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立ち上がれ、アスタロト!駆けよ足軽、突撃せよ豆戦車!

「それでは宜しくお願いします。アスタロト様」


恭しく一礼する目の前の魔族はコキュートスchの重鎮サマエルだ。


「任せておけ」


アスタロトはサマエルへ頷き返し、退室していくその姿を見送った。


ここは魔界。コキュートスの中心地ジュデッカにあるアスタロトの屋敷である。

魔界では五本の指に数えられる実力を持ちながら、何の地位にもつかず自由な身を満喫しているアスタロトは魔界一の世渡り上手と呼ばれる。

元来の自由人な性格もさることながら面白いことが好きな為、常に暇つぶしを探しているあのお方からの評価が高い。

趣味が高じて魔界TVへの出演も多く、ついには自ら出資してコキュートスchを立ち上げるに至った。

彼の趣味から生まれた番組は『人間界ぶらり一人旅』や『追え!勇者の珍道中』といった魔界きっての人気番組である。


今回のサマエルの訪問は魔界では創世記念日に次ぐイベントである魔界武術大会の放映権の獲得に力を貸してほしいと言う嘆願であった。

いま魔界武術大会の放映権を得るため名乗りをあげているのはコキュートスchとリンボch。

最初は平等にクジ引きで決められるはずだったそれをあのお方は『クジ引きなどつまらん』と却下なさり、別の選考手段を提案なされた。

その提案された戦いに勝ったほうが放映権を得る。


コキュートスchの司令官はアスタロトだ。


「まずは人間界へ行って交渉からだな」


かくして司令官アスタロトは立ち上がったのだ。




黒地のユニフォームに白いゼッケン。それが今回の戦闘服である。

白いゼッケンの腹部側と背部側には番号とch名が記されている。

これは腹部側の番号部分が強力マジックテープで着脱可能となっており、今回の勝敗を決めるものだ。

コキュートスチーム、リンボチームそれぞれ戦闘員四十名。

司令官が戦闘員を兼任する事も可能。

敵チームの番号札をより多く集めたチームが勝利である。

なおジュデッカ内にあのお方がご用意された屋敷が戦いの舞台だ。


アスタロトはゼッケンに貼る番号札を二つ手にして、その二人へと近づいた。

そしてそれぞれに一枚ずつ渡した。


「お前たち二人には今日は私の下で戦ってもらう。

ちなみに本日の戦闘の際には本名でなくコードネームで呼び合うこととなっている」


黙って聞いている二人のうち、人間の青年の方を向いてアスタロトは言った。


「勇者よ、お前のコードネームは『足軽』だ」


そしてアスタロトはその連れである小さな子供を見下ろし告げた。


「お前のコードネームは『豆戦車』だ」


人間の勇者であるシェイドとその仲間である魔族とエルフの混血のフィアレインはお互いに顔を見合わせた。


「なあ?あしがるって何だ?」

「兵の一種だ。細かいことは気にするな」


足軽こと勇者シェイドはもの言いたげな顔で『2』と書かれた番号札をゼッケンに貼り付ける。

強力なマジックテープを更に取れづらくするようにしっかりと押し付けて。


「ねえねえ。豆せんしゃってなに?豆はわかるけど」

「戦争の際に使われたという兵器の一種だ。ちなみにその名の通り、お前には突撃役をつとめてもらう。

報酬は……あらかじめ約束した通りだ。全てはお前の働き次第。いいな?」


アスタロトの言葉に豆戦車ことフィアレインは真剣な表情で頷き、シェイド同様しっかりと『1』の番号札をゼッケンへと着けた。

戦闘はこの屋敷内にあるお互いのベースルームから始まる。

他の部屋に潜み奇襲するも自由ならば、敵陣へ乗り込むも自由、遊撃隊をつくるのもありだ。

武器と魔法の使用は厳禁だ。


今回アスタロトは司令官に徹し戦闘へは加わらない。

だが、切り札たる突撃役の豆戦車にいくつか秘策を授けている。

アスタロトはベースルームの一番奥の部屋へと戻る。ここは司令室だ。

そこにはすでにサマエルが控えていた。

壁一面には巨大な画面があり、屋敷内の様子を自由に見ることが出来る。

画面がベースルームの戦闘員たちを映し出す。


「皆、士気が上がっていますね。特に豆戦車は随分と気合が入っているようですが……」


サマエルの言葉にアスタロトは頷いた。


「ああ、あいつは褒美がかかっている。倒した敵の数に応じて褒美を増やすと言ったからな」

「褒美とは……もしや、これでしょうか?」


サマエルが指差す方向には、この司令官室の大半を埋め尽くす箱の数々がある。

その大きな箱の側面には『ジュデッカ製菓』と書かれていた。


「そうだ。中身は最近魔界の幼体たちに大人気の勇者シール入りチョコレートだ」


ちなみに魔界最高齢とも言えるあのお方も大好きな菓子だがそれは言わずにおく。

主にあのお方の名誉の為に。

先日もレアシールと言われるキラキラ輝くシールがなかなか出ないから何とかしろと、アスタロトはごねられたばかりだ。

アスタロトは刻を確認する。

間もなく開戦の時間だ。

心の中でカウントする。そして鐘が屋敷内へと響き渡った。

一斉にベースルームから戦闘員達が駆け出して行く。

同じようにこちらへ向うリンボチームの戦闘員達めがけて。


二者は屋敷の入り口前のホールでぶつかった。

コキュートスチームは己の番号を死守しながら戦っている。

隙があればリンボチームの番号を奪うが、無理してまで奪おうとはしない。

だが、それで良いのだ。

彼らの役目は番号を奪われないようにしつつ、リンボチームの注意を引いておくことにあるのだ。


「やられた!」


リンボチームの一人の戦闘員が悲痛な叫びをあげた。

彼の額には大きな赤いバツ印が浮かび上がる。

これは脱落の証だ。ちなみに脱落した者は速やかに戦線を離脱せねばならない。

それを破ればユニフォームにかけられた呪いが発動し、強力な消滅魔法によって死ぬことになる。

叫びをあげたリンボチームの戦闘員の足元から小さな影が躍り出た。


「来ましたね、豆戦車!」


他のコキュートスチーム戦闘員に気を取られているリンボチーム戦闘員の足元をちょこまかと駆け巡り隙をついて番号を奪いまわっている。


「良い動きだ」


アスタロトはその光景に頷いた。

足軽こと勇者もなかなか健闘している。番号を奪い取ろうと伸びてくる腕をひらりと軽快なうごきでかわす。

勇者に肉迫していた敵チーム戦闘員は足元に現れた小さな影にことごとく番号を奪われて脱落していった。

だがその場にいた生き残りの敵チーム戦闘員達は豆戦車の存在をつぶしにかかるべく動き始める。

瞬く間に豆戦車は敵チーム戦闘員に囲まれてしまった。

じりじりと距離を詰められる。


「ここまでだ!」


迫り来る敵チーム戦闘員。

サマエルは慌ててアスタロトに叫ぶ。


「アスタロト様!豆戦車が!」

「落ち着け、サマエル。秘策を使う時が来たようだ……」


見ろ、とアスタロトに促されサマエルが身を乗り出して画面を見る。

囲まれた豆戦車は俯いて肩を震わせている。

そして突如、大声で泣き叫びはじめた。


「う……うわーん!こわいー!」

「な……」

「ちょ……お前、幼体いじめんなよ!」

「お前こそ泣かせてんじゃねぇか!」


泣きはじめた豆戦車に動揺する敵チーム戦闘員。

アスタロトはしてやったりとその光景に見入る。

少子化の激しい魔界において幼体に強く出れるものは少ない。

豆戦車は更に泣き叫ぶ。

なかなかその演技は見事なものだ。


「ううっ……負けたらアスタロトに殺される……!」

「な……!アスタロト様は正気でいらっしゃるのか!」

「ヤバイだろ、さすがに幼体殺したら。全魔界会議もんだぞ」

「このあいだ少子化対策でレッツ婚活プロジェクト決まったばかりなのに……」

「ばか!お見合いパーティーなんて何の意味もないんだよ!魔界の男女比は男七割だぞ!」

「俺、絶対あまる自信ある」

「変な自信持つなよ!」


豆戦車の発言を受けて、敵チーム戦闘員たちは話し込みはじめる。

豆戦車はいつのまにやら彼らから番号を奪い取って、足軽を連れ脱落者ばかりとなったホールから出ていった。


「上手くいったようだな」


満足気に頷くアスタロトに背後からサマエルが恐る恐る声をかける。


「で……ですが、宜しいのですか?これではアスタロト様の名誉が……」

「よい。全ては勝利の為。どのような汚辱も甘んじて受け入れよう」

「ア……アスタロト様、ご立派です!」

「そんな事より見ろ」


画面には二階の廊下を駆ける足軽と豆戦車の姿が映っている。

前方から向かってくる気配を感じ、二人は足を止めた。

さっと豆戦車は物陰に隠れる。

三人のリンボチーム戦闘員が現れた。

敵戦闘員は足軽へと向かっていく。

伸ばされる手を巧みに逃れていたが、相手は三人である。

徐々に追い詰められている。

だが足軽は一人の背後をとった。背後を取られた敵戦闘員は突如身をよじり笑い始める。


「は……ははっ!よっよせ!くすぐるな……!」


息も絶え絶えになりながら身をよじり笑う敵戦闘員に足軽はくすぐる手を緩めない。


「お!魔族も脇のしたくすぐられたら駄目なのか……いいこと知ったな!」


爽やかな笑顔で言い放つ足軽を画面ごしに見つめ、アスタロトとサマエルは顔を引きつらせる。


「恐るべし……勇者!」

「人間といえど侮れませんね……」


だがそんな足軽の左右に残り二人の敵戦闘員が迫る。

その時、物陰から豆戦車が躍り出た。

敵の足元へと駆け、地を蹴りその番号を奪っていく。

ひとり、ふたり、と番号を奪ったその時。


「くそ!死なば諸共!」


豆戦車に番号を奪われかかっている三人中最後の足軽にくすぐられていた者が彼の番号を掴み奪い取る。

その場に倒れる足軽。


「シェイド!」


豆戦車は怒りに顔を歪ませ、番号を掴んだ手に力を込めて引っ張る。

バリっと言う音とともにはがれる番号。

敵チーム戦闘員の額にバツ印が浮かび上がった。


「アスタロト様、足軽が……」

「ああ……だが人の身にしては奮闘したものだ」

「そうですね……」


二人が見守る中、画面の中の豆戦車は倒れた足軽へと近づく。

そしてその傍に膝をつき、そっと足軽の肩に手を置いた。


「かたき、とったよ」

「ああ……ありがとう。俺はここまでだ」

「うん……」

「行け!俺の分まで最後まで戦ってこい!」


豆戦車は小さく頷くと立ち上がる。そして足軽に背を向け駆けて行った。


足軽とうとう脱落である。


戦況はなかなかだ。

敵の残数とこちらの残数。あきらかにコキュートスチームは優勢である。

だが油断は出来ない。

リンボチームにはまだ出て来ていない最終兵器がいるのだ。その者が現れれば一挙逆転もありうるのだ。

今コキュートスチームは敵本陣を攻めるものと屋敷に散った敵チームを探し追い詰めるチームに分かれている。

豆戦車は突撃隊の先鋒として敵本陣へと向かっている最中だ。

ひたすら駆け、番号を奪い、また駆けて敵本陣へ向かう豆戦車と厄介な敵が遭遇した。


「あれは……」


サマエルは画面に映る二人の姿に首を捻る。

そこには豆戦車とそれより少し大きい位の少年の姿がある。

ああ、とサマエルが思い出したように言った。


「ベリアル様のご子息ですね」

「あれか」

「ええ、でもなかなかいい構図ですね。魔界次世代の戦い。放送出来ないのが残念です」

「まあ、あのぬるま湯で甘やかされて育った幼体が豆戦車に勝てるとは思わんがな」


アスタロトは皮肉気に笑い二人の動向を見守った。


「お前だな!アスタロト様が人間世界から連れて来たって言う最終兵器っていうのは!」

「あんた誰?」


いきなり声をかけられ訝しげに豆戦車は少年を見つめる。


「な……俺を誰か知らないなんて!まあ、いい!お前の番号を寄越せ!俺の父上はな、あのベリアルなんだぞ!」


リンボchの出資者でもあり、今回敵司令官でもあるベリアルは魔界でも上位の実力者である。

だが豆戦車はアスタロトがどこかで見た事のある冷たい笑みを浮かべた。

つぎの瞬間アスタロトは気付く。

ああこれは、あのお方がつまらない下らないものを消し去る時に浮かべる表情だと。


「戦場でまで親の威を借る腑抜け男め!子宮の中からやり直せ!」


豆戦車はそう怒鳴るなり少年へ向かって猛然と駆ける。

少年は投げつけられた言葉に衝撃を受けたのか立ち尽くしている。

豆戦車は駆けた勢いそのままに少年へ頭突きを食らわせた。

少年は勢い良く吹っ飛び、壁に激突して床に落ちる。そのまま動かなくなった。

おそらく気絶したのだろう。

豆戦車は少年の番号を手にした状態でそれを一瞥し、そして敵本陣へと駆けていった。


「やりますね。精神攻撃した上で頭突きとは……」

「今の豆戦車の頭の中には褒美の事しかない。

開戦前にここにあるチョコレートの箱を全部見せてやったからな。

全て持って帰るべく闘志をみなぎらせていた」


画面の豆戦車はひたすら敵本陣へと駆け抜ける。

強敵の待ち受けるその場所へ。


「アスタロト様!ベリアル様が!」


サマエルに頷き返す。

コキュートスチームにとって最大の敵、ベリアルが豆戦車と向かい合っていた。

ベリアルの事だ。

劇的展開などと言って終わりがけに参戦し、コキュートスチームを自ら全滅させる計画でも立てていたのだろう。

だがそれもアスタロトの計画の範囲内だ。長い付き合いだから大体奴のやることは分かる。

それにベリアルさえ討ち取ればコキュートスチームの勝利は確実だ。

その為に豆戦車に秘策を授け本陣へと向かわせたのだ。


「これははじめまして。ベリアルと申します。

我が息子はあっさり破れたようですね」

「あんな弱虫、敵にもならないもん」


豆戦車の言葉にベリアルは笑う。


「随分頑張ったようですが、それもここまで。

泣き落としは通じませんよ」


豆戦車はベリアルの言葉など聞いていない。何やらゼッケンの内側に手を入れゴソゴソやっている。


「アスタロト様、豆戦車は……?」

「まあ黙って見ていろ」


豆戦車は取り出した紙のようなものを投げ捨てる。

ベリアルはそれを目で追い、その正体に気付くと叫んだ。


「こ……これはあのお方の秘蔵私生活写真集の写真?」


ベリアルは慌ててその写真へと駆ける。その後を追う豆戦車。

写真を拾うベリアルとその隙をつこうとする豆戦車の戦いだ。

だが今までの雑兵とは違い一筋縄でいかない。

写真を拾いながらも、豆戦車の攻撃を巧みにかわす。

しばらく続く攻防戦に業を煮やしたのか、豆戦車はとっておきの一枚を手にした。

そして階段の手すりへと飛び乗り、ベリアルの前でその写真をヒラヒラと振る。


「こ……これはあのお方の堕天記念写真ではありませんか……!」


ベリアルはヒラヒラ振られる写真を掴もうと手すりごしに身を乗り出すが、豆戦車が手すりの上を縦横無尽に動き回るためなかなか掴めない。


「こんなもの、欲しいならくれてやる!」


そういうなり豆戦車は階段の手すりの上から階下へと向かって写真を投げ捨てた。


「何てことを!」


ベリアルは階段の手すりに足をかけ、二階の踊り場部分から一階へと飛び降りた。

その瞬間、ベリっと言う何かのはがれる音と額への衝撃が彼を襲う。

飛び降りざまに豆戦車から腹部の番号を奪われたベリアルは、額にバツ印を浮かべながら一階へと着地した。

苦い笑みを浮かべながら写真を拾う。


「アスタロト殿……謀りましたね……」


写真を握りしめ呟く画面のベリアルにアスタロトは笑った。



終了の鐘が鳴り響く。

サマエルは叫んだ。


「アスタロト様!我々の勝利です!」

「当然だ」


アスタロトは戻ってくる戦闘員達を迎えるべく司令室を出る。

功労者を労わねばならない。

豆戦車が駆けて来た。

アスタロトも豆戦車へと向かい駆け出す。

一番の功労者をねぎらうために。


「豆戦車!よくやった……」


だが豆戦車は駆けて来たアスタロトに視線すら向けず、その傍を駆け抜ける。


「お菓子!お菓子!」


ひたすらそう叫びながら司令室へと駆け込んでいった。

アスタロトは呆然とその後ろ姿を見送る。何だろうこの敗北感は。

一人その場にとり残されたアスタロトを他の者たちは見ないように目を逸らした。

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