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ある勇者の憂鬱 お子様と怪談と

シェイド・ブラックは当代の勇者である。

安寧を司る闇の神の加護を受け、魔物の脅威から人間を守る存在だ。


そんな彼にも弱点はある。


「シェイドー。シェイドー。フィアのお話ちゃんと聞いてよー」

「いや、もうこれ以上は十分だ!」

「もー。ここからが面白いんだもん。……そこで闇の中から声が聞こえました。『つれてけー』と、そして突然壁から手が……」

「もういい!聞こえない!聞こえない!俺には何にも聞こえない!」


今、勇者である彼はベッドの上で掛け布団にぐるぐる巻きのミノムシ状態だ。そして両方の手を己の両耳にあて、耳を塞いでいる。

彼の受難、それは現在勇者一行が滞在する街で魔法使いのフィアレインが悪ガキどもから怪談を聞かされたことから始まる。

ただの小さい子どもにしか見えない彼女に怪談を聞かせ怖がらせるつもりだったのだろう。ところが人間の常識が通じない彼女のこと。震え上がるような怪談も『面白い話』として受け止めてしまったのだ。


そして今ここで二次災害が発生している。


シェイドは腹を立てたフィアレインがぽかぽかと布団越しに自分を殴るのを感じた。

この程度何ということもない。怪談を聞かされるより遥かにマシだ。

それにしても……もう風呂に入っていて良かった。怪談を聞かされた後に入浴など罰ゲーム以外の何ものでもない。

髪を洗っている時など背後が気になって仕方ないし、流れる水にまで恐怖しなければならないのだから。

業を煮やした彼女がシェイドの上に跨りぴょんぴょん飛び跳ねる。だがこの程度で負けてはならない。己は勇者なのだ。

何より今日の宿の同室はこの自分の上で飛び跳ねているお子様なのである。

夜中厠に行きたくなった時に困るのだ。

これがルクスかグレンならば叩き起こして一緒に来てもらえば良い。だがお子様の彼女は一旦寝付けばよほどの事がない限り起きることがないのだ。

無理やり起こそうとすれば寝返りついでの裏拳打ちを顔面にお見舞いされるに違いない。

それに……いくら恐ろしいと言っても、幼児に付き添いを頼むのは流石に勇者としてまずい気がする。

そんなことを考えていたシェイドはふと気づいた。先ほどから自分の上でジタバタしていたフィアレインの動きが止まっている。

手を耳から離しそろそろと顔を布団から出して彼女の様子を見た。いつのまにやら彼女は布団で簀巻きになっているシェイドの上で突っ伏し寝ていた。

これならばもう自分に無理やり怪談を聞かせることはなかろう。

安心し、布団から手を出して上にのっている小さい身体をそっとどける。幸い風呂も歯磨きも済んでいるからこのまま寝かしつければ良い。

そのまま掛け布団をかけてやり、自分は二人の仲間の部屋へ行こうかと思案する。

あの二人のことだ。今も酒でも飲んでいるだろう。

行くか、と心を決め部屋の灯りを消す。小さめの魔法式ランプを持ち部屋の扉を開けた。

廊下は暗闇だ。灯り一つない。

ふと、先ほどのフィアレインの言葉がよみがえる。


『暗闇の中、目を凝らせば廊下の先に幼い少年が血まみれで……』


シェイドは慌てて扉を閉める。

作り話、作り話、あんなものは作り話だ。

何度か深呼吸して再びそっと扉を開ける。さっきよりは少し細く。その隙間から廊下の様子をうかがった。

暗闇の中で更に暗く影となっている部分が蠢いているような気がするのは自分の気のせいか。


『闇の中から突然声が……』


先ほどのフィアレインの話が頭をよぎる。そっと扉を閉めた。

そうだ。あえて彼らの部屋に行く必要はないのだ。

今日の戦闘で疲れている身である。無理せず休むべきなのだ。

何も怖いわけでない。

自分は勇者なのだ。ただの廊下を恐れるなどありえない。敵前逃亡した訳ではない。

シェイドはそう己に言い聞かせベッドへと向かった。

布団に潜り込みランプを消そうか悩んでやめる。

真っ暗闇の中でまたあれを思い出したくない。

何となく厠に行きたい気もするが、そんなものは気のせいだ。明日の朝起きてからで良い。

シェイドは目を閉じ余計なことを考えないようにした。



夜中、シェイドは目が覚めた。

絶望的な気分になる。

何故ならば朝までもつと思っていたのに尿意に襲われたのだ。

これはまずい。

こんな夜中に一人で厠へなど。先ほどの怪談がただでさえ頭の中をグルグル巡っているのに!

悶々と天井を見つめ悩む彼はごそごそと人が動く気配に気づき、そちらへと頭を向けた。

見れば寝ていたはずのフィアレインが起き出している。

朝まで起きない彼女には珍しいことだ。もっともその顔は完全に寝惚け眼である。

ベッドから立ち上がった彼女に小声で声をかける。


「どうした、フィア?」

「んー、フィア……おしっこ」


その瞬間シェイドは飛び起きた。これは渡りに船である。


「そうか!こんな夜中に子ども一人でちょろちょろするのは危ない!俺もついていこう!」

「フィア、ひとりで平気だもん……」


室内履きをつっかけヨタヨタと歩き始める彼女に慌ててついていく。おいて行かれてはかなわない。

夜目が利く彼女はそのまま廊下へと出ようとする。シェイドは忘れずに魔法式ランプを手にし、魔力を流し込んで灯りを灯した。

シェイドが後ろからついて来ているのを気づいていないのか寝ぼけた彼女はすたすたと廊下を歩き階段へと向かう。

その後ろをおいて行かれないよう早足で、だが周囲を見渡すことも忘れずについていく。階段近くまで来てシェイドは気づいた。

真っ暗闇を歩くのも恐ろしいが、こんな小さな灯りを持っているのもそれはそれで怖い。灯りのせいで影が強調されて見えるのだ。

また先ほどの怪談を思い出しそうになり、首を振る。

余計なものは見ない、見てはならない。

剣で斬れぬものなど存在しないのだ。

だが古びた木の床がきしむ音すら腹立たしいほどに恐怖をかきたてる。

我知らず息を詰めて歩いていたらしい。厠にたどり着いた時には、ぜえぜえ言うはめになった。

女性用へと入って行くフィアの背中に呼びかける。


「フィア!一人で帰るなよ、終わったらちゃんと待ってるんだぞ」


聞いているのかいないのか扉の向こうに消えた彼女を見送り自分も慌てて男性用へと入る。

正直に言うと、この厠の中だって恐ろしい。厠の中にまつわる怪談だってあるのだ。

考えない、考えない、何も考えない!

ひたすら無になり用を足す。

そして絶対に鏡を見ないように心がけ慌てて手を洗い厠の外に飛び出した。

キョロキョロまわりを見渡すがフィアレインの姿はない。


「フィア!いるか?フィア!」


なるべく声を抑え、女性用のほうに呼びかける。


「まだだよー」


間のびした声が中から返ってきてほっとする。置いて帰られず良かった。

だがフィアの返答に思い出したくない怪談を思いだす。かくれんぼの途中に死んでしまった子どもの話だ。

シェイドはその話を思い出しかけ頭をぶんぶん振った。そして恐る恐るあたりを見回す。

なぜこういうときに限ってそんな事を思い出してしまうのか。


そしてフィア、遅すぎだ!


もしかしたら本物のフィアレインは既に部屋に帰ってしまっていて別の『何か』が中から返事をしているのかもしれない。

剣を持って来なかった自分を呪う。だがああいうものは剣で斬れるのか?

そんな事を考えているとやっとフィアレインが出てきた。

寝ぼけ顔をして頼りない足取りでぽてぽて歩いて来るが今の自分にとっては救世主にも等しい。


「よし、戻るぞ」


シェイドはフィアレインを抱きかかえて歩き始める。

部屋への長き道、闇の眷属たちが蠢いていそうなあの暗闇の廊下へと。


「フィア自分で歩けるもん……」

「遠慮するな!」


子供特有の高い体温に安心しながら彼女を抱えて歩く。

二階への階段を上ろうとしたその時の事だ。


「むかーし、むかし。あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました」


彼女がまた何か語り始めた。


「フィア、もういい」

「お爺さんは山へキノコ狩りにお婆さんは川に洗濯へ」


そっと見下ろすとやはり寝ぼけ眼でむにゃむにゃ言いながら喋っている。

寝言か?しかし人迷惑な寝言だ。


「お婆さんが川で洗濯をしていると、上流から桃がどんぶらこーどんぶらこーと流れて来ます」

「どんぶらこって何だ……。ま、まあ川だもんな。冷やしてた桃が流れてきたのかもな……」


ぎしぎしと音を立てる階段をのぼる。なるべく早く部屋に着きたい。恐怖の展開を語り始める前に。


「桃はとても大きくお婆さんが両手でなんとか抱えられるくらいの大きさでした」

「……それさ、もう桃じゃないだろ?」

「お婆さんはお土産にとその桃を抱えてお家にかえりました。お爺さんが帰ってきたので、それを食べようと包丁で切ったその時」

「その時?」

「ぱっくりと割れた桃の中には小さな男の子が頭から真っ二つになって入っていたのです」


シェイドはちょうど階段をのぼりきったところで止まる。


「なぁ。色々おかしいぞ!桃切る時にちゃんと気をつけて切れよ!殺人事件になったろうが!

大体、人が入ってる桃を普通の婆さんが抱えて帰れるか?洗濯物だって持って帰らなきゃならないんだぞ!ぎっくり腰になるだろうが!

それにな。一般家庭の包丁で人間真っ二つなんて出来るかよ!頭蓋骨の硬さ舐めるなって話だ!しかも爺さん婆さん世帯で腕力もないだろうに!」

「……もともと男の子は真っ二つだったのかも知れないもん……」

「何だよそれ……死体遺棄事件か!」


その時二階に並ぶ扉の一つが突然開いた。

シェイドは驚き、びくりとそちらを見る。そこには仲間の一人、ハーフエルフのグレンが立っていた。

彼は気だるげに部屋の入り口にもたれ言う。


「あのさぁ、シェイドうるさいよ」


彼の長い赤毛からのぞくエルフ特有の耳が目に入る。

そうだ、普通の人間よりも聴覚が良いのだった。それは今自分が抱えているお子様もそうなのだが。

それに、とグレンはシェイドが抱えているフィアレインへと話しかける。


「フィアも。シェイドは怖がりなんだから、怪談なんて聞かせないように!夜中一人で厠に行けないって泣きついてくるんだからさ!」


じゃ、おやすみと言いたいことを言ってグレンは部屋へと消える。

シェイドは慌てて自分の抱えているお子様を見下ろした。彼女はじっとシェイドを見ている。

それも先ほどの寝ぼけ眼じゃない。完全に起きている目だ。

これはまずい。知られてはならないことを知られてしまった!


「誤解だ!」

「ここは二階だもん」

「そうじゃない!」


シェイドはその後言い訳を続けようとしたが再びグレンに煩いと怒られ、ほうほうのていで部屋に戻ることとなった。


名誉は守れなかった。

だがその後フィアレインがシェイドに怪談を聞かせることはなくなったと言う。

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