ある魔法剣士の憂鬱 節約料理
グレンはハーフエルフの魔法剣士である。
ようやく70歳を超えた程度で500年ほど生きるハーフエルフの中ではまだ若年だ。
しかし、十代の半ばから冒険者として各地を旅し、剣と魔法の研鑽を積んだ手練れである。
いけ好かない純血のエルフに交換条件付きで作ってもらったオレイカルコス製の武器や防具も一級品だ。
誰がどう見ても一流の魔法剣士、それがグレンである。
そんなグレンは一冊のノートを眺め、ため息を吐いた。
これは最近同行するようになった勇者一行の家計簿とも言えるノートだ。
収入から必要経費などの共通の支出を引き、残った金額を上手く割り振りして各自の小遣いとする。
長きの旅で散々守銭奴と色々な人間に罵られたグレンである。
当然のことながら、やりくりにも自信があった。
だがしかし。何だ、これは。
下手すると一人で旅をしていた時の自分のほうが収入は多いのではないか。
グレンは勇者一行に加わるまで、誰かと旅をしたことがない。
稀に傭兵ギルドの依頼で止むを得ず他の者と組むことがあったくらいだ。
同行者がいれば自分の取り分が減る。
ただそれだけで一人で旅を続けていたのだ。
好奇心から勇者一行に加わり、世間知らずばかりのメンバーに金の管理は任せられぬと引き受けたのは先日のこと。
勇者一行の家計が火の車だとは想像もしてなかったのだ。
別に贅沢な生活はしていない。
たまに行く先で歓待されることはあろうとも、贅沢に溺れるような者はいない。
そう、この収支を見れば明らかである。
と、すれば言えることはただ一つ。
収入が少なすぎるのだ。
これには大きな訳がある。
まずは勇者の後ろ盾とも言うべき闇の神の教団から一ペイたりとて出ないこと。
信者が少なくお布施が少ないから、まわせる金がないと言われたと聞いた時には泣けた。
自分が勇者だったら、とっとと見切りを付けて役目を放棄してるだろう。
命をかけた完全慈善事業、それも経費自己負担などごめんこうむりたい。
第二の理由は勇者自身の性格だ。
どうにも人里から隔離され、勇者となるべく、その為だけに育てられただけあって世間知らずである。
だから、なかなか魔物討伐の報酬を要求出来ないのだ。
最初から報酬を提示されてる仕事ならまだしも、困りに困って縋り付いてきた者に対価を求められない
。
かくして勇者一向は金欠となるのだ。
グレンは拳を握る。
よりにもよって救世主ともあろう勇者一行が金欠など。
メンバーの生臭坊主ルクスは清貧などと言うが、貧乏は貧乏である。
そんな事許せよう筈がない。
ここは己の名誉にかけても、勇者一行の財布を潤わせなければならないのだ。
***
食事時である。
今日のおかずはこの漁村で水揚げされたスコンベルの塩焼きだ。
スコンベルの生き腐れなどと言う言葉がある程痛みやすい魚である。
青光りする独特の模様をもった魚は、こんがりと焼かれ美味しそうだ。
脂がしっかりと乗っていて、その脂がくどくすら感じられることもある。
だがそこに加える三種の神器とも言える物がそのくどさを緩和し、その違う味わいのハーモニーが美味しさへと昇華する。
シトロンの酸味のある絞り汁。
地中になる白きサティウスの辛いすりおろし。
豆から作られると言う塩辛いソース。
スコンベルの塩焼きにこれは欠かせない。
ましてこのスコンベルは新鮮で、焼く前に塩を振り、しっかりと酒で洗って臭みを取っている。
不味いなど、ありえないのだ。
そして何より、スコンベルは安い。
ここが一番重要である。
最近では報酬の交渉はグレンがやっているので、収入も上向いてきた。
貧しき者からは安く、時に寝床や食事、物資の援助だけで頼みを受けることもある。
その分王族や貴族、その他金持ちからはしっかり頂く。
何事もメリハリが大切だ。
収入増とあわせて節約も大切である。
そんな訳で安く旨いスコンベルが勇者一行の食卓に載るのは当然の結果であった。
満足気なグレンの尖った耳に、他のメンバー三人のため息が聞こえる。
「ちょっと、ちょっと。
三人とも何なのさ?ため息なんかついて」
「いや……またスコンベルの塩焼きかと思って」
「このところ毎日ではないか?」
「もうフィア、スコンベル食べ飽きちゃった……」
やれやれと今度はグレンがため息をつく。
「何言ってんのさ。美味しいでしょ、スコンベル。
これはここみたいな漁村でもないと食べれないよ」
「旨いことは旨いんだが。毎日だと飽きるぞ。
俺はそろそろ肉食べたい」
ブツブツと文句を言う三人にグレンの堪忍袋の緒が切れる。
もともと彼は寛容な性格でない。
この三人は自分の苦労を分かってないのだ。
自分とて好き好んで何日もスコンベルの塩焼きを食べてる訳ではない。
飽きるという言葉を脳裏から追い出し、一食一食をスコンベルと真剣に向き合って味わっているのだ。
それもこれも勇者一行の財政再建の為である。
「わかったよ。そこまで言うなら自力で食材を取ってくるといいさ。
ただし財政難だから、お金は出さないよ。
古来より狩猟採集は人間の食生活の基本さ。
せいぜい頑張るがいいよ」
もはや捨て台詞にも近いが仕方あるまい。
少しは痛い目にあわねば分からぬのだろう。
言いたい事を言い切るとグレンはスコンベルの身を口に運ぶ。
やはり美味であった。
グレンは知らない。
後にこの食材を狩猟採集せよの一言を激しく後悔することになろうとは。
***
何やらコソコソと三人が作戦会議なる密談をしているのを見かけた数日後。
三人がそれぞれ食材を調達して来たと言う。
そして各自が料理をして、夕食に食べることとなった。
久しぶりにスコンベル以外のものが食卓に並んだ。
かなり豪勢である。
勇者一行は旅生活が長いこともあり、各自の料理の腕はなかなかのものだ。
これは期待できるのでないか、とグレンは内心思ってしまった。
三人はグレンの前に並ぶ。
何やら神妙な顔つきだ。
「何?みんなそんな顔して」
「俺たちはグレンに謝らないといけないと思って」
勇者シェイドの言葉に二人は頷く。
「グレンの有り難みを知ったのだ」
「言うは易く行うは難しって言葉どおりだと思ったよ」
「食材手に入れるって大変なんだね」
どうやら三人は食材の入手にかなり苦労したらしい。
それはそうだろう。
いつも食材は店で購入しているのだ。
慣れない者が狩猟採集などなかなか出来るものでない。
「ま、とりあえず食ってくれ。
俺たちからの気持ちだ」
椅子を勧められる。
勧められるがままに座り、ナイフとフォークを手にする。
「まずはこれ。俺とルクスの二人でとって来たんだ」
「最近ずっと魚であったからな。たまには肉など良いであろう」
勇者シェイドが誇らしげに何かのステーキを指差す。
グレンはナイフでステーキを切り分ける。
完全に中まで火を通さない、グレンの好きな焼き加減である。
このソースもなかなかに旨そうな匂いだ。
どうやらスコンベルにもかける豆の塩辛いソースを使っているらしい。
切り分けた肉を口に入れる。
肉の脂身と肉汁があふれ、さっぱりとしたソースと肉の旨味が絡み合う。
これはなかなか美味しいのではないか。
今までに食べたことのない肉なのは分かるが、なんの肉だろう。
「なかなか旨いだろ」
「我々も味見してみて驚いた程だ。
駄目で元々で調理したのだが」
「ところでこれ、何の肉?
僕こんなの初めて食べたよ」
「ミドガルズオルムだよ」
思わずグレンはナイフとフォークを落とす。
ミドガルズオルムとは見上げる程に巨大な毒蛇である。
「ああ、心配すんな。
ちゃんと毒抜きは済ませてある」
「いや……そういう問題じゃなくて……」
よりによって何故蛇肉など食べさせられねばならぬのだ!
それもミドガルズオルムなど!
グレンは爬虫類が何より嫌いだ。
それをメンバーは知っている筈である。
青くなり口元を抑えるグレンに構わず二人は続けた。
「よく脂の乗っていそうな肥えた個体を選んで狩ったのだ」
「大変だったんだぞ。フィアはキノコ狩りに行ってたから二人で仕留めたんだ」
「フィアのも食べて。キノコのスープだけど」
スープ皿を指さされる。
透き通ったスープの中に食べやすく切ったキノコが浮かんでいる。
キノコの良い香りが漂った。
だがしかし、先ほどのトラウマはグレンを用心深くさせた。
確かにこれはキノコのスープに見えるが、大丈夫なのだろうか……。
そんなグレンの不審を気にせず、フィアレインは自分の椅子に座ってスプーンを手にした。
どうやら待ちくたびれて空腹に耐えかねたらしい。
自分のとってきたキノコのスープを掬い、口に運ぶ。
美味しそうにそれを味わい飲み下した。
うん、と満足気に頷いている。
その様子にすっかり気を許したグレンは、同じようにスープを飲む。
そして、激しく咽せた。
顔を真っ青にし、慌てて解毒の魔法を自分に施す。
「ちょ……これ毒キノコじゃないか!」
それも猛毒であるようだ。
フィアレインは不思議そうに首を傾げる。
「でもフィア平気だけど……」
「そりゃ君は半分魔族だから毒が効かなくてもおかしくないよ!」
「うーん……そう?」
フィアレインは懐から一つキノコを取り出す。
どうやらこのスープに使ったキノコらしい。
グレンは彼女の手元を覗き込んだ。
「何その毒々しい赤紫色!いかにも毒キノコじゃないか!」
グレンはうんざりとため息をつく。
何でこうろくでもない物ばかり材料とするのか。
毒蛇に毒キノコ。
解毒しているとかしていないの問題でないだろう。
そういえば、と思い出す。
メンバーは食い道楽であった。
ゲテモノ食いもイケる口だったとは……。
シェイドとルクスもミドガルズオルムのステーキを食べだした。
「やっぱり旨いな」
「肉を手に入れるのがなかなか大変だが、また狩りにいくのも良かろう」
グレンは毒キノコを食べた時より青ざめる。
また蛇を食べると言うのか。
「グレン、ミドガルズオルムの肉はまだまだあるからな。
しばらく夕食はステーキだな。節約にもなるし」
シェイドの声を聞き、ゆっくりと椅子ごとグレンは後ろに倒れたのであった。