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ある勇者の憂鬱 旅立ちの日

シェイド・ブラックは当代の勇者である。

彼がどこにでもいる一般市民の息子として16年前に産声をあげたその時。

闇の神の教団の神殿では神託が下った。

闇の神の加護を受けし勇者が誕生したこと。

その加護をもって彼は魔の物に立ち向かい、神の敵を倒すであろうと。


早速神殿は彼の生まれた村へ向かい、上手く両親を言いくるめ赤子を引き取ることに成功した。

古来より勇者は旅立つその日まで、その存在を隠さねばならない。

弱き内に魔の物にその命をとられぬように。


実際のところ、魔界を治める魔王達にとってはどうでもよい、眼中にもない存在なのだが……それはまた別の話。


闇の神の教団によって一つの集落が作られた。

勇者である幼子を育てる存在、剣を、魔法を教える者、その他様々な知識を教える者。

まさに勇者を育て上げる為だけの社会から隔離された場所であった。



かくして、後に勇者の仲間となったハーフエルフの魔法剣士が言うところの『世間知らず勇者』が作られる土壌が出来たのだ。




***

シェイドは闇の神の教団の神殿、神の間で跪いていた。

とうとう迎えた16才の誕生日。

両親と思っていた養い親に己が勇者であると告げられ真実を知ってから、まだ数日。

旅立ちの日が訪れたのだ。

旅立ちの前に己に加護を与え、勇者たる資格を与えた闇の神へ参拝しているのである。


シェイドは跪いていた。

跪いて先ほど、この闇の神の教団の最高権力者でもある法王に下賜されたモノを見ていた。

法王から旅立つ勇者への贈り物、それはまさに闇の神から勇者への贈り物に等しい。


等しいはずなのだが……。


シェイドは目の前の剣をみつめる。

これは俺の目の錯覚でなければ、『青銅の剣』ではないか?

剣を扱うものならば、誰もが一番最初に買うと言う、お手頃価格の品。

お手頃価格ゆえに耐久性は低く、威力もない。


俺、魔族討伐に行くんだよな?

間違っても畑やら家畜に群がる獣を追い払いに行くんじゃないよな?

この青銅の剣で魔物と戦えと?

すぐに折れるのは目に見えている。

これならば剣術の師匠が持ってた鋼鉄の剣のほうがまだ良いぞ。


シェイドは何気なく壁際に並ぶ教団兵を見やった。

彼ら僧兵は聖なる祈りを込められた聖銀製のメイスを装備している。

鎧も同じく聖銀製だ。

思わず自分に下賜された『青銅の剣』と『革の鎧』と見比べてしまう。

見つめられた僧兵はさっと目をそらした。


いやいや。落ち着け俺。

さすがに世界の命運をかけた旅に出る者に、ただの青銅の剣はないであろう。

きっとこの剣は特別な剣に違いない。

見た目は青銅の剣だが。

何か特殊な加護とか魔法が込められてたりするのだろう。

……普通の人間より遥かに高い魔力を持つ自分で察知することは出来ないが。

きっとそうだ。この革の鎧も革の盾もそうだろう。


そう思わなければやってられない。


「シェイドよ。これは我々教団からの気持ちだ。

しばらくの路銀とするがよい」


重々しく法王に告げられ、そばに控えていた司祭が金の入った袋をシェイドに渡してくる。

かなり重い袋だ。

先ほどからの不安もあり、無礼ではあると思ったが、ついシェイドは口にする。


「恐れながら猊下。なかを見てもよろしいでしょうか」

「うむ」


中を覗き込むと、びっしりとつまっていた。

……銅貨が。

金貨どころか銀貨すら入っていない。


「シェイドよ。300ペイ入っておる。存分に役に立てるがよい」


ちなみに青銅の剣の値段が300ペイである。

思わず顔を上げたシェイドに、前に立ち並んでいた聖職者のうち法王以外の者全てが目を逸らした。


ちなみに世界には四つ大陸がある。ちいさな島国を入れればもっと増えるだろう。

闇の神の教団のある大陸は4つの中でも一番小さい大陸だ。

世界の救済となると、当然他の大陸にも行かねばならない。

いま一番勇者の救済を必要としているのはこの大陸ではないと先ほど法王本人から聞いた。

だからこそ、シェイド本人もその大陸に赴き、魔を倒すつもりであったのだ。


だが、しかし。

300ペイでは他大陸への船代にもならないではないか……。

船の出る港へ辿り着くまでにも路銀は必要である。

出発前から資金難が目に見えてきてしまった。


「恐れながら、猊下。この金額では……」

「シェイドよ……。

われら闇の神の教団が、数あまたある他の神々の教団に比べ最も信徒が少なく規模が小さいのは、知っておろう。

信徒が少ない……それすなわち、お布施が少ないと言うことだ。

闇の神の教団の財政は苦しい!

すまんがそれが精一杯である!」


精一杯で300ペイ……。

思わずシェイドは恨みがましい目で法王を見てしまった。

さすがの法王も慌てて目を逸らし続ける。


「幸いなことにお前は神の加護がある!

お前の旅路の安寧は約束されたようなものだ。

さあ、何をしておる。世界中にはお前の救済を待つものがおるのだ。

早く出発せぬか!」


法王は言いたいことだけ言ってしまうと、法衣を翻しそそくさと神の間を出て行ってしまった。

残された気まずい沈黙の中、大司教が進み出る。


「シェイドよ。いくらお前が加護を受けし勇者とはいえ、敵は強大で、お前はまだ未熟である。

だから仲間を連れてゆけ。

勇者旅立ちの報を受けて、神殿統治下のこの街には多くの者が集っておる。

傭兵ギルドに行けば、名誉を求めし強者どもがお前の仲間に誘われるのを待っておろう!」

「大司教さま。俺は闇の神の神託によって魔と戦うのですが……。

教団兵の方はともにいらっしゃらないのですか?」


最初から教団が兵力を割いてくれるわけはないと分かってはいたものの、つい嫌味のように言ってしまう。

壁際の僧兵たちは皆慌てて顔を伏せた。


「きょ……教団兵は申し訳ないが信徒たちを守るので手が……」


モゴモゴと言い訳する大司教にため息をつき、シェイドは立ち上がる。

そのまま背を向け、神殿の出口に向けて歩きだした。




***

あまり気が進まなかったが、大司教に言われた通り傭兵ギルドにやってきた。

はじめは神殿の最寄りの傭兵ギルドを訪ねたのだが、受付の人間に


「隣町の傭兵ギルドのほうが規模も大きいし人も多い」


と言われ、実際そのギルドには職員以外の人間がいなかったのでここまでやって来たのだ。

隣町と言っても、森を一つ抜ける。

森には魔物の一種、ゴブリンが出るのだ。

当然何度か遭遇し、戦闘となった。

神殿でもらったありがたい青銅の剣は瞬く間に折れた。


くそ、やっぱりただの青銅の剣じゃないか!

あのハゲジジイ!


しかたなくゴブリンから奪い取った棍棒を武器とし、魔法も使いながらこの町へと辿り着いたのだ。

神殿から賜ったありがたい剣より、ゴブリンの愛用していた棍棒の方が丈夫だなんて笑えない。


隣町の傭兵ギルドは確かに大きかった。

ギルド内に酒場まであり、たしかに多くの猛者たちがたむろしている。


だが、しかし。


「勇者ぁ?ああ、坊主が噂の勇者さまか」

「世界を救う旅?んで幾らくれるわけ?」

「俺は無理無理。死にたくないし」

「勇者サマー、一杯奢ってよ!そしたら話だけでも聞くからさ」


ここはやむなしと、皆に奢る羽目となった。

なけなしの金をはたいて。

確かに皆話は聞いてくれた。

聞くだけならば。それで終了である。

だれも同行などしてくれない。


皆なんの見返りもなく命をかけて働いたりはしない。

勇者とともに戦う名誉なんていっても、まだ何も成し遂げていない勇者である。

勇者と名付けられた存在であっても英雄ではない、ただのひよっこだ。


財布だけが軽くなり、トボトボと宿へ向かう。

こういう時人間は悪魔の誘いにのるのではないか。

自分は魔を倒す勇者のはずなのに……。

赤い夕日に向かって思わず叫んだ。


「神様のバカヤローー!」


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