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一枚のメモ


 私は死んだ。

 次の日から私以外のものが私を動かすようになった。

 私は観ている。

 私の中で、私の外を。

 明確なようで曖昧な境界。

 明るいのか、暗いのか。寒いのか、暑いのか。

 不確かな前後の記憶。

 ひっそりとした庭に無機質な死が張り付いている。

 鬱陶しいほどの光の下で。

 めまいがする。

 無関心な顔でマネキンが微笑んだ。

 なぜ世界が荒むのか分かった。



 文章を読み終えて、沙希は眉間にしわを寄せて首をひねる。

「何これ? どういう事?」

「分からない。分からないから、気になった。ただ、たぶん、この人は何かをしようとしてる。それがどの程度の規模の事かは分からないけど」

「なんでそう思う?」

「なんとなく。強いて言えば、ハンドルネームのセンスかな」

 成瀬は投稿者の名前を指さす。それを確認し、沙希は名前を復唱した。

「……ジグ・ケンパー。これが何?」

「人類には三大タブーと呼ばれる行為があってね。カニバリズム、インセストタブー、親殺しの三つなんだけど。ジグ・ケンパーはカリフォルニア州の出身で、三十年前にこれら全てを犯した殺人鬼の名前だ。ついでに死姦もね」

「最悪の人間だな。カニバリズムは食人でしょ。インセストタブーって?」

「近親相姦」

「聞くんじゃなかった」

「ケンパーの手口はシンプルで、ヒッチハイクをしている人を車に乗せて山奥に連れ込むんだ。老若男女関わらずね。そこでまず生きたまま首を切断する。ノコで引き切った荒い切断面が特徴で、切り口は始めより終わりの方が綺麗だった事から、最初にゆっくり、苦痛を与える為に大雑把にノコを引き、被害者が息絶えると作業的に切断したと推定されてる。その後ケンパーは首のない死体を好きなだけ犯し、最後にその一部を食べていた。食べる部位はまちまちだったみたいだけど、死体には決まって両手足の指が無かったそうだ。お気に入りだったんだろうね」

 近所話でもするかのような気軽さで、成瀬は言う。それとは裏腹に、沙希は思い切り眉を寄せて口に手を当てた。

「……ごめん。吐きそう」

「それは失礼。まあ、そういう事でね。わざわざハンドルネームにするような名前じゃないんだよ」

「みたいね。ぶっとんでるもん。日本じゃまずお目にかかれないだろうけどさ」

「そうでもないよ。ケンパー程じゃないにしろ、日常的にいるよ。そういう人はね。たとえば、ちょっと前にニュースになった話でこんなものがある。男が夜の公園を歩いていると、ワンピースを着た女が近寄ってきたそうだ。よく見ると女は裸足で、衣服もところどころ破れている。夜更けにそんな恰好をしてたんじゃ、ただ事じゃないと思うよね。男は心配して女に声をかけた。「大丈夫ですか?」そして言ってから気付いた。女が右手に包丁を握っている事に」

「おい、まさか」

「男は咄嗟に女の顔を見て、そこで目が合った。女は充血した目を細めると、にっと笑って突如男に向かって駆け出してきたらしい。男は一目散に走って、自宅である近所のアパートに逃げ込んだ。ドアをきつく閉めた直後、外から包丁でドアを執拗に叩く音が響いた。男はすぐさま警察に連絡して、数十分後に駆け付けた警察官によって女は逮捕された。男が外に出るとドアにおびただしい数の傷跡がくっきり残っていて、インターフォンは滅多刺しにされて壊れていたらしい。他にもあるよ」

「ストップ! もういい。十分! お腹いっぱい。この話終わり」

「あそう。学校に教員の生首置いた犯人が普段は近所付き合いのいい温和な中年男性だったりとか、死体の腸で首吊りを模した異常殺人者とかの話もあるんだけど」

「もういいって! マジで! 次喋ったら本当ぶっとばすよ」

「じゃあ話を変える、というか戻すけど。お勧めの漫画だっけ?」

「え? ああ、そうそう。それだ。それを早く教えたまえ」

 成瀬は幾つかお勧めの漫画のタイトルを出す。沙希はざっと内容を聞き、今の話を忘れられそうな漫画を探す事にした。

 本棚を隅から探してようやくその漫画を見つけると、最初の三冊を持って、自分の個室に戻った。

 ダイニングチェアに腰を下ろすと、沙希は深く息をつく。

 ふとパソコンを見ると、一枚のメモ用紙がテープで張り付けてあった。

 沙希は記憶を辿ったが、こんな物があった覚えはない。

 メモ用紙を剥がし、裏面に書かれたメッセージを見て、思わず眉間にしわを寄せた。

『お話しましょう』

 メッセージの下には、URLが走り書きされている。

「何、こいつ」

 メモ用紙を睨みつけながら、パソコンを立ち上げる。一言文句でも言ってやろう、と唯一の手掛かりであるURLを打ち込んだ。

 エンターキーを押すと、ページが移り代わり、チャットルームらしき場所に辿り着いた。飾り気の無いシンプルなデザインで、全体が白に統一されている。

「……ここで話そうって?」

 沙希が怪しげな目で画面を見ていると、不意に、黒字で『無名が入室しました』というメッセージが表示された。

 続けざまに、書き込みが更新される。

『無名:お話しましょう』

 メモ用紙に書かれたままの言葉を見て、沙希は小さく舌打ちする。すぐさま適当なハンドルネームで入室し、キーボードを叩いた。

『SA:あんた誰?』

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