がる。

そして立ち並ぶ配下の者たちを見わたし宣言した。


「よかろう。アザゼルよ、お前の案を採用してやる。

折角だから派手にやるぞ!

七つの大罪対抗戦だ!

優勝者には私から特別に褒美をやろう。

メフィストフェレスよ、直ちに準備を始めろ」


メフィストフェレスは顔がひきつりそうになるのを堪え、恭しく一礼する。

そしてゆっくりと玉座の間を出た。勿論準備の為だ。

今までやったことのない種類の催し物である。

時間が必要だ。

例えどんなしょうもない案であろうとも、かのお方が望むならば従者たる自分は叶えなければならぬのだ。



そして訪れた魔界創世記念日。

メフィストフェレスはスタート地点で柔軟運動をしていた。

気分はスタート前から憂鬱だ。

そもそも彼は参加するつもりも、予定もなかった。

だが主たるあのお方から、直属の部下の身にありながら不参加を決め込むとは何事かと叱責されたのだ。

そこで急遽昨日、参加が決まったのである。


この魔界最大のお祭りに、参加希望者は殺到した。

だが魔界の住人全員で参加する訳にはいかない。

実行委員長であるメフィストフェレスは、七つの大罪それぞれのチームで抽選を行い参加者を決める事とした。

当然、その身分や寄付金によっては優先枠もある訳なのだが、表向きは平等な抽選である。

その結果、人型の高位魔族が参加者の大半を占めるが、中には虫型や獣型の魔族も混じることとなった。


「よ!メフィスト!」


背後から声を掛けられ、メフィストフェレスは振り向いた。

そこにいたのは自分と同じ黒字に金の文字で傲慢とかかれたユニフォームを着た魔族。

自分は同じくあのお方に仕えるルキフグスロフォカルスだ。

あのお方からは魔界長い名前ツートップと呼ばれている。


「ルキフグス、あなたもですか?」

「ああ、最初は観戦を決め込んでのになぁ。屋台の食べ物でも食いながら」


参加者が走る街道の脇には観客が集い、コースにそって屋台の出店もされている。

メフィストフェレスは思わず苦笑する。

その時背後から子供特有の高い声がした。


「フィア、あれ食べたい」

「あー走る前だからな。腹痛くなるぞ。終わってからにしとけ」

「やだ、平気だもん」


驚いた様子でルキフグスロフォカルスがその二人を振り返る。

そこには人間の若い青年が一人とハーフエルフの幼女が一人。

なにやら屋台を指差し話している。

青年は根負けしたのか、諦めてチョコバナナとたこ焼きを買ってやっていた。


「あれは……勇者と仲間の魔法使いか?何故?」


思わずこぼしたルキフグスロフォカルスの問いにメフィストフェレスは答えてやる。


「ゲスト枠ですよ。今回の大会は魔界TVのコキュートスchが大口のスポンサーでしょう?」

「あ、ああ。そう言えば。あれか?人気番組、追え!勇者の珍道中の絡みか……」

「ええ。今回の大会の模様を特番にするつもりらしいです。

アスタロト殿のお話では」


なるほどなと頷くルキフグスロフォカルスを置いて人間の勇者シェイドと、その連れの魔法使いフィアレインに近寄る。

二人は青地にコキュートスchのシンボルマークが描かれ、その下に金字で『追え!勇者の珍道中』と番組タイトルが書かれたユニフォームを着ていた。


まさに番宣だ。


二人の目の前へ歩み寄り声をかける。

自分は実行委員長なのだ。特別ゲストには挨拶せねばならない。


「これは勇者殿。今回は魔界までご足労頂きありがとうございます」

「え……ああ。でもこんな事は今回限りだからな!」

「しかし……我々を毛嫌いするあなた様をどうやってコキュートスchの者たちは説得したのです?」


メフィストフェレスは今まで気になっていたことを聞く。

今後の参考になるやも知れないからだ。

勇者シェイドは渋々と言ったように話しだした。


「ギャラが良かったんだよ……」

「なるほど。勇者殿御一行はいつも金欠ですしね。

なかなかコキュートスchも考えますね」


勇者シェイドはさっと目を逸らした。


「魔族に混じってマラソンして勝てるとは思えんがな」


そもそも神の加護を受けた勇者と言えどただの人間。

低位の魔族とは渡り合えるが、堕天使などの高位魔族に力及ぶ訳がない。

だから最初から彼の参加は番組の宣伝としてしか期待されていない。


「良いのでは?参加されることに意味があるのでしょう」


コキュートスchの『追え!勇者の珍道中』は魔界一の人気番組である。

いまや勇者は魔界のアイドルだ。

まだ走り出してもないのに観客席からは、勇者様!と黄色い歓声が聴こえる。

ここは魔界で相手は人間の勇者であることを考えると何やら奇妙な話だが。

先日などメフィストフェレスの主たるあのお方に次ぐ魔界の権力者ベルゼブブも言っていたのだ。


『単なる卑小な人の身にありながら、我々魔族にこれだけの笑いをもたらすとは……勇者、侮りがたし』


と。もちろんメフィストフェレスの主たるあのお方もかの番組が大好きだ。

今回参加者だけに配られるコキュートスchのノベルティの勇者Tシャツを羨ましそうな眼差しで見つめ、ベルゼブブからあげませんからねと釘を刺されていた位である。

それに拗ねたあのお方はメフィストフェレスから勇者Tシャツを奪い取った。

そんな事を思い出しメフィストフェレスは、何やら走る前から不安いっぱいといった勇者に微笑んだ。


「特に今回は参加者が選りすぐりの面子ですからね。

あのお方を除く、七つの大罪を司る権力者の方が全員参加なされる」

「へいへい。俺たちはどうせ最下位ですよ」

「メフィスト!それは本当か?だからアスモデウス様とベルフェゴール様がいらっしゃるのか」


何時の間にやらルキフグスロフォカルスが隣にまで来ている。

メフィストフェレスは得心した。

ルキフグスロフォカルスも今回の祭りの実行委員だが担当は屋台の出店受付だった。

マラソン大会の事情に疎くても仕方ない。


「ええ、あのお方が今日だけは特別だと」

「そうか。魔界健康ランドで最後のコーヒー牛乳の一本を巡り戦って、氷漬けの刑を受けているはずのお二人がいらしたから……。

何故ここにと疑問に思ったんだよな」

「七つの大罪対抗戦ですから、やむなくです。

それよりも、ルキフグス。あのお方が出場しない分我々が頑張らねば」


そうだなと頷くルキフグスロフォカルスに満足し、メフィストフェレスは勇者にまたゴール後にでもと伝える。

勇者は疲れきった顔で頷いた。

連れの魔法使いの娘は必死にたこ焼きを食べており、もはや話を聞いてない。

まあ幼児なので仕方あるまい。

そろそろスタート時間だ。

メフィストフェレスはルキフグスロフォカルスと共に、その場を去った。



とうとう訪れたスタートの時間。

参加者は静まり返りスタートの合図を待つ。

コースはここ第一層魔界の門から始まり第九層コキュートスまで。

各層の主要街道を駆け、転移門を使って次の層まで移動し、また駆ける。

ゴールは第九層コキュートスの中心地ジュデッカにあるあのお方の居城前だ。

あのお方の飼いドラゴンたちが一斉に炎を吹く。そして合図の音が響き渡った。

後編に続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ