blau_3
※近親愛接吻表現有
すべてあおかった。
全て紫かった。
そんな気味悪いほどの紫の幻影を、
唯一包んでくれたのは灰だった。
ただ唯一の誤算といえば、
その灰に包まれた紫は
すべてあおかった。
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人が死ぬということを、私はつい此間まで理解していなかったのかもしれない。
私の祖母は私が十二のときに死んだ。家族の誰かが死ぬという経験を、有り難いことに私はその時までしていなかった。兵隊さんに駆り出されていなかった祖母は、心筋梗塞とやらに倒れ、布団の中で死んだ。最期に「わっしも、兵隊さんとこ行けっかなぁ」といって、綺麗な笑みで死んだ。という現場を私は見ていないのだが、佑菜が伝えてくれた。私の、佑菜。私の大嫌いな佑菜が。いつも媚を売らず、その天真爛漫さで学級の人気者。男にも女にも好かれる佑菜。大人にも子にも好かれる佑菜。でも、私だけはその心裏を知っている。そして、佑菜は鬼畜米英よりも性質が悪いと思う。祖母が死ぬまではよかったのだ。まだ私は佑菜を知らなかったのだから。いきなり祖母が死んで、国民学校で作業をしていた私に佑菜から電話がきて、「ばっちゃんが死んだ」と言って、そのまま先生に忌引きを伝えて、鞄もまとめず家に帰った。そして通夜に出て、次の日に葬式に出て・・・そう、葬式のときだ。佑菜を見てしまったのは。
家族や親戚や近所の人や知らない人や佑菜や私は黒暗い喪服を着ていた。家族や親戚や近所の人や知らない人や佑菜は泣いていた。私は泣いていなかった。それを何とも思わなかった。ただただ「いったい何がそんなに悲しいのだろう」と思っていた。今なら解る。私以外は殆ど皆、祖母の臨終に立ち会っており、また祖母との思い出も豊富に持っていたのだから。私は事実を享受していなかったのだろうと思う。否、今になって享受しても、私は泣かない。泣けないのだ。それはやはり、あの後にあった出来事に起因しているのかもしれない。もう少し、もう少し思いをめぐらす。
葬式の後、家族や親戚や近所の人や知らない人は集まって、何かを話し始めた。「子どもはあっち行ってなさい」という母親の言葉に、泣き止んだ佑菜と泣き止むも何も無い私は内で双六に投じた。そうしていると、佑菜がまた泣き始めた。そして、胸の内を私にぶつけて来た。
「彩菜ぁ・・・あたしばっちゃんのこと好きやったのぉ」――うん、そりゃ私もそうだったよ。
「違う、ちがう、あたしの好きはmögenじゃなくて、liebeやったの」――・・・え?
「哂わんといてよ?あたし、ばっちゃんと性交したかった」――・・・、ぇ?
男が少ないことで、佑菜がその手の事に通じていることはわかっていた。佑菜が、女しか愛せないことも。だが、佑菜がばっちゃんを好き・・・って、?
「彩菜、あんたはばっちゃんに似てるよ」急に真面目な顔でそういった佑菜は、私の手を掴んで彼女自身へと引き寄せ、私に・・・、私に・・・、―――――
「大丈夫ですか?彩菜さん」
ふと気がつくとそこは保健室だった。そうだ、私は・・・
「私たちは専門的相談援助をしていたのよ?大丈夫かしら、今日はもう止めにする?」
長谷部先生が心配そうな顔で私を覗き込む。そうだ。私は一週間ほど前、長谷部先生に「人が死ぬってどんなことですか」と訊いた。すると長谷部先生は「彩菜さん・・・何かあったの?」と、この専門的相談援助を提案してくれたのだ。今日はその初問診日で、授業が終ってから保健室に来、おそらくの原因だと思われることを話していたのだ。
「ええ、先生。ちょっと・・・、はい」
そう言って私は保健室の椅子・・・鉄管椅子ではないであろう黒い椅子から立ち上がり、「今日はありがとうございました」。そう言ってお辞儀をした。すると長谷部先生は「また、いつでも来ていいからね」と言い、夕闇に飲み込まれそうな校舎の中を玄関まで見送ってくれた。既に私たち以外の人は無し。下駄箱から沓を(靴ではない)取り出した。
「今日はありがとうございました。それでは、また明日」
「また、明日ね。彩菜さん」
そうお互いに言って私は沓を履いた。そして私は玄関を出、絶対に長谷部先生には聞こえないであろう声で呟いた。
「・・・真紀ちゃん」
すべてあおかった。