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ある勇者の憂鬱 死闘・食人花

シェイド・ブラックは闇の神の加護を受けた当代の勇者である。

魔の物から人類を救う為の旅を三人の仲間とともにしている最中だ。


その時、一行は雑談がてら次の目的地を決めるべく宿の部屋で話しをしていた。

湯を浴び、夕食を済ませ、くつろいだ気分でその日とった部屋の一つに集っていたのだ。

そこへ突然、招かれざる客が現れた。燭台の火だけでなく、魔法の光で昼間同様に明るい室内に突如強力な魔の気配が満ちる。

シェイド、ルクス、グレンの三人はとっさに身構える。呑気に座っているのは幼い魔法使いのフィアレインだけだ。


「これは皆さん、こんばんは。突然お邪魔して申し訳ありません」


いきなり転移魔法で四人の前に現れたのはメフィストフェレス。

魔界のとある偉いお方の従者だそうだ。どのお方かは知らないが。

とりあえず剣の柄にかけた手を戻す。その気になればこいつは一瞬で自分を葬り去ることが出来る。無駄な抵抗はせず一刻も早くお引き取り願おう。

優雅に一礼するその姿にシェイドは嫌な予感がした。魔界の連中と関わってろくな事はない。


「申し訳ないと思うなら、今すぐ帰ってくれ」


びしっと扉を指差す。

こいつは扉から入ってきたのでないからあまり意味はないが、歓迎していないのを強調したい。

メフィストフェレスはそんなシェイドを面白そうな顔をして見つめた。


「良いのですか?私はあなた方、いえ人類の為にここへ馳せ参じたのですが」


思わず仲間と顔を見合わせる。四人の顔には困惑の色があった。


今この魔族は何と言った?人類の為?

この性悪で人間を暇つぶしの道具にしか思ってない魔族が人間のため?

これは困った。明日にでもこの世が滅ぶかもしれない。

せめて世界よ、俺が死ぬまで続いてくれ。

無責任と言われるかもしれないが、頼む。


「まあ、話だけは聞いてやる。あんたから人類の為なんて言葉を聞く日が来るとはね」

「ありがとうございます。

実はあのお方が観察日記をつけていた植物が空間の歪みを通って人間世界へと逃げてしまったのですよ」

「色々つっこみたい所はあるがまあいい。それで?」


魔界のお偉いさんが植物の観察日記?

しかもその植物が逃亡?

意味が分からない。まさかそれを俺に捕まえろと言う気じゃないだろうな。

こいつら人の事、便利屋くらいに思ってんじゃないか……。


「ええ。その植物がですね、このすぐ近くの森にいるそうなのですよ。なので……」

「まさか俺たちに捕まえろとでも?」

「そのまさかですね。あのお方は処分しても構わないと仰っていますけれど……」


シェイドはうんざりしたようにため息をついた。仲間は自分とメフィストフェレスの話し合いを見守っている。

いや、むしろ刺す様な視線で自分を見ている。

その視線にこもる意味はただ一つ。厄介ごとは断れ、と。


「なんでアンタらで捕まえないんだよ」

「そんなのはつまらない、とあのお方は仰せです。

それに我々はあの花をここに野放しにしても痛くも痒くもありません」


メフィストフェレスの浮かべる冷笑に怒りがこみ上げる。

こいつらの策略に乗るのは癪に障るが、かと言って知らんふりは出来ない。

素知らぬふりをしたら結局その尻ぬぐいをするのは自分である。


「その花ってどんなのなの?」


今まで黙っていた一行の魔法使いフィアレインが何やら興味をひかれたらしい、メフィストフェレスへと身を乗り出す。

逃走する植物、動くという事だろう。魔界には奇怪な植物がいるものだ。むしろそれを植物と呼んでいいのか。そもそもそこからしておかしい。

メフィストフェレスはフィアレインの質問に、そうですねと少し考える。

そして失踪した花とやらを思い浮かべるように視線を宙に彷徨わせ言葉を続けた。


「まず背丈は勇者殿と同じ位です。

花そのものの大きさは直径これくらいでしょうか」


メフィストフェレスはこれ位と、自分の片腕を伸ばしてみた。

その説明から想像するに結構大きい花だ。


「花は非常にグロテスクな色合いで、まさに人の肉が腐ったような淀んだ赤色に脂肪のような黄色の斑点。

五枚の花弁は肉厚で、その中央に大きな深い穴がありその奥に目玉がひとつ。

ちなみにこれは寄生型の植物で花の下部に寄生根が生えているのですが、この根で直立し歩きます。

もちろん寄生根ですから、この根から栄養を吸収するのですけど……生き物、特に人間を好むのでお気をつけ下さいね。

あとはこの花、非常に強い悪臭がします……腐臭と言いますか……」


思わず全員が黙り込む。今聞いた情報だけでじゅうぶんに遭遇したくない植物だ。

もし暗い森でそんな花を見たら全力で逃げたい。

だが己は勇者である。

そんな甘い事は言ってられないのだ。


「なんか、聞くだけでグロテスクだねぇ。始末しちゃっていいんだっけ?

だったらそんなの生け捕りにするより、やっちゃわない?」


ハーフエルフの魔法剣士グレンは嫌そうに仲間へと同意を求める。

皆で思わず頷く。飼い主、いや一応植物だから持ち主か、もはやどちらが正しいかわからないが……とにかくあのお方とやらが処分して構わないと言っているなら尚更だ。


「ああ!重要なことを忘れていました。

この花、死ぬ時に周りに種子をばらまいて死ぬのでご注意を」


その場の空気が凍る。つまりは殺せないではないか。

その場に散らばった種子を集めるなど気の遠くなる作業だ。その種子がどれ位の大きさかは分からないが……。

もし見落としなどあればとんでもないことになる。

メフィストフェレスは凍りつく一行を笑顔で見渡し言った。彼の顔の動きとともに長い金髪が光を反射して輝くのすら忌々しい。


「ちなみに臆病で人見知りな花ですので捕まえるには策が必要ですよ。

それでは皆様のご活躍をお祈りしております」

「ちょっ……待て!」


シェイドの叫びも虚しくメフィストフェレスはさっさと消えてしまった。

何とも言えない沈黙が一行の間に流れる。

少し経って、やっと光の神の教団の僧兵ルクスが口を開く。


「何やら厄介な事に巻き込まれたな。シェイド殿、どうされる?」


シェイドはため息をついた。

ああ、また幸せが逃げてしまう。


「どうもこうも。放っておけんだろ。そんな食人花。

かと言って、下手に手を出して種ばらまかれても困る。だから何とか捕まえて、魔界にお持ち帰り願おう」

「どうやって捕まえるの?」


フィアレインは首を傾げてシェイドに聞いた。


「臆病で人見知りとか言っておったな」


臆病で人見知りな人間が大好物の食人花。

何か嫌だ。

シェイドは思わず顔をしかめる。そして言った。


「うまく食人花を誘き出して捕まえる」


三人の仲間達は顔を見合わせた。グレンが難しい顔をして腕を組み、シェイドに問いかける。


「誘き出すのはいいけど、どうやって?」


シェイドは迷っていた。己の頭の中にある作戦を打ち明けるのを。

他に手段はないだろうか?

こんな方法を提案したら仲間達に軽蔑されるかも知れない……。

勇者にあるまじき卑怯な手であると。

だが背に腹はかえられない。

覚悟を決めて自分を見つめていた仲間たちに伝える。


「奴の好物は人肉と聞いた。だから囮を使う」


三人の仲間達は真剣な表情で頷いた。

良かった、軽蔑されなかった。

シェイドは胸を熱くする。


俺はお前たちに自分たちの誰かを囮に使うなどと罵られるその展開を危惧し……。


そんなことを思っていると立ち上がってそばまで来ていたグレンに力強く肩を叩かれた。

グレンは満面の笑みを浮かべ言い放つ。


「ってことだから!囮役は頼んだよ、シェイド!」

「……は?」


慌てて三人を見渡せば全員が納得した様に頷いている。


何だこれは。俺が囮になるのは確定か?

話し合って決めてすらくれないのか!


思わずシェイドは顔を引き攣らせる。だがそんな彼の様子に構うことなく、グレンは続けた。


「だって、そいつ人間の肉が好きなんでしょ。ってことは、その時点でフィアと僕は脱落。残るは……」

「俺だけじゃなくてルクスも人間だろ!」


そうだ。二人いるのに何故問答無用で自分なのだ。

いや人に囮役を押し付けたいと言うわけでないが……あまりにも理不尽でないか。


「だってさぁ。ルクスって無駄に運がいいでしょ?

こういうタイプはさ、簀巻きにして真夜中の魔物が跋扈する森に放置しても生き残っちゃうんだよ。

だからもし囮にしても、その食人花が食いついてこない可能性が高いわけ」

「その点、シェイド殿の運の悪さは折り紙付きよ。

労せず食人花をおびき寄せることが出来るは確実」


うんうんと皆が納得したように頷いた。

とどめのルクスの一言が響き渡る。


「仲間の、いや世の人々の安全の為、我が身を危険に晒してまで尽くす……尊い献身。まさに勇者の名に相応しい!」


かくして、問答無用で自分は食人花の囮となることが決定した。




「なあ?ここまでする必要あんのか?」


シェイドはとある木に拘束魔法でぐるぐる巻きにされていた。

ここは食人花の逃げ込んだと言われる森である。

一行は朝早く森へと入り、食人花を迎え討つに相応しい場所を探した。程なくして開けた場所を見つけた。その空き地は奥まで進むと緩やかな斜面林が上に向かって続いている。

その開けた土地に一本生えていた木、それが囮であるシェイドが縛られる木だ。


「何言ってんの?相手は臆病で人見知りなんだよ?

いかにも安全そうな獲物じゃなきゃ寄り付かないかもしれないじゃないか」


グレンが呆れたように言う。

だが、こんなぐるぐる巻きで大丈夫だろうか。食人花に突然襲われたら囮どころか、ただの生贄である。


「シェイド殿、心配は不要。食人花が最も近づき逃走の危険がなくなった時点で、拘束魔法は解除する」

「頼むぞ……」

「じゃあ、もう一度手順確認!これから僕たち捕獲班は食人花に見つからないよう隠れてここを見張る。

食人花がシェイドに接近しギリギリまで待ってから捕獲!いっぺん失敗して逃がすと食人花の警戒心が上がるからね。二度目はないよ!失敗しないように!」


三人は頷き合っている。

シェイドはそれを見て思った。己の仲間を信じようと。

計画を確認するやいなや、捕獲班の三人はこの地を見下ろす木々の影へとそれぞれ隠れた。


現れるだろうか。

シェイドは鋭い視線を目前の樹々の間に向ける。

背後は仲間が三人も潜んでいるから、そこから現れる可能性は低い。

ならば現れる場所は限られる。

既に日は昇っていると言うのに、木々の間は薄暗い。

風に木の葉がざわめく。

シェイドは気づいた。何かを引きずるような音と草むらをかき分けるような音が近く。

そして風にのって届く悪臭。


来たか。


あっさりと自分という囮にひっかかり現れた食人花の登場を待った。

徐々に悪臭が強くなる。

そしてそれは木々の間なら現れた。


「うげっ」


メフィストフェレスに話を聞いて覚悟を決めてはいたが、これは想像以上だ。

臭い、そして何より気色悪い。

寄生根とメフィストフェレスが呼んでいた足代わりのそれは長く、一部は引きずられている。

花弁の中央部分の穴の奥は目玉のはずだが、それはこの距離では見えなかった。代わりにその穴から何やら液体がドロドロと滴っている。

その液体は地に落ち、じゅうじゅうと音をたて煙を上げた。


酸かよ!

そんなの聞いてない!


シェイドは顔を引き攣らせ、縛られて動けない身体でもがく。

まだ駄目だ。これがある程度近づくまで。

でも今でも凄く臭い。これ以上近づいて欲しくない。

じりじりと臆病かつ人見知りな食人花は近づいて来る。

もうその姿は空き地の中央部分を越え、背後の樹々からは離れている。

シェイドはチラチラと背後の仲間が隠れている木立を盗み見た。

もうじゅうぶんだろう。これ以上は正直キツイ。


だがそんなシェイドの思いも虚しく、食人花は目と鼻の先にまで近づいて来てしまった。

思わず息を止める。


今だ!早く!


心でそう叫ぶがまだ拘束魔法は解けず、捕獲班は動かない。

食人花はゆっくりとその花弁をシェイドに近づけてきた。

穴の奥に真っ赤な眼球が見える。本気で怖い。


「ぎゃああ!熱い!痛い!溶ける!

根っこ巻きつけんな!食われるー!」


ぼたぼたと酸の液がシェイドの身体にかかり煙があがる。寄生根をシェイドに伸ばしてきた。

思わず絶叫したその時、背後から声が聞こえた。


来たか!友よ!


「うっ、くさっ!」


背後を見ると仲間達が鼻と口を手で覆いジリジリと後退している。


ちょっと待て。一番臭い思いしてるのは俺だ!

しかも食われかかってる!


耐え切れずシェイドは叫ぶ。

もはやパーティのリーダーとしての威厳も勇者としての矜恃もあったものではない。


「早く助けてくれ!」


その一言にやっと拘束魔法が解ける。思わず目の前の食人花に蹴りを入れ、突き放す。食人花が地に転がり、巻きついていた根も外れる。

背後から三人が駆け下りてくる音がした。

食人花は思わぬ襲撃におたおたとその場から逃れようとする。

だがその時既にグレンにまわりこまれていた。

四人から囲まれ、食人花は周りを見回す。

その時シェイドは気付いた。仲間達が何やら鼻から下を布で覆っている。

臭い対策だろうか。


「さあ、観念しろ!」


徐々に四人から近づかれ追い詰められた食人花は動いた。

……シェイドの方に向かって。


「何でまた俺!」


これ以上この花に近づかれたくない。さっと身を翻し、花と反対方向へ駆ける。

この先は樹々の立ち並ぶ場所だが仕方ない。

最後まで囮に徹し、捕獲は仲間に任せよう。


「せーのっ!」


幼い子供特有の高い声が耳飛び込む。

次の瞬間、頭に袋状の物を被せられたような衝撃が襲う。

視界も急に悪くなった。ほんの僅かだが、向こうが透けて見える。


これは網?

まさか……虫取り網?

何でこの花を捕まえるのに虫取り網!

しかもそれが何故俺の頭に!


背後から追ってくる食人花の気配がする。

これはまずい。慌てて虫取り網と思われる頭に被せられた代物をむしり取った。

下を見れば、やはり虫取り網を抱えたフィアレインがいる。

キョトンとした顔でシェイドを見て呟いた。


「シェイド?あれ?」


どうやら彼女は食人花を待ち伏せするべく転移魔法で先回りしていたらしい。


「間違っちゃった。ごめんね」


何でそうなる、と脱力しそうになるが今はそれどころでない。

ザザっと草をかき分ける音がして背後に食人花が現れた。

食人花はフィアレインの方をじっと見つめる。

フィアレインも食人花を鋭い視線で睨んだ。

すると食人花は慌ててフィアレインから目を逸らし、シェイドへと向かってくる。


「何でだ!」


思わず悲痛な叫びが漏れた。何故だ。分からない。

フィアレインは慌てて虫取り網を振りかぶる。

だから、それでは奴を捕まえられない。気付いてくれ。

食人花の後方からグレンとルクスが駆けてくる。二人はそれぞれ投縄を持っていた。

だがもう一刻の猶予もない。

シェイドは叫んだ。


そうだ、このパーティのリーダーは自分である。

的確な指示を出さねばならない。

黙っていても思い通りになるなんて考えは怠慢だ。

勇者たる者、常に冷静でなければならない。


「フィア!拘束魔法をこいつに!」


はっと気づいたようにフィアレインは拘束魔法を発動される。

食人花は地中から現れた魔力で出来た縄に雁字搦めにされた。

その光景に安堵し思わず座り込んでしまう。


「なかなか良い見世物でしたね。勇者殿はこれに余程気に入られたと見えます」


わざとらしい拍手とともにメフィストフェレスの声が聞こえた。

周囲を見わたすと、すぐそばの木の枝の上に性悪な魔族は立っていた。


「早くこいつ持って帰ってくれ!」

「ええ。そのつもりですよ」


メフィストフェレスはそう言うなり食人花に向かい魔法を発動する。

一種で食人花は凍りついた。


「それでは皆様ごきげんよう」


その場から消えるメフィストフェレスと食人花を見送る。

シェイドはぽつりと呟いた。


「なぁ、俺たちもあいつ凍らせれば良かったんじゃねぇの?」


全員が視線を彷徨わせる。


「ま……まあ、結果良ければ全てよし。そろそろ戻ろうではないか」

「そうだね。シェイド、君はやく風呂に入ったほうが良さそうだし」


うんうんとフィアレインもそれに頷き、ささっとシェイドから距離を取る。

宿に帰る道のりでも、さり気無く皆から風下を歩かされ地味に落ち込んだシェイドであった。

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