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ある勇者の憂鬱 脱出せよ!

シェイド・ブラックは当代の勇者である。

闇の神の加護を受け、三年前より人々を魔の物より救う旅に出ている。

勇者にはいくつか決まり事がある。

その中の一つに自ら傭兵ギルドに赴いて依頼を受けてはならないと言うものがある。

お陰でいつも金欠だ。

毒キノコだって食べるし、過去酷い時は装備品全てを売ろうかと思った事もある。


そんな勇者一行は今日も今日とて絶賛金欠中だ。


「うーん……ないね」

「ないな」


シェイドは幼い魔法使いフィアレインを見下ろした。二人は今食材を探しに山道を逸れ、樹々の間を歩いている。

残り二人の仲間は残り野営の支度だ。

目を皿にし地に視線を這わせても、毒キノコの一本すら生えてない。

これは困った。夕飯が塩味の具なしスープとなってしまう。


「何か食えそうな動物でもいいんだがなー」


ふと隣を見るとフィアレインは頭上の木の枝を睨んでいる。

その視線の先には、鳥の巣があり親鳥と雛がいた。


まさかこれ食うつもりか……。

いやいや流石にそれはちょっと。

確かにたまには新鮮な肉が食いたい。

干し肉にも飽きた。今やその干し肉すらないが。


何やらフィアレインが魔力を集中させ始めた。

これはやばい。本気でやるつもりだ。

慌ててシェイドはフィアレインの手を引く。

子供は放っておくと何をするやら分からないのだ。


「フィア!もうちょい奥まで行こう!」


ぐいぐいと引っ張り鳥の巣から引き離す。

急ぎ足で更に奥へと。仮にもここは山だ。

食べられる物がない訳がない。

毒だの味だのにこだわらなければ。

二人は帰りを待つ仲間の為にも歩みを早めた。


「シェイド!あれ!」


魔族の血のせいか夜目のきくフィアレインが前方を指差し叫ぶ。

シェイドにはその指差す先に何があるか分からない。


「なんだ?」

「お魚が走ってる!」

「はい?」


シェイドは目が点になった。

魚が陸を、それも山の中を駆ける。

全くもってあり得ない話である。もしそんな事があり得たら、それはもはや魚ではない。

きっと見間違いだ。間違いない。

だがフィアレインは、お魚がお魚がと繰り返し、シェイドの手を引っ張り駆け出そうとする。

あまりにぐいぐいと手を引かれ、これはまずいとシェイドは思った。


このままだと俺の腕がもげる!


フィアレインは六歳の子供である。

下手すると見た目は三歳くらいにしか見えない。

エルフ基準での大人になるまであと百九十四年も必要というからそれも仕方ないのかもしれない。

つまりどこからどう見てもお子様だ。

だが侮るなかれ、その腕力たるや人間の比ではないのだ。

かつて、彼女の杖にタコ殴りにされて千切れた敵の首が飛び、シェイドの顔面を直撃したことがあった。

あまりに凄まじい速度で飛んで来て激突した為、シェイドは自分の首の骨が折れるかと思った位である。

そういう事情もあり、慌ててシェイドはフィアレインと繋いでいた手を離す。


「お魚ー!」


シェイドの手から解き放たれた彼女は推定・魚めがけて駆けていく。


「ま、待て!フィア!魚は陸を走らない!待つんだ!」


あまりのフィアレインの必死さに一瞬呆気にとられる。

だが我に返り、慌てて後を追った。

こんな陽も暮れた山の中迷子になられても困るのだ。

フィアレインは未だに魚、魚と叫び獲物を追いかけている。

シェイドは何やら申し訳ない気分になった。

確かに最近あまりマトモな物を食べていない。

小さな子供には辛かろう。

幼い身でありながら戦闘で頑張ってくれている仲間に満足な食事も与えられない己の不甲斐なさに落ち込む。


神よ!俺の金運を少し上げてくれ!

哀れな幼子に人並みの食事を!


もはや貧民街の貧民のような祈りである。

そんな勇者らしからぬ祈りを捧げたシェイドは、かなり先を爆走するフィアレインにおいて行かれぬよう必死に駆けた。

すでに暗くなった中、樹々の間をぬって駆ける。しばらく進むと、突然広い場所へと出た。

シェイドは驚愕する。

そこには山の中とは思えぬほど立派な屋敷がそびえ立っていたからだ。


「おさかなー!」


屋敷の背後には満月が見える。コウモリ達が一斉に飛び立った。

フィアレインはまだ叫びながら獲物を追って、開かれた背の高い頑丈なつくりの鉄の門をくぐり抜け屋敷の敷地内へと入る。


これはまずい。

不法侵入はいただけない。


シェイドは更に加速し、彼女を追った。

屋敷の前庭を駆け抜けた所で気付く

屋敷の扉がなぜか開いていた。

駆け寄ってくる二人を招き入れるように。

フィアレインが駆けて来たその勢いのまま屋敷の中へと消える。


「まて!フィア!人様の家に勝手に入るんじゃない!」


怒鳴りながらシェイド本人もそのまま駆け込む。

薄暗く広いホールに入ったその瞬間、背後で音を立てて扉が閉まった。

慌てて後ろを振り返るが誰もいない。


「見て、見て!」


フィアレインの嬉しそうな声が掛けられる。

彼女はその腕にビチビチと跳ねる生きのいい立派な魚を抱えている。

シェイドは思わず目を見開いた。

本気で魚である。

魚が陸を走るなど初耳である。

それに活きが良すぎだ。


「あれ?何か尾に貼ってある……」


フィアレインは抱え込んだ魚の尾を覗き込む。


「何か書いてるな」

「んーと……ジュデッカ産くろまぐろ……」


二人は思わず顔を見合わせる。


「くろまぐろ……。それの名前か?」

「うん」


どうでも良さそうにフィアレインは頷いて、凍結と保存魔法をかけてアイテムボックスに放り込む。

ついでに魔法で手を洗い、浄化の魔法までかけて匂いを取っている。

シェイドはその間に周囲を見渡した。

まるで貴族の館のような立派な屋敷である。

家の主や使用人が出てくる気配がない。これは今がチャンスだ。

不法侵入を咎められる前に逃げよう。


「じゃあ戻るぞ」

「うん」


扉へと歩み寄り開こうと力を入れる。

だが扉はびくともしない。押しても引いても開かない。

鍵がかかっているのかと探すが、鍵そのものが見当たらない。

これはおかしい。


「どうしたの?」

「扉が開かん!」

「え?」


思わず周囲を見渡した。他に扉を開く装置があるかもしれない。


「フィアが開けてみる」


その言葉に慌てて彼女を扉から引き離す。

馬鹿力で扉を破壊されて屋敷の人間に弁償するはめになる。

それに既に自分達二人は不法侵入である。

仮にも救世主たる勇者がその行いと言うのはまずい。

そもそも、くろまぐろとやらもこの屋敷の所有物である可能性が高いのだ。


「待て、他に出口を探そう」


シェイドの言葉に渋々とフィアレインは従った。

目を離したら扉を破壊したり魔法で焼き尽くしたり、はたまた窓を割ったりするかもしれない。

一番被害が少ないパターンとしては彼女が扉に向かって、開けゴマと叫ぶので済むくらいか。

彼女はあの台詞を神聖な呪文だと勘違いしているのだから。


ホールを真っ直ぐ奥へと進めば立派な二階へと続く階段がある。

ホールの左右にはそれぞれ扉があり、一階の部屋へと続くようだ。

出口を探すならば一階だ。裏口がどこかあるかも知れない。


「行くぞ」


声を潜め、手招きする。

とりあえず左側の扉を開いた。そこは廊下となっており突き当たりに扉がある。

人の気配を探りながら、忍び足で歩く。

フィアレインは壁にかけられた絵を眺めながらついて来ている。

シェイドもちらりと絵を見た。

人が拷問されたりしている何とも悪趣味な絵ばかりだ。


廊下の突き当たりの扉を少しだけ開き中の様子をうかがった。

人の気配はない。

どうやら食堂らしい。大きなテーブルに椅子が並び、壁には暖炉、その上には絵の入ってない額縁だけが壁に掛けてある。

中へと入り、静かに扉を閉めた。

その瞬間、人の声が響いた。二人は身を固くする。


『魔界TVコキュートスch、夕方のニュースの時間となりました』


突然聞こえた女性の声に二人は慌てて周りを見渡す。

だが人影はない。


『まずは最初のニュースです。今日お昼頃、コキュートスの魔界健康ランドにてアスモデウス様とベルフェゴール様が戦闘行為に及びました。

お二人はランドの従業員の通報により駆け付けたベルゼブブ様に取り押さえられたとのことです』


フィアレインは壁の額縁を指差した。


「シェイド、あれ!」

「ああ」


ゆっくりとそちらへ近付く。

この額縁の中には何もなかったはずだ。

なのに今は喋る女性の姿が映っている。


「なぁにこれ?」

「分からん」


鋭い視線で額縁の中を見る。その女性はこちらのことなど見えていないように、隣に座る男と何やら話している。

その隣の男がまた更に隣へと声をかけた。

額縁の中の風景も横へと移動する。そこには見覚えのある魔族が座っていた。


「は?こいつ……」


『アスタロト様、今回の一件は何が原因だったのでしょうか?』

『風呂上がりのコーヒー牛乳の在庫が一本しかなかったらしい』


アスタロトの回答に質問した男は沈痛な表情を浮かべる。

女性は言った。


『ランド側の運営体制も問われそうですね』


アスタロトは軽く頷き言った。


『だが理由は何であれ、ランド内での戦闘行為は厳禁だ。まあ私は風呂上がりはビール派だがな』


シェイドとフィアレインは思わず顔を見合わせた。


「なんでアスタロトがいるの?」

「これは魔界の映像か?」


シェイドは思わず唸る。一体この屋敷は何だろうか。


『たとえ権力者と言えど、お二人ともコキュートス引きまわしの上、氷漬け百万年は免れんな』


アスタロトの言葉に隣に座った男性は頷き、新しい紙を取り出す。

そして真っ直ぐこちらを見つめ話し始めた。


『速報です。人間世界にある魔界大使館に賊の侵入が確認されました』


パッと画面は喋っている男性から立派な屋敷の映像へと変わる。


「フィア、このお家見たことある」

「俺もだ……」


見覚えのあるどころでない。

つーか、ここだ。

シェイドは顔を引きつらせる。

何だ魔界大使館って!

勝手にそんなもん作るな!


『賊は最高級ジュデッカ産クロマグロを奪い館内を逃走中です』

『それは凶悪犯だな』


アスタロトがうんうんと頷く。

何時の間にやら自分たちは凶悪犯扱いである。

これは一刻も早く逃げるべきだ。


「フィア!行くぞ!」

「うん!」


ここが食堂ならばすぐ近くに厨房があるはずだ。

厨房ならば裏口くらいあるかも知れない。

慌てて二人は食堂の奥にあった扉を開けて出た。

閉じて行く扉の向こうからまだ声が聞こえてきたが、それどころではなかった。


『本日この後にあります人気番組 追え!勇者の珍道中は時間を拡大して放送致します。今回は脱出!魔界大使館編となっております』



二人は廊下を駆けた。見つけた扉は手当り次第開く。

どこの部屋も外へ繋がる扉はない。

しばらくそんな風に進み、やっと厨房を見つけた。


「フィア見ろ!裏口だ!」


二人は厨房の奥にある小さな戸へと駆け寄る。

そしてシェイドは戸に手をかけた。


「くそっ!ここもか!」


力を込めて押しても引いても扉は開かない。

悪戦苦闘するシェイドにフィアレインの叫びが聞こえた。


「シェイド!ゴキブリが!」


シェイドは開かない戸に向かったまま、ここは厨房だからゴキブリ位いてもおかしくないと言い返す。

確かに自分はアレが大嫌いだ。

闇から現れる黒き悪魔。

だが今は小さい虫に構う時間は無い。


「シェイド!危ない!」


フィアレインの警告に思わず振り返り凍りついた。

そこにはゴキブリがいた。

小さい虫じゃない。シェイドの身体より遥かに大きなゴキブリが彼を齧ろうと背後に迫っていた。

思わず絶叫する。


「ぎゃああああ!」


迫る巨大ゴキブリ。だが身体は凍り付き動かない。

勇者にあるまじき姿。

だが怖いものは怖いのだ。

ドラゴンと一騎討ちする方がマシである。


「シェイド!」


巨大ゴキブリが噛り付いてくる前に、強い力で横へと突き飛ばされる。

どうやらフィアレインが助けてくれた様だ、と気付いた瞬間、身体に衝撃がはしる。

人外の力で突き飛ばされたシェイドの身体は厨房の壁に激突し、その身の半分を壁にめり込ませた。

もはや声も出ない。

はっと顔を上げたシェイドの視界に映るのは、新手の黒き悪魔と戦うフィアレインとこちらへ突撃してくる巨大な黒き悪魔の姿。


「くそっ、身体が抜けない!」


壁に埋れた身体はなかなかそこから逃れられない。

接近する黒い悪魔にシェイドは魔法で攻撃することにした。

だが編み上げた魔力は魔法として放つ前に霧散する。


「な……なんで!くそ!フィア!助けてくれ!」


俺の心の友よ!

頼りになるのはお前だけだ!


見ればフィアレインは新手の黒き悪魔を杖でボコボコに殴っている。

シェイドは感心しながらも若干ひいた。

そして思う。


もはや男が勇者をやる時代は終わりでないか。

どう考えても女の方が逞しすぎるぞ。

神よ!現実をしかと見てくれ!


フィアレインはシェイドの叫びに慌てて振り返る。

そして自分の目の前の黒き悪魔と戦いながら、魔法でシェイドを救出しようとした。

だが魔法はやはり発動しない。

フィアレインは顔をしかめ、また魔法を発動しようとする


「ひいっ」


シェイドは目前まで迫る黒い悪魔にもはや失神寸前だ。

その時苛立ったようなフィアレインの叫びが聞こえる。


「燃えて!」


何かが軋むような音がした。

次の瞬間激しい爆発が起こる。炎と爆風に巻き込まれ、シェイドの視界は暗転した。



「いてて……」


シェイドは瓦礫の下から這い出た。

周囲を見渡す。そこには完全に吹っ飛んだ屋敷の残骸が散らばる。

奇跡的に自分は無傷だ。

一体どれ位の間、こうしていたのだろう?


「フィア!どこだ!」


瓦礫の山となった周囲へと呼びかける。

少し離れた場所から瓦礫が崩れ落ちる音がし、そこからフィアレインが現れる。

お互いボロボロだ。


「何とか助かったな」

「うん」

「それにしてもあの爆発。何だったんだ……?」


すると頭上から突然聞き覚えのある声が聞こえた。


「それはですね。あの屋敷には攻撃魔法を封じる特殊な結界が施されていたからですよ」


慌てて二人は頭上を見上げた。

そこにはメフィストフェレスが宙に浮かび、二人を見下ろしている。


「そんな所でその娘が無理矢理力尽くで攻撃魔法を行使したから、あんな事に」

「そもそも何なんだよ。あの屋敷。入ったら出られなくなるし」

「出られなくなる?何の事でしょう」

「だから!扉が開かなくなったんだ、押しても引いても」

「勇者殿」


更に続けようとしたシェイドの言葉をメフィストフェレスは無理矢理遮る。


「ちなみにあの入り口の扉は引き戸です。前に押したり、後ろへ引く扉ではありません。

横へとスライドさせる扉なのですから」


シェイドは視線を彷徨わせる。

背後からフィアレインの刺すような視線が痛い。

それに、とメフィストフェレスは今度はフィアレインを見る。


「娘、あなたは転移魔法を使えるではありませんか。この屋敷内で使えないのは攻撃魔法だけですよ」


シェイドは思わずフィアレインを見た。

フィアレインもまた先ほどのシェイドの様に視線を彷徨わせる。


「まあ、良いでしょう。あのお方もお怒りではありませんし。それでは私はこれで。

ああ!クロマグロは差し上げますよ。どうぞお召し上がり下さい」


空間を開き魔界へと消えて行くメフィストフェレスの後ろ姿を見送る。

何とも言えない沈黙が残された二人の間を漂った。

やっとのことでシェイドがぽつりと呟く。


「なあ?メフィストフェレスの奴、俺たちを馬鹿にする為だけに来てるよな、あれ……」

「うん。でも……くろまぐろ、くれるって」

「そっか……良かったな」


二人の背後にひらりと一枚の紙が舞った。

コキュートスch特設スタジオと書かれたそれは二人に気づかれることなく風に吹かれ飛んでいった。

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