雨の中の浜松駅
書き終わってるんで、例によって推敲だけして随時上げていきます。
ハルマゲドンのような雨が降っていた。
秋の天気は変わ易いとは言え、いくら何でもこれはやりすぎだろうと言いたくなる。そんな記録的な豪雨だった。
静岡の最西部、浜松駅の電車運行表の前で、浅岸沙希は呆然と立ち尽くした。金髪のショートカットから出した左耳から、青いイヤリングが覗いている。
ぽかんと、年頃の娘とは思えないまぬけ面を晒している沙希の横には、薄茶色の髪を雨に濡らした成瀬透が立っていた。
「……し、終電ない」
沙希がわなわなと呟き、成瀬が流れ作業のように「うん」と答えた。
時刻は二十一時を少し回った頃。電車自体はまだ運行しているのだが、沙希や成瀬の地元に帰るには、いささか時間が足りない状況だった。
ここまで片道六時間。当然と言えば当然の結果を前に、成瀬は落ち着いた様子で言う。
「初めから思ってた事だけど、東京、浜松間を日帰りは、そりゃ無理だよね」
「じゃ、言えよ」
「いや、ちょっと冷静に考えてみなよ。昼間いきなり浜松城見に行こうぜって呼ばれて、まさか日帰りを考えてるなんて思わないよ。しかも、その浜松城を見た時、浅岸何て言ったか覚えてる?」
その質問に、沙希ははてと首を傾げる。分かっていてやっている顔だった。成瀬は数時間前の光景を思い出す。
沙希と向かった浜松城までは、駅から徒歩で約十分程の距離にある。この時はまだ天気も良く、晴れ渡る空の下で浜丸城を見る事が出来た。
が、実際目にしてみると、それは何ともこじんまりとした質素な城でしか無かった。徳川家康ご用達というお触れ書きだが、どう見ても小さな一戸建てといった風体である。外装こそ城らしいものの、その大きさはあまりに小さく、スケールに欠けていた。
その上、浜松城の中はお土産屋になっていて、歴史も何も感じない。
そんな浜松城を前にして、沙希は開口一番こう言った。
「何これ? 犬小屋?」
自分から誘っておいて、よもやそんな感想を漏らすとは。
と言うか、あなたの家の犬小屋はこんなにでかいのか。
殆ど見学らしい見学もせず、沙希はすぐに佐鳴湖行きを提案した。元から佐鳴湖へ行く事はプランに入っていたらしいが、そこまでの道順は成瀬が調べるはめになった。
用意が悪いどころの騒ぎではないな、と成瀬は密かに思う。思うだけで、口には出さなかったが。
それから二人は駅前のロータリーに向かい、バスで数分かけて佐鳴湖に辿り着いた。
一面見渡せる大きな湖を前にして、沙希は満足そうに伸びをする。
「ほお。ここが教科書に載る程の日本で一、二を争う湖か。さすがに広いのう」
そんな事を言う。
一、二を争うと言っても、それは広さではなく、汚さでなのだが、と成瀬は思ったが、もちろん思っただけで口には出さない。
「そう言えば、面白い話があるよ。昔の話だけど、この湖にワニとかピラニアが放流された事があった。当時それがニュースになって、近所には佐鳴湖に近づかないで下さいって放送まで流れたらしい。そう考えると、すごい湖だよね。ワニ、ピラニアどんと来いだ」
とか何とか、そんな話を交えつつ、湖の周りを一周した。その頃には日も沈みかけており、代わりに空が曇り始めた。
雨が降り出したので慌てて近くの大型スーパーに入り、店内で雨が止むまでひたすら時間を潰していた。しかし、雨は強まるばかりで、結局傘を買い、駅前に戻った時には今の時間になっていた。
「これで帰りの電車があると思ってる方がどうかしてる。狂気の沙汰だよ」
「感覚的にはいけるかなと思ったんだけどさ」
「感覚の前に、路線の下調べぐらいしようよ」
「や、だって」沙希は言葉を切って、その事が当然だと信じきったように続ける。「行き当たりばったりの方が面白いじゃん」
「モンゴルの遊牧民じゃないんだから」
「何それ? モンゴルの遊牧民ってそうなの?」
「そこは詳しくつっこまないのがマナーってものだよ。それで、どうする? 今から電車に乗っても中途半端な駅までしか行けないし」
「どうするって、私に分かるわけないでしょ」
堂々と、偉そうに沙希は言い切った。
「うん。そう言うと思ってた。確か、近くにネットカフェがあったからさ、そこに泊って、明日の朝帰るのが良いんじゃないかと」
「おっ。いいね、それ。ネットカフェって実は初めてなんだよね、私。なんか作法とかあんの?」
「そうだね。キミには難しいかもしれないけど、普通にしてれば大丈夫だよ」
少しばかりの皮肉をこめてそう言うと、沙希は口に手を当てて、
「お嬢の私に普通なんて務まるかしら」
どの口が言ってるんだろう、と成瀬は思った。