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突如変わる

 ハンドルネーム無名とのチャットが始まってから、30分程が経過した。

相手と話してみると案外普通の人で、沙希は肩透かしを喰らった。どちらかと言うと賑やかなタイプのようだ。

 始めは正体を突き止めるつもりで会話を続けていたのだが、とりとめの無い内容を話している内に話題が膨らんで和やかな雰囲気になっていった。

 当初の目的を忘れ、日常的な会話を繰り返すうちに、沙希は相手の事を探る必要を感じなくなっていた。

「なんか、どうでもよくなってきたな」

 沙希がそう呟いた矢先の事だった。

『無名:ところで、名前(本名)を教えてもらえますか?』

 相手はそんな事を言ってきた。

 その質問をする意味が分からず、沙希は首を傾げる。もちろん本名など明かす気にもならず、適当に思いついた名前を打ち込んだ。

 すると、しばらくの間相手の発言が止まり、やっと返ってきた言葉はこうだった。

『無名:嘘の名前なんて聞いてないです。本当の名前をお願いします』

 ぴくりと、沙希の眉が吊り上がる。口元に手を当てて、しばらく画面を見つめていた。

 薄気味悪さを感じつつ、再びキーボードを叩く。

『SA:よく分かったね』

 今度は何の間も置かず、返事が表示された。

『無名:そんな事すぐに分かります』

『SA:……何で分かる?』

『無名:だってあなたは浅岸沙希でしょう?』

 一瞬で血の気が引くのが分かった。

 いよいよ気味が悪くなって沙希は一度キーボードから手を離した。じっと相手の返事を睨み付ける。

『無名:怖いんですか? キーボードから手が離れていますよ』

 そのメッセージを見て、沙希は咄嗟に個室内を見回した。狭い室内に変わった様子は無い。個室の外に出て辺りを窺ったが、数人の客が本棚の前を歩いているだけで、沙希の個室の近くには誰もいなかった。

 時刻は午前零時を過ぎており、静寂に包まれた店内にはハードディスクの低い動作音だけが響いている。

 個室に戻って画面を見ると、既に新しい書き込みが表示されていた。

『無名:誰もいませんよ。そんな事しても無駄です』

 沙希は目を見開いて、無言のままダイニングチェアに乱暴に腰かける。額には微かに汗が浮かんでいた。

「……普通じゃない」

 無意識に画面から身体を遠のけて、沙希は片手でキーをタイプする。

『SA:あんたの目的は?』

 また、しばらく間があった。

 沙希は背筋に悪寒を感じたまま、じっと相手の返信を待つ。

 数分が何十倍の長さにも感じられ、首筋に冷たい芋虫が何匹も這っているような、最悪の気分だった。

 相手の書き込みで画面が更新される。

 返事はこうだった。

『無名:お前を殺す』

 沙希は言葉が何も出てこなかった。

 画面を睨みつけたまま、携帯電話で成瀬の番号をコールする。なかなか出ない成瀬を、携帯を耳にきつく押し当てて待った。十五コール鳴らしたところで、ようやく成瀬が電話に出た。

『……静かにって言ったよね。マナーとして、電話はいかがなものかと』

 周りに気を使っているのか、成瀬の声は小声だった。

「ちょっと来てくれる?」

「いや、行きたいのは山々なんだけど、読んでる本がいいいところで」

「お願い」

 端的にそれだけ言うと、成瀬は真面目な口調で「何があった?」と返してきた。

 理解が早くて助かる、と沙希は思った。


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