ある神の憂鬱とその日記(本編読了後推奨)
今日は気分が良い。兼ねてからの研究の成果。実に喜ばしい。
とうとう私は己と似た姿を持つ生命体を創り上げた。種としての名は天使としておこう。
同じ卵より生まれた彼らのことはルシフェル、ミカエルと名付けることにする。
彼らと同じような生命をこれからどんどん増やしていこう。そうすれば、エルフなどと名乗り私に喧嘩を売るフレイ達も、このような生命を生み出せる私に一目も二目も置くようになろう。
変に張り合わず、上手く共存してゆければよいが。下らない争いは嫌いだ。面倒臭い。
……まるであれらをこの世界へと招き入れた私が間違っていたようでないか。
※※※
ルシフェルもミカエルもよく働いてくれる。天使を増やす計画も順調だ。
しかし私が創造し、その数を増やすのは非常に手間だ。そこであのエルフ達や他の動物たちのように、天使たちにも異性を創り、自力で増えることができるようしようかと思う。
早速、女天使を創る算段をせねば。
参考までに誰か女エルフを一人連れて来させようかと思う。
※※※
とうとう初めての女天使が完成した。
名をリリスとすることにする。
しばらく彼女の様子を見て、さらなる女天使を増産するか考えよう。
……と、いうのも参考に連れてこられた女エルフがとんでもない者だったからだ!
あんなのが私の天界にうじゃうじゃいてはたまったものではない!
何故あんな者を連れてきたと叱責したときのルシフェルの態度もまた腹がたつ……。
※※※
初めての女天使リリス。
これがまた参考につれてこられた女エルフ以上にとんでもない存在だ。
とんでもない方向性はまったく違うが……だが、しかし。だから良いという問題ではあるまい。
昨日など仕事で忙しい皆のために、とリリスが料理当番を申し出た。まだまだ人員の少ない私の天界だ。誰も彼もがやるべきことに追われる中、彼女の申し出は実にありがたかった。
……申し出そのものは。
彼女に料理当番を任せ、その結果私を筆頭に皆が寝込む羽目になった!
何故だ?
動物と違い、魔力とエーテル体で身体が構成されている我々は体調不良などと無縁なはず……。
しかも創造主たるこの私さえ起きるのがやっとというこの有様。
天使達のなかで最強たる双子ルシフェルとミカエルの二人すら起き上がることが出来ぬのだ。他の天使達の生存が危ぶまれる。
一刻も早く手を打たねば……!
そう思い、己を叱咤激励して他の者たちの元へ向かおうとすれば、けろっとしたリリスに挨拶された。
一体これは、どうしたことか。昨夜リリスも我々とともにあの悪夢のような料理を食べたはず。しかし彼女はまるで何もなかったかのように、いつも通りの調子であった。
確かにあれには子を産むために強い生命力を与えたが……。強すぎだ、リリス。
この私ですら起きるのがやっとのダメージを与える料理まで作ることが出来、その料理にすら何のダメージを受けない女天使リリス。
もう一度いう。お前は強すぎだ。
創り方を私は間違えたかも知れぬ。
女は恐ろしい。しばらく女天使を創るのは止めにしよう。研究を重ね、安全な者を創れるようにしなくては。
※※※
何度かの試作をかさね、やっと女天使を増やせるようになった。
ここまでくるまで、かなり時間がかかってしまった。
しかし、その間に色々なことがあった。エルフたちとの争いの激化。人間、という生命の創造。そして……。
天使達と私を隔てる冷たい壁。
何故だろうか。
昔はこうではなかったと記憶している。確かにルシフェルはひねくれものであったし、他の天使達もワガママなところもあったりしたが、いずれも可愛い我が子たちであった。あの頃はまだ我々の間にはあたたかい何かがあった。
しかし時は流れ、いつのまにかそれが感じられなくなってきた。
天使達は私の言うことを聞かないし、ダメだといったことをやりたがる。実に腹立たしい。昔はこうでなかったのに。
そんなことが続き、気づけば我々の間には冷たい壁が出来てしまった。
私のそばに変わらずあるのはミカエルのみ……。とはいえあれは、天使たる自分は創造主たる神に絶対服従するものと思い込んでいる節がある。
だからだろうか。一人ではないがこんなに虚しいのは。
私は我が子たちを愛している。
だが思い通りにならぬ彼らに腹も立つ。
己の立場を利用して、従わせようとすれば我々の間には益々壁ができる。
そもそも彼らを創造したとき、全員が創造主たる私を愛し、絶対服従するように創ることは出来た。しかし私はそれをしなかった。
何故だろうか。いや、私はなんとなく分かっていたのだろう。その行為の虚しさを。
私は愛されたかった。彼らの意思で。だから自由意志を与えた。
その結果がこれだ。しかし、彼らにそれを与えたことを私は後悔していない。
後悔はしていないが……。
もはや彼らとの関係をやり直せるとも思えない。
おそらく近々ルシフェルは多くの者を連れて、私の元から去ることだろう。
私は万能な存在であるはずなのに、何故こんなにも苦しいのだろう。
あのアホエルフ、フレイの単純さが羨ましい。
あれは私を自分と似たものとみなし、敵視しているが、我々は全く違う存在だ。
直接言えるならば言ってやりたい。お前に似た存在はお前のまわりにいる者たちであり、私でない。
残念ながら、私はこの世でたった一人の存在だ。そして万能であるはずの私は自力で孤独から脱することすら出来ない。
皮肉にも私は神を創造することが出来ぬのだ。
もしかしたら果てなき混沌の中に別の世界があり、そこには私と同じ苦しみをかかえた『神』がいるかもしれない。
そんな風に時折おもうが、我ながら愚かな妄想だ。




