雨上がりの帰りのホームで
明けて翌日。無料の約束を取り付けたおかげで、ナイトパックの九時間を大幅に過ぎて、午前十一時に店を出た。
今は浜松駅のホームに立って、帰りの電車を待っている。
「しかし、晴れたね」
昨日までの豪雨が嘘のようだ。晴れ渡った空は青く、穏やかな陽光がホームの白線を照らしている。秋晴れの下で、涼しい風が吹いていた。
「お金浮いたね。ラッキー」
上機嫌にはしゃいで、沙希は口元に笑みを浮かべる。それから腕を真っすぐに伸ばす。
「ちょっと寝にくかったけど」
「あそこで熟睡するには慣れが必要だからね」
言いながら、成瀬は昨日の事を思い出す。
店員がやった悪戯目的のチャットは、ちょうど監視カメラに映るあの席を狙って、今までにも何度か同じ事をしていたらしい。
動機も目的も無く、ただ単に思いついたからやってみたら、思いのほか気付かれないので楽しくなったそうだ。
概ね予想した通りだったな、と成瀬は思う。
ただ、沙希が料金を無料にさせ、夜食とお菓子をくすねた上で、店員に土下座までさせた事にはさすがに少し驚いたが。
「それにしても、あの店員もなかなか面白い事を思いつくね」
「面白いって、あの悪戯が? 店員が客に迷惑行為とか万死に値するんだけど」
「ああ。そう言えば、本気で怖がってたね」
「怖くない方がどうかしてる。いい? 普通の人間はね、異常事態が起きたら動揺するんだよ。成瀬は落ち着きすぎ」
その言葉に、誰より自分自身が一番納得出来て、成瀬は小さく頷いた。
「たしかに。言う通りだ」
高い電子音と共に、ホームにアナウンスが入る。どうやら、下りの電車が来るらしい。そもそも不可能だった日帰りプランから急遽の変更で一泊したが、これでようやくの帰宅である。
帰りの電車の姿を線路の奥に確認して、成瀬は白線の手前に寄る。
「でも、成瀬は少し変わったかな」
不意に、沙希がそう言った。
それが、あまりにも予想外の台詞だったので、成瀬は目を瞬かせた。
「え?」
「自分じゃ分からないだろうけど、少し感情を素直に表すようになった。成長したじゃん」
成瀬の目を真っすぐに見て、沙希は言う。成瀬はこの状況に笑ってしまった。
「何それ。何処目線? まさか、年下の女の子にそんな事を言われる日が来るとは。でも、浅岸も変ったと思うよ」
「だろうね。私は日々、常に成長してますから。去年の私より今年の私の方が良いって言い切れるし。どんどん良くなって、このまま行ったらどうなるのか。末恐ろしいわ」
冗談なのか、本気なのか、とにかくそんな事を沙希は言う
自分の可能性を信じ切れる人間は強い。
その為の理由は何でもいいのだ。
大事なのは、不確定な未来に対して信じてみることで、迷わず選択すること。
だから、
「時々、キミを本気で凄いと思うよ」
成瀬のその言葉は、ちょうどホームにやって来た電車の警笛によってかき消された。
隣を窺ったが、沙希に気付いた素振りは無い。
ただ、電車がホームに入ってくる時の風で沙希の金色の髪がさらさらと揺れ、その下で口元が笑っているのが見えた。
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