犯人は誰?
それからすぐに、成瀬が個室にやって来た。沙希は険しい顔のまま、黙って画面を指差す。画面には、無名とのチャットのログが表示されている。先程のメッセージを最後に、チャットは止まっていた。
ざっと会話の流れを目で追って、成瀬は幾つか沙希に質問をした。質問内容は、主にそれぞれのメッセージが書き込まれたタイミングについてだった。
沙希がなるべく詳しく状況を話していると、不意に無名からのメッセージが更新された。
『無名:誰を呼んで来ても無駄なのに』
沙希がそうしたように、成瀬も咄嗟に個室内、そして店内を見回した。しかし、先程と同様、周囲に異常は見られない。
「なるほどね。ずっとこんな感じだった?」
成瀬の質問に、沙希は無言で頷く。不気味なものを見るように、両肩を抱いて眉を引きつらせていた。
「驚いたな。浅岸さんともあろう方が幽霊が怖いのかい?」
「……怖い。気味悪い」
ぼそりと呟くように、沙希が答えた。
その怯えた目を見て、成瀬は小さくため息をつく。
「僕の考えが正しければ、そんなに怖がる程の事でもないよ」
「どういう事? だって現に」
「その前に、いくつか確かめたい事がある」
成瀬は沙希の前に身体を乗り出して、キーボードをタイプした。
『SA:すぐに会えるよ』
「ちょっ!? 何してくれてんの!?」
「まあまあ、落ち着きなよ。あと、静かにね」
「落ち着けるかボケ! 祟られたらどうすんのよ!」
「静かにって。この目で確認しときたかっただけだから」
「だから何が!?」
唇の前で人差し指を立てる成瀬を見て、沙希は咄嗟にぶん殴ってやろうかと思った。
「もう一つ確認しておきたいから、僕の個室に行こうか。このチャットルームのアドレスが書いてあるメモ用紙を持ってきて」
相変わらず、説明を後回しにするヤツだ、と沙希は思う。とはいえ何かしらの考えがあるらしい。沙希は渋々成瀬に従った。
成瀬の個室で同じようにチャットルームに入り、メッセージを打ち込む。
『NA:test』
「うーん。やっぱり、IDだけ見ても分からないか。まあ、いいや」
成瀬は頷いて、画面を眺める。次に成瀬は携帯にチャットルームのURLを打ち込むんだ。携帯にはページが有効ではない旨のメッセージが表示される。
「ローカルでしか表示出来ないページみたいだね。アドレスがそんな感じだから、そうだろうと思ったけど」
「この数字がってこと? 色々意味が分からないんだけど」
「カンマ区切りで三つの数字が四個並んでるだろ? それ、IPアドレスだよ。ローカルで作ったホームページなんかは大抵IPアドレスをURLに含んだだけの簡単なものになってる。まあ、ドメインネームで作るのもあるけど、その辺の話興味ある?」
「いや、ない。それで、何が分かったの?」
沙希がそう聞くと、成瀬は大げさに肩をすくめてこう言った。
「何がって言うか全部。じゃあ、順を追って説明しようか」
推理小説の探偵よろしく、成瀬は口元に微笑を浮かべる。それから、ゆっくりと今回起きた事を語り始めた。
「無名の正体を導くヒントは幾つもある。一つ目は、部屋を出ている間に張られていたメモ用紙。二つ目は浅岸の偽名を一瞬で見破った事。そして三つ目、まるで見ているかのような言動」
言いながら、成瀬は顔の前で指を三本立てる。
「メモ用紙についてだけど、これは誰にでも出来るようで、意外に難しい。部屋にいない時を見計らうのは簡単だけど、他人の目を気にする心理が働くからね。だから、誰かに見られていても、個室に入って怪しまれない立場が必要になる。そして浅岸の偽名を見破った事だけど、これは簡単。浅岸の名前を知っていたんだ」
「は? じゃあ成瀬が犯人って事?」
「違う。もう一人いるだろ?」
はて、と沙希は首を傾げる。
「忘れてるならいい。とにかく話を続けるよ。タイミングよく、見ているかのようなメッセージがきた事に関してだけど、行動を見ているのは、何も人の目だけじゃないって事」
「言い方がいちいち回りくどい」
不満そうに沙希が言うので、成瀬は単刀直入に、天井付近に設置された監視カメラを指差した。沙希がはっと目を見開く。
「そういう事。名前はメンバーズカードに登録されているからね。それじゃあ、詳しい話でも聞きに行こうか」
*
案の定と言うべきか、想定内と言うべきか。予想通り、長髪の店員はしらを切った。
「知りません。そんな事」の一点張りで、聞いていて惚れ惚れする程、その言葉を突き通していた。
まくしたてると言うよりは、怒鳴り散らすように喚く沙希を落ち着かせて、成瀬はレジ横のパソコンに手を触れた。
「何です?」
不審そうな目で店員が聞く。
「それだけ調べさせてもらえればすぐに分かる事なので、あまり長引かせない方がいいですよ。互いの為にね。あのページ、たぶん悪戯で作ったものでしょう? なら、たぶんIPはそのパソコンの物ですし、ページ自体もローカルに残ってますよね。アドレスの再取得も、ページを消す時間も無かったはずだし、そもそも愉快犯なら過去ログは全部残しておくでしょうから。後で読み返す為にね。隠しフォルダにしていたとしても、コマンドにオプションつければ簡単に探せますよ」
成瀬の話を聞きながら沙希は難しい顔をして、
「ごめん。要点だけ言ってもらえるかな」
半ば理解を諦めてそう言った。
「えっと、さっきのページの本体がこのパソコンの中にあって、その記録をたぶん残してるだろうって事。隠しフォルダって言って、通常ではフォルダが見えないように出来るんだけど、その中に記録を隠したとしても、それを調べる方法を僕は知ってますよと」
「なるほど。なら、初めからそう言えばいいじゃん」
「いや、そんなふわっとした言い方で相手が納得するならそうするけどさ……で、店員さん。どうします?」
成瀬がそう聞くと、店員は言葉に詰まって、一歩後ずさった。下がってどうする、と成瀬は言いかけたが、それより早く沙希がレジに身を乗り出していた。
「ここの料金タダ! あと夜食! それで手を打ってやる!」
なんて図太い女だろう、と成瀬は思った。