チェーンデザイナー
無駄に防音加工された壁。シルバーのタイルが連なった床。それらには至る所にさまざまな色のペンキ。その部屋はペンキの匂いが充満していた。
そこには、少女と少年と父が、住んでいた。しかし、その父は小さな遺影となってしまった。少女は、遺影を前に俯きながら静かに言った。
「泣いたらだめよ・・・・」
少女の表情は、長いブラウン色の髪のせいで遮られている。
「泣いてないよ。」
拳を握りながら搾り出すように少年は言った。
「俺・・・まだ、父さんが死んだっていう実感がわかないんだよ。リン姉。」
ブラウン色の瞳と髪で鼻筋がスッと高い美形の少年が、自宅への階段を昇って行く。彼の服装は、作業服であり、黒ずんでいて綺麗な服装とはいえない。
そんな格好で、彼は薄っぺらい自宅のドアを大きく開けた。
「リン姉。今度の仕事すんごい難しいよ」
彼は、汚らしい部屋の隅の机で何か作業をしている姉に言った。
「ちょっと。ユタ!そんな汚らしい作業服で勝手に外にでないでよ」
そう言って彼女は、振り向いた。彼女も汚らしい作業服で所々にペンキが付いている。彼女も同じくブラウン色の瞳と髪の色で、髪は肩まで伸ばしているのだが、毛先が妙に跳ね上がっている。彼女もまた、美しい顔立ちをしていた。
「着替えるの面倒だよ。そんな事よりほら。仕事」
彼はズボンのポケットから小さく折りたたんだ紙を姉に渡した。
リンは、その紙を破れないように丁寧に開いていった。
「“チェーンが、チェーンでなくなるデザインをお願いします”って、何これ?」
「だから言っただろ?難しいって」そう言ってユタは、近くにあった木製の椅子に腰かけた。
私たちは、双子である。私が、数秒早くユタより生まれたので私が姉となっているが・・・。
ユタの方が、数倍賢い。10歳で私たちは、父の仕事を受け継いだ。その仕事は、チェーンのデザイン。ここでこの国の法を説明しなければならない。
まず、チェーンと言うのは「鎖」と言う意味も持つが、もう一つ。「ペットの首輪」と言う意味も持つ。「ペット」と言っても犬や猫ではない。人間だ。この国では、「ペット制度」と言うのがあるのだ。ペットを持てる者は、貴族だけであり、貴族達は自分たちの裕福さを誇示するために多くのペットを得る。ペットは言うならば「奴隷」である。それだけでは飽きたらず、チェーンのデザインにも奇抜なデザインを望む人が現れた。はっきり言って、私は、貴族達はみんなイカレポンチだと思っている。まぁ、そのイカレポンチのおかげで金儲けできているんだけどね。
父は、今まで働いていた仕事を辞めて、チェーンデザイナーになると言いはじめた。独学のためか、父のデザインは全く受け入れられなかった。特殊な設備を設置したり、色んな色のペンキを買い占めたため、家は借金地獄となった。しばらくして父は、事故で死んだ。
面白半分でユタと私と始めたチェーンデザインの仕事で、大成功。そうして今、15歳となった今━・・・。
「断ってよ。そんなイカレタ依頼。」
「でもさ・・・これ、支払額が30万なんだけど・・・」
30万!この御時世に30万だったら、一番高い米が買えるし、卵、小麦粉。至極高価なものが買えるのだ。
リンは、立ち上がり両腕をぐるぐる回しながらユタに言った。
「引き受けましょう!」
「(30万もくれるイカレポンチなら有難いわ。それで父さんの借金を返す足しになるわ)」
そうしてユタは、机一面に大きな紙を用意し、デザイン画を描こうと鉛筆を手にとった。
「・・・で?どんなデザインにすればいいの?」そう言ってユタは、リンの方に振り向いた。
「どんなって・・・“チェーンがチェーンでなくなるデザイン”よ。」
「だから、どんなの?」
「知らないわよ!!今、考えるわよ・・・」そう言って二人だけのこの部屋は沈黙となった。大きな壁時計が大きく秒針の音だけを鳴らす。かちかちかちかちと刻々と秒針を刻んでいく。この時計は、父が物産展で安く手に入れたのだと笑いながら汚いなりで、梯子を立てかけて壁に釘を打ちつけて取り付けたのであった。壁時計は、秒針を刻む音があまりにもうるさく、夜中には壁時計を外すか外さないかで父と大ゲンカをした事もあった。今は、付けたままにしている。
「・・・・わかんないわね・・・。つうかこのイカレポンチ!本当にイカレテルわね!」リンは、苛々するのか頭をかきむしりながら言う。
すると、ユタは向こう側にある本棚へと走って行った。
「ちょっと。読書とかする暇あるならデザイン画考えてよ!」
リンは、怒り心頭であった。
ユタは、怒る姉の事をさほど気にせず、多くの本を手にしていく。
「考えたんだけどさ・・・チェーンって二つの意味があるよね?「鎖」と、「ペットの首輪」。その、二つの意味の内の一つ。「鎖」という意味で捉えれば簡単になるよ。」
「え。なんで?」
「だからさ・・・こう、だまし絵のように遠くから見ると「鎖」ではなくて「紐」のように見せるデザインを考えれば・・・。出来るか分からないけど」
そう言って本棚からだまし絵の本や、遠近法の本などを手に持った。
「さすが!ユタ。頭いいわ!」
そう言ってリンは、ユタの頭を撫で回した。そうして、リンはウィンクしながらこう言った。
「デザイン画よろしくね☆」
------数時間後---------
「できたよ。リン姉」ユタは、机に突っ伏して寝てるリンを起こした。
「う~ん・・・?意外と早かったね」大きく欠伸をしながら、伸びをして言った。
「うん。明日の朝には欲しいっていう依頼だから」
「あ。そうなの・・・・?」しばらくの沈黙の後。
「早くそれを言えっ!!!」と、ユタの頭を強く殴った。
頭はいいんだけど、どこか抜けている弟なのだ・・・。
そうして完成するまでに、次の日となってしまった。
「はぁ・・・何とか完成したわ」
リンは、額の汗を拭くの裾で拭う。
「リン姉の色のセンスは、相変わらず気持ち悪い」ユタは、顔をしかめて言う。
「うるさいわね!この気持ち悪いデザインが、イカレポンチ共は好きなのよ!」大きく机を叩き付けてリンは豪語する。
「・・・・そのイカレポンチさんらしき人がいるんだけど」
ユタは扉の方を指差す。その扉は開かれていて、そこには金髪で、裕福そうな格好をした男性が立っていた。
その人は、怒る事なくにっこり笑った。
「ちょっ・・・!ノックしてから入りなさいよ!!」リンは動揺していた。だが、その動揺に気づいていないのか、男性はまたにっこり笑った。
「ノックをしたら扉が少し開いたもんだから入らせてもらったよ。ごめんね。」そうして、静かに扉を閉めた。
「僕が依頼したデザインは、出来てるかい?」
ユタは、すぐに依頼書を机の上から取って来た。
「あの・・・名前を言ってもらえませんか?」
「僕の名前は、リアン。“チェーンがチェーンでなくなるデザイン”を頼んだ者だよ。」
「ちょうど今完成させたんです。そこの机にあるのがそうです。」
リアンは、ゆっくりと机の上に置かれているチェーンを見た。
「変わった色だね。なんだかピカソのようだ。」微笑ながら言った。
リンは、チェーンの置いてある机を大きくたたいた。
ガチャン!と、チェーンが少し浮いた。
「なんか文句でもあるんですか!?ペットに着ければとても目立ちますよ?」
まじまじと、リアンはチェーンのデザインを見た。
「そうかぁ・・・。そういう風に考えてデザインしたんだね。ありがとう。お金を払うよ。」
そう言って懐からお金が入っていると思われる封筒を出して机に置いた。
「まって!そういう風にって・・・こんなデザインを望んでいたんじゃあないの?」
「うん。望んでいたよ。ありがとう。」そう微笑んでリアンは、扉の方へと向かい始めた。
「ちょっと!!チェーンを忘れてるわよ!」
ドアノブに手をかけながらリアンは、振り向きながら言った。
「ねぇ。もっと簡単に “チェーンがチェーンでなくなるデザイン”を考えられるよ。知りたい?」
「は?そんなのどうでもいいから・・・」
「知りたい。教えて。」
リンが、言い終える前にユタが言った。
リアンは、今までの微笑みとは比べられないような笑顔で、言った。
「ペット制度をなくせばいいんだ。」
一気に血の気が引いた。
だめだ。この人の話を聞いてはならない。関わってはいけない。
「帰って・・・。早く消えて!!」リンは、リアンをドアの方へと押していった。
「リン姉!!やめろよ!俺は、もうわかってる!父さんが何でいきなりチェーンデザイナーになったのか!父さんは、事故で死んだんじゃあないって事も・・・!」
リアンの胸ぐらを掴んでいた手が弱まってきた。全身から力が抜けてしまった。
ああ・・・。頭のいいユタが気づかないはずがなかったんだ。
「ユタ。リン。君たちの事は、君たちのお父さんから聞いているよ。ユタが言うように君たちのお父さんは、きまぐれでチェーンデザイナーになったのではないよ。彼は、僕と同じペット制度反対者だったんだ。チェーンデザイナーになったのは君たちのためにだ」
「私たちのため・・・・?」リンはか細い声で聞いた。
「君たちにペット制度について真っ向面から向き合うためだよ。この国ではペットが、貴族たちの奴隷になるのが当たり前とされている。多数派には入ってもらいたくなかったんだよ」
「じゃあ、何・・・?私たちに少数派になれって事?」
「違う。そうでは・・・」
リアンが言い切る前にリンは、怒声をあげた。
「冗談じゃあないわ!!父さんは、ペット制度反対者と政府にばれたせいで殺されたのよ?!大体、真向に「ペット制度」と向き合う為にチェーンデザイナーを始めた?おかしいじゃあない!矛盾している!イヤよ・・・絶対イヤ!!」
「リン!!」ユタは今まで出したことのない大きな声を出した。
リアンは、静かに言った。
「君たちのお父さんは・・・自分が正しいと思う方を選んで欲しいと言っていたよ。自分が正しいと思った事は最後まで貫いて欲しいと」
今度は、穏やかにユタが言った。
「リン姉。目を背いたって無駄なんだ。父さんは、背けさせないようにチェーンデザイナーになったんだ。父さんは、きっと俺たちがいずれチェーンデザイナーを辞めるであろうと見越していたんだ。きっとそうだ。今まで、たくさんの依頼がきたけど、気持ちのいいデザイン画なんか作ってきた事なんてないじゃあないか!リン姉は、ペットはどういう人たちなのか知ってる?」
リンは、俯きながら首を横に振った。
「殺人事件を起こした犯人の血縁者・子孫の人たちがペットになるんだ。生まれてきた赤ん坊は、すでにペットとしての人生を送らなければならないんだ」
「ユタ・・・なんでそんな詳しいことまで・・・・」
「俺は、リン姉みたいに目を背けたくなかったからね。簡単だよ。それが、自分の考えで、正しいことなのか正しくないことなのか判断すればいいんだ。僕は、リアンさんの依頼がきた時にすぐに考えたよ。「ペット制度」が無くなればいいんだな。って」
ユタは、とっくのとうにどちら側につくかを決めていたみたいだ。しかし、リンは納得がいかない。
「そんな事したら私たち路頭に迷うじゃない」リンは、木製で出来たペンキだらけの椅子にだらりと座り静かに言った。
「だから、リアンさんと共に反対運動に参加して・・・」最後まで言い切る前にリンが金切り声を上げる。
「そんなの駄目!父さんの二の舞になるだけ!いいじゃあない!「ペット制度」があったって!その人たちが居るおかげで家計がまわっていくんだから!」
机を大きく叩く。あまりの強さに木製の机はミシリと音をたててきしみだした。叩いたのは、ユタであった。
「僕は、他人の痛みには常に敏感でいたいんだ。リン姉はいつも僕の事を考えてくれてるように、僕はリン姉以外の多くの人の事を考えたい!」
長い沈黙が流れる。父さんの買ってきた壁時計の秒針が大きく音をたてて刻む。はやく決めろ。はやく決めろ。と言わんばかりに秒針が大きく鼓膜を揺さぶってくる。
「私は・・・考えたくないの。だって、そうでしょ?少数派にはなりたくないもの!」リンは、大きく肩を揺さぶりながら泣き始めた。それでも、秒針が大きく刻む音を両耳が綺麗に拾ってくる。早く決めろ。早く決めろ。と。
リアンは、ふぅと小さくため息をして静かに言った。
「混乱させたみたいだね。別に無理強いをするつもりは無かったんだ。ただ、君のお父さんは立派な人で。反対運動の先導者だった。だから、娘や息子である君たちにもお父さんの意志を引き継いでもらいたいと、僕は勝手に思っていたんだ。そうだね・・・。チェーンデザイナーは、君たちを多数派に入れる為に作った安全な巣だったのかもしれないね」そう言ってリアンは、リンの隣の椅子に腰かけて優しくリンの頭を撫でてやった。
私だって本当はとっくのとうに決めていた。
自分の意見を貫ける強い信念が欲しい。多くの仲間が欲しい。ずっとずっと欲しいと思っていた。
だけど、多数派の巣の中は暖かく心地よい。もう、ここから抜け出したくはないの。
だけど、他人で敏感でいたいと言うユタに、ユタだけの事しか考えない私にはもう答えは一つしかない。
ユタがこの暖かい巣から飛び出すというのなら、私も飛び出そう。そうして、他人に目をやってみよう。命なんか欲しくないの。ユタが生きていてくれていたらそれでいいの。でも、ユタが他人に命をくれてやると言うなら、私が代わりにその人に命をくれてやるの。
私を異常だと笑うかしら?
弟思いを超えてるかしら?
だけど、もう決めたの私は、少数派になるの。
そうしてしばらくして、繁盛していた双子のチェーンデザイナーのお店は忽然として消えてしまった。その後、彼女らの行方を知るものは誰もおらず、「ペット制度」というものを知る者は80歳を超えた老人たちしかいなくなった。ただ、老人たちは口ぐちに言う「あの美しいブラウンの双子は天子様に違いない!」と。