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妹の代わりに軽い気持ちで妃選びに行ったら、執着レベルが大沼な銀龍皇太子の番でした。

掲載日:2026/06/04

「はー、だる……」


そう呟きながら、ハロンは視線を左右に動かせた。

煌びやかな、この日の為だけに誂えられたドレスを着た若い女子達。

身分は貴族ノーブル上流階級ジェントリで限定されている。笑顔を浮かべながらもピリピリした空気を出して、貴族は互いに牽制し、上流階級ジェントリ達はどことなく居心地が悪そうだ。

前世で言うならば、ガチの花嫁選び。

しかも相手はたった一人。

そう、この場は皇太子の妃選び。

といっても未来の皇后は番と決まっているため側室だ。

──番とはなんぞや。

龍を祖に持つ皇族は、不老長寿であり、生涯でたった一人の番を持つと言われている。

しかし、その番に出会える確率はかなり低い。おまけに番に関してだけ身分を問わない為、国内の何処にいるのかもわからない。

皇后になる人物が現れれば空席は無くなるが、その者が現れない場合は皇后の座は永久欠番なのだ。

確率が低い故に、番だけを待つのは心許ない。

後継問題もあるので、身分ある令嬢を集めて妃選びをしていた。

そして今回。

全く妃選びをしなかった皇太子が、漸くその場を儲けた。

待ちに待ったと適齢期の女性がガッツポーズするほど歓喜した。

なんといっても皇太子、女に興味が無いのかと言うほどに浮いた話ひとつもないのだ。

本人が興味が無かったら放って置いてやれよと同情するが、皇族、ましてや次期皇帝なのでそうもいかないのだろう。

皇太子は見目がずば抜けてイケメンで、龍の血を引く証として銀髪紅瞳を持っていた。

皇太子見たさに公式行事は女性の出席率は凄まじいと聞く。

おまけに温和で物腰柔らか、臣下からの信頼も厚く理想を詰め込んだスパダリ白馬の皇子。

それなのに浮いた話がない。

まるっきり無い。

皇太子に見初められれば玉の輿。

ここに集められた令嬢は皆、清楚を表だけにして裏は獲物を狩る肉食女子に変貌している。

そんな中、一人どうでもいいハロンは死角である隅の方でヤンキー座りしながら悪態をついていた。

ぬぁーんで私がと思うが、致し方ない。

出来ればこのままトンズラしたい。

けれど我慢しなければ。家の為だ。

本来ならば、この場には妹来るはずだった。

しかし何がなんでも妹に来させたくない理由があったのだ。

断りたくても皇族の命なので断れない。後々家の信用にも関わってくる。

妹は自分と違って性格が清らかで誰に対しても優しい。一卵性なので髪は金茶で瞳はピンク、自分と割とそっくり。

ホワホワと優しく温かい雰囲気で、どこに出しても申し分ない妹には好いた相手がいた。

そう、今回の理由は妹の為。

相手はハロンとシロンの幼馴染である豪商の御曹司で、妹のことを大層愛してくれていた。

相思相愛な2人を見ていたハロンにとっては、多少面白くは無いが引離したくはない。

超がつくほどのシスコンだと自負している。

だって前世で一人っ子だったので兄弟に憧れがあった。

しかし妹の幸せのためには(悔しさの)血の涙を流さなければならない時がある。

なので妃選びの話は、ハロンが身代わりとして引き受けることになった。

シロンは反対したが、万が一にでも皇太子の目にでもとまったなら手遅れ。

どうせ妃に選ばれるのは上位貴族だ。

建前の参加なのでハロンが身代わりということは誰も調べない。

背格好も同じ、声も猫を被れば問題無い。

案外チョロいもんで、最後まで反対していたシロンを宥めてハロンは敵地へと足を運んでいた。


「前世だったら今時こんな人権無視の強制見合いパーティーなんてしないよねぇ……上位貴族ってマジ頭狂ってる。妃になりたいお嬢ちゃまで決めとけばいいのにね。上流階級ってマジめんどくさぁ」


頬杖をつきながら、ハロンは死んだ魚の目をする。

──前世。

そう。ハロンはこの国の者であって違う世界の記憶がある転生者。

前世はどこにでもいるしがない雑食系オタク社会人だったが、事故に遭い死んだ。と思ったらファンタジー要素もりもりの例なればイギリスのエドワード調の世界で、新たな人生が始まってしまった。

幸いにも転生先は商家。

貴族では無いが、かなりの大富豪でかなりの裕福であり、何不自由無く暮らせている。

ハロンには兄が2人いるので後継者問題も無く、基本好きにしていい。

なので前世で看護師をしていたので、そういった関係のある仕事にでもつければいいなと考えていた。

おひとり様大好きで、ボーナス日には一人旅をするほどに彼氏のかの字もなかったが一人の方が気楽で良かった。

周りからは寂しくないのだとかつまんないなとか言われるが、自分が楽しいんだから口出しするんじゃねぇと大概無視していた。

孤独死にならないためにも老人ホーム貯金もしていたし、家族が欲しいと思ったこともない。

若い子を見ても親……兄弟目線のようになってしまうので、どことなく線引きしているのも原因の一つだろうとは思う。

今は(精神年齢は別として)18歳なので問題ないのだが、なんとなく犯罪気分が子泣き爺のように肩に背負ってしまうのだ。

難儀なことよ。

なんでもあった前世に比べたら生活水準は低くなったが、それなりになんやかんやと楽しく世界に適応していた。


「シロンお嬢様、はしたないですよ」


従者のルルが呆れたように言う。同い年のルルは、ずけずけものを言う。(主にハロンだけだが)

しかし忠誠心はエベレスト級だ。

幼い頃にハロンが拾い、名を与え、そのまま従者として側に置いている。

異性ではあるが、良き友であり、相談相手であり、家族のように大切な存在だ。

まあ、若干、いや結構口答えする以外はかなり優秀でもあった。


「ていうか誰も見てないし」


「そうですが、一応王宮なことはお忘れ無く。龍人の番はそうそう簡単に現れるものではありません。すぐにお帰りになられますよ。シーお嬢様も大変ご心配されておられましたから」


「ルル、帰りにシーの好きな焼菓子買って帰ろうよ。私達もなんか甘いもの食べて帰ろう。ストレスでやけ食いしたい気分だわ」


「はい。お喜びになられますし、お供いたします」


可愛いシロンの顔を思い浮かべて、ハロンは声がかかるのを待った。

極力誰とも接せず、何事もなく終わりたい。


「はー、マジだる」


「お嬢様、お口が」


「いやーん。お面倒臭いからお早く帰りたいですわ〜」


ぶりっ子猫撫で声でそんなことを呟いていたら声がかかる。

ハロンは「やっとか」とスッと立ち上がってドレスの裾の皺を直した。

いつまで待たせるんだと思うが、思うだけで口にはしない。


「もう少し派手でもよろしかったのでは?」


「これがちょうどいいわ。悪目立ちして貴族のお嬢達に反感買うよりこれで十分。ジェントリが貴族より目立つのは御法度。それにシーの可愛さに目をつけられたら敵わないもんね」


着ているドレスはかなり質素だ。

自前のドレスの中でも紺色と白の色合いで一番地味。

髪も、くすんだ茶色の髢を被り目の下まで前髪で隠している。かくなる上はダサいメガネもしている。

そして雀斑も付けて根暗な感じを出しつつモブ中のモブで皇太子の目をひかぬように徹底した。

そのおかげで誰一人としてハロンを敵と見ていない。どこぞの田舎の芋成金令嬢だと思われている。


「お嬢様、俺はこれより先参れません。どうぞ恙無く終わりますようにお待ちしております」


「はいよ〜。めんどくせぇけど行ってくらぁですわ」


「お嬢様、お口が」


「わかってるわよ」と妹のように清楚さを装備させて、歩き出した。

「黙っていれば高嶺の花ですのに」とボソッとルルが言うので「花ちがうけど?あと喧しいわ」とペペッと手を払う。

なんだかんだと言いながらも心配そうなルルだったので「すぐ帰って来るわよ」と笑う。

妃選びのシステムはこうだ。

一人一人が皇太子の前に連れられて、薔薇の花を渡されれば後宮入りという簡単なもの。

大体が美少女で上位貴族。

しかし先代今代の皇帝は妃を迎えず、番一筋だ。皇太弟もすでに番を迎えている。

何百年ぶりの妃選びなので、選ばれれば後々家の名誉に関わってくる。

ハロンが渡されることは絶対ないだろうし、とっとと帰ろう。

同じグループの最後尾にハロンは歩き、前の令嬢が終わるのを待った。

最後にハロンの番になり、部屋の中に入った瞬間、ガタンと何かが倒れる音がした。

なんだと思った矢先、足元に磨き上げられた靴が見えた。男物だ。

あまりにも突然だったので、ハロンはビクッと肩を揺らす。後退りする暇もなかった。


「顔を見せてください」


ハロンは言われるがまま顔を上げる。鬱陶しい前髪の隙間から銀髪紅瞳の青年が目に映った。


「っ!」


ハロンを凝視して目が潤みながらも、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

この容姿は──皇太子だ。


「あぁ……やっと逢えた……」


え?なんて?と聞こうかと思ったが「で、殿下?」と別の野太い男の声がかかる。


「どうされましたか?」


この場で一番偉いのか、屈強そうな正騎士が恐る恐る問いかけた。


「マクスウェル。妃選びは今この時点で中止するよ。残っている者達は俺のせいで来てもらって申し訳ないけれど全員下がらせて。あと、今この場にいる全員部屋から出て」


皇太子が背筋が凍るような声で言った。表情は柔らかいのに。


「ですが殿下……」


正騎士、従騎士達が戸惑っていると、もう一度「聞こえたかな?皆出て」と低い声で言う。

騎士は敬礼して直様出て行った。マクスウェルと呼ばれた壮年の騎士は離れがたそうだが、皇太子が耳打ちすると少し目を見開いて皇太子、それにハロンに頭を下げて出て行った。

ハロンもドサクサに紛れて出て行こうとしたが、「貴方は駄目」と腰に片腕を回して言われてしまう。「お願いですから出て行くのはやめてくださいね」と釘を刺される。おまけに片方の手が握られてしまっていた。

なんだこの状況。


「ぅはい……」


シンと静まった部屋の中にはハロンと皇太子。

もう一度言う。なんだこの状況。

そもそもハロンが暗殺者だったらどうするんだ。部屋の外に先程の屈強な騎士がいるとは思うが。

気づかれないように一歩、また一歩と後ずさる。


「あの……知らぬ間に何か粗相を……でしたら申し訳ございません」


ハロンが視線を向けると、「粗相なんてありませんよ」と微笑んで首を横にする。

──すご……破壊的イケメン。コスプレイヤーでもここまで忠実に再現できる人いないって。どうなったらこんな人間生まれるの?チートすごそう。2・5次元の舞台俳優なら人気どころじゃなさそう。私がこの人の推しならガチで貢いでるな。けど残念ながら推しにはならない。タイプじゃないから。さっきのゴリムキの騎士さん良かったなぁ〜。


「驚かせてしまったようで申し訳ありません」


先ほどの冷たい声とは違い、愛しむような優しい声が降りかかる。

ハロンよりもだいぶ背が高い。

前世では170ほどの身長だったのに、今世では160も満たない。

それよりも皇太子の手を握っている。不敬罪だと慌てて手を離そうとしても離れない。ボンドで引っ付けたように強固。

どーなってんの?離れん……!ぬぐぐっ!

それに、皇太子の手の甲には花のような形の美しいスピログラフが浮かんでいた。

──刺青?めっちゃ綺麗だな、おい。


「……すんません……あの?この手離してくださいますか?逃げませんので……」


「断りもなくお手を触れて申し訳ありません。ですが、どうしてもこの美しい手を離したくありませんのでこのままでも構いませんか?貴方がどうしても嫌だと仰るなら離しますが……」


え、サブイボでかけた……。

まるで捨てられた子犬のように自分よりも大柄の男が首を可愛く傾げた。

しかも皇太子の言うことを王侯貴族でも無い商家風情が断れるはずもない。

しかしもさい自分の手を繋いで何が楽しいんだ?


「や、別に嫌ではないんですが……不敬になりませんか?大丈夫ですか?」


「不敬ではありませんよ。俺が繋いでいたいんです」


「そ、ですか……じゃあこのままで大丈夫です」


「ありがとう」


嬉しそうな皇太子の顔が近づいて、ハロンは身を逸らす。

いや、近けぇな。チューしちゃうじゃん。


「お名前はなんと?」


「え……なんで……あ、私処刑ですか?」


ハロンの問いかけに、皇太子がギョッとしたような顔をして「何を馬鹿なことを!」と慌てて言う。


「どうしてそうなるのですか!?貴方を殺すことなど絶対に致しませんよ!貴方は俺のこの世で一番大切な方です!」


「??はあ……?あー、と……申し遅れましたシロン・ユーゼイと申します」


膝をついて挨拶したいが、手を握られているので出来うる限りに低姿勢を取った。

しかし、それもすぐに元に戻されてしまう。


「ユーゼイ……ユーゼイ商会の?」


「あ、そうです。ご存知なのですか?」


「勿論です。皇室に多額の貢献と寄付をしてくださっています。ユーゼイ商会のご令嬢でしたか。御祖父上、御父上とは時々公務で一緒になります。とても冷静な判断と優秀な方で、いつも助けられています。俺はキースといいます。貴方にぴったりのお名前ですね。シロンさんとお呼びしても?」


皇太子が、いち商家の苗字を知っているのが驚いた。公務上知っていたのかもしれないが、家のことをきちんと知ってくれているのが好感が持てる。けれどそれだけだ。


「殿下、私のことは呼び捨てで結構です」


「では俺もキースと呼び捨てで呼んでください」


それは流石に……と思ったが、皇太子は呼んで欲しそうにハロンを見つめる。

しかし、ハロンは「すみません無理です、皇太子殿下」と丁重に断った。

流石に皇族を呼び捨てには出来ない。

皇太子は、あからさまにしょんぼりしたように肩を落とす。

格好良いのに、さみしんぼの様な素振りはギャップがあり過ぎて女子なら胸キュン間違いなしだろう。

この状況、チェンジの方がよくないか?

だが、そんなことをされても身分の壁がある。


「駄目でしょうか?」


「いや、私の家は上流階級ジェントリではありますが私自身は、いち帝民です。殿下とはこの場にいては不釣り合いで烏滸がましい身分です」


「貴方は俺のつがいです。貴方はもういち帝民ではありませんよ。俺の番ですので貴方の身分はこの時点で皇族です」


「はあ、そうすか……つがい……皇族?へー……番……つがいぃ!?はあマジ!!私がこうぞくぅ!?はあ!?」


素っ頓狂な大声を上げて、ハロンは身を逸らした。

前世でベランダでお手振りを正月にしていたのが皇族だった。

あの皇族?

──いやそんな馬鹿な!

いやいや!何かの間違いだ!

そもそも私はモブ!モブ中のモブ!!

……ん?待てよ?

ここはファンタジー要素もりもりの異世界。何があるかなどハロンにとっては分からない。

仰け反った体を何事もなかったように戻して、ほほほと笑う。


「殿下ったらご冗談を」


「冗談など言いません」


──おのれぇ即座に返しやがって……いやいや、冷静に、冷静に。


「あの?一つご質問がぁ〜ありましてぇ〜?」


「はい。なんでも仰ってください」


ニコニコする皇太子に、「ちなみにですよ?ほんとにちなみになんですよ?その〜……番の相手が一般人っていらっしゃいまして?」と訊ねてみた。

皇国史はあまり勉強していなかった。

先代と今代の皇帝ファミリーくらいしか覚えていない。皇国史を覚えたところで腹が満たされるわけでもなし。

それを調べるならば医療系の勉強に勤しみたかった。

社会や歴史は前世から興味がなかった。

興味のないものはとことん興味がないのだ。こんなことなら歴代だけでも知っておけば良かった。

ここで、皇太子にいると言われれば詰んだ。

──いないと言え。言え。言ってくれ!!


「変なことを聞いて申し訳ありません。いませんよね。そうですよね」


「俺の曽祖母である皇后は農家から嫁いで来ましたよ」


ハロンの脳内でチーンと鈴が鳴った。

──別の意味で詰んだ……。ええはい。私の人生詰みましたよ。


「あ、そっすか……え?反感は?」


「ありません。番を持てた皇子は聖人の力を得ます。その力で国を平和にします」


え?何そのチート?これ以上チート持ったらもう最強じゃない?


「シロンさんは俺の天命の番です。俺はずっと貴方に会えるのを待っていました」


うっとりと言われ、ハロンはスンっと真顔になった。


「いいえ、多分違うと思います。殿下の思い違いだと思います。私にはそんな大役重すぎます」


「いいえ俺の番ですよ。手の甲を見てください。番である証があると思います」


にっこりと、覆さないほどの確定さでかぶさり気味に返答されてハロンはドン引きする。

温和で冷静な皇太子と聞いていたが、現時点で融通が利かないのと話聞かないの間違いでは無いのだろうか。

──ん?証?

ふと、ハロンは両方の手の甲を見た。


「──!?!?」


先程まで無かった花のような形の美しいスピログラフが手の甲に浮かんでいた。

皇太子と同じものだ。

紫、赤、青が美しく見事に入り混じっていた。

ゴシゴシとその模様を消そうとしても、消えない。


「なんじゃこれぇ!?」


「俺にも浮かんでいますよ」


皇太子も自分の両方の手の甲をハロンに向けた。やはり同じだ。

なんてこった。ヤバい。ヤバいぞ。


「出会った瞬間に、互いの手の甲に証が浮かぶんです」


ふふふと嬉しそうに話す皇太子だが、ハロンは顔を真っ青にさせる。

なんだそのはた迷惑で大迷惑な授けものは。

一言何か言ってもらえませんかね。

これでは皇太子の所有物になったも同然ではないか。

自分以外の女子なら喜んで受け入れるだろうが、生憎とハロンは違う。


「無かったことに」


とりあえずトンズラしよう。力強く握られていた手をブンっと振り払う。

手袋をすればなんとかなる。

一生人前で手の甲を見せなければいいだけのこと。なんとかなる。

今は服の袖で隠そう。そして遠くに逃げよう。

回れ右をして駆け出そうとしたが、手首を掴まれて引き戻されてしまう。

ものすごい力で。


「ぬわぁっ!」


あまつさえ、皇太子の胸に抱き寄せられた。

ものすごく鍛えているんだろうなと服の上からでもわかる。

あ、これはあれだな?細マッチョだな?

耳元に顔が近付いて「どちらへ行かれるんですか?」と背筋がゾッとするような声がした。


「ちょっとそこまで……」


「そこまでとは?どこまででしょう?」


恐る恐る顔を見上げると、表情は微笑んでいる。しかし、目が笑っていない。


「俺もご一緒しても?」


「ほほほ、ご冗談を〜……」


「いいえ?本気ですが」


何こいつ。こわ。ヤバイ。関わったら面倒臭い系だ。やだマジ帰りたい。来るんじゃなかった。


「殿下、残念ですが番様は他を探してくださいませ」


「俺の番は貴女だけです。手の甲と俺の龍人としての本能が貴方だと言っています」


「勘違いだと思います」


今にも泣きそうに悲しそうな顔をされて、ハロンの心は罪悪感に苛まれる。

──私が悪いわけじゃ無いのに!何この理不尽!


「皇太子殿下」


「はい。なんでしょうかシロンさん」


「本来の姿がこれでも?」


ハロンは髢を取り、本来の髪型に戻した。

黙っていれば妹と瓜二つだが、性格は全く違っていた。

父と兄に混ざって商談にもついて行くし、薬草を摘みに山に入って野宿もする。

狩も好きだし、医療院に行って手伝ったりもしている。

そして髪も邪魔なのでボブだ。本当ならショートにしたいところだったが、シロンに泣かれたのでボブにした。

清楚で可憐なシロンと比べられ〝残念な方〟とよく言われている。


「何か問題が?」


「え?この容姿ですよ?不釣り合いにもほどがありませんか?」


「不釣り合いかどうかは俺が決めることですよ。答えは否です。なんの問題もありません。妹君を大切になさっているハロンさんも素敵ですね。俺は寧ろ嬉しいです。貴方の優しさでここに来ていただいて、俺と出会ってくださった」


「は、はあ?」


なんてポジティブシンキングな男……!

心臓鋼鉄か?やだ……私の退路なくね?


「や……殿下にはお綺麗な女性がお似合いだと思いますけど……ほら、よく考えて見てください?殿下のお隣は私なんかよりもお綺麗な女性がお似合いですよ。正直言いますが、殿下は番というのに縛られてませんか?私は番なのかもしれませんが、殿下は番として欲するんであって私のことを好きでは無いですよね?」


「番として本能が求めてはいますが、少しだけしかまだ会っていませんが貴方を好ましいと思っています」


好ましい……ということは愛の方はまだ無いな。そういう感情ならば自分が番じゃなくても大丈夫だなとハロンは察知した。


「すいませんが、私は殿下のことを好きではありません。私は私自身を好きになってくれる人と添い遂げたいんですよ」


まあ嘘だがな。嘘も方便だ。ということでこれで失礼しますよと離れようとしたが、皇太子はハロンを抱きしめた。


「これから貴方のことをもっともっと好きになります。どうしたら俺のことを好きになってくださいますか?」


国宝級イケメンのドアップで、ハロンは咄嗟に皇太子の顔に手のひらを押し付けた。


「知りませんよ、んなこと」


「では俺が毎日貴方の家に参ります。俺と毎日会ってください。たくさんお話ししましょう」


「は?いや、結構です。気ぃ使うわ。殿下が私の家に来たら皆腰抜かします。それより大事な仕事しましょうか」


毎日家になんて来られたら大迷惑だ。それこそ噂になって何が起こるかわからない。

それでなくてもこの容姿だ。

どこに行っても悪目立ちする。


「俺は貴方を離す気はないんです」


「私は離す気満々なんですよ。結婚する気もありません。私は私の人生なので好きに生きます」


「貴女の人生に俺も加えてくださいませんか?俺にそんな接し方をしたのは貴女が初めてでした。どの令嬢も俺を上辺だけしか見ません。俺は番が今日見つからなければ残りの人生を一人で生きると両親にも伝えていました。けれど、必然的に貴女と出逢えた」


いや重すぎる……。

上辺だけしか見ないのは当たり前だろう。皆必死に皇太子の妻の座に座りたいのだ。

そういう女性しか見ていないから飽き飽きしているのは分かる。

それでも番だからと強制的にするのはどうなんだ?


「試用期間をください」


「試用期間?」


「はい。私達は今出会ったばかりです。お互いのことを何も知りませんし私はそれを出来れば(クソ面倒臭くてどうでもいいが)知りたいです。私が殿下のことを少しでも気になり始めたら、その時は改めて申し上げます」


上から目線も甚だしいが、これをのんでもらわなければハロンは前に進む気はない。

勝手に番認定して好意だけはあるが愛してはいないのにすぐに結婚するなどふざけんな。

こうなったら試用期間に皇太子に諦めてもらうしかない。

自分の人生がかかっているのだ。


「そうですね。俺もハロンさんのことをもっともっと知りたいです。けれど番のことは取り消したいと言ってもそれは無理です。貴女は俺の正真正銘の番です。それが覆ることは永遠にありません」


「え、……はー……そうですか。なるほどなるほど?」


「すみませんが今日はこの辺で失礼いたしますね」とハロンは渾身の力を振り絞って皇太子から離れた。今までで一番速いであろう脚でダッと走り出した。

これはいける──。

扉のノブに手をかけた瞬間、手首を掴まれて引き戻されてしまう。


「クッソ早ぇえなおい!!」


後ろから抱きしめられて首元に皇太子の唇が触れた。

──ぬあーーーー!胸キュン状況!!けど胸キュンしないー!


「俺から離れないでください。死んでしまう」


ぎゅーっと力強く抱きしめられて、「ぐえっ」とハロンは奇声を発する。


「人の話聞いてました?試用期間ですよ」


「知っています。けれど番の貴女が離れてしまったら俺は本当に死んでしまいます」


「またまたご冗談を」


口元を引き攣らせながら言うと、皇太子は「本当です」と真顔で言う。


「番は一蓮托生です。たとえ国の中にいたとしても一日以上離れれば不安から体調を崩します。それは貴女もですよ」


「私も?」


なんだそのはた迷惑な設定。


「クソ重」


多分胸キュン場面なんだと思うのだが、いかんせんハロンはドン引きの方向に向かってしまう。自分は龍人ではないので、番がいなくなった場合そんなことになるとは実感が湧かない。


「一旦この件は持ち帰らせてください。家族と相談します」


「そうしたいのは山々なのですが、やはりご家族を皇宮に呼びましょう。帰したくないんです……」


首を傾げてキャルンと潤んだ瞳でそう言われた。ドキンとした。

どこのナンパ師だよ。ホストか?

それだけは何故かものすごく可愛いと感じてしまったのだ。

思わず皇太子の頬を抓ってしまった。


「いたた」


「す、すみません」とすぐ手を離したが、怒られることは無かった。むしろ嬉しそうだ。こいつマゾか。


「審議します。お時間をください」


「いつまで?」


「未定で」


妹の代わりとして来ただけなのに、まさかこんなことになるなんて。

帰ってどうにか断れないか打開策を打たないと……このままではお先真っ暗ルートにこんにちわだ。

いっそのこと家出するか?

いや、それだったら大好きなシロンや家族に会えなくなる。

なにか、なにかいい方法はないか。


「私以外に番はいます?一夫多妻でしたっけ?」


「貴方一人だけです。龍族は生涯でたった一人だけ番を持ちます」


「私がもし番でも他に好きになりたい人とか側室とかは──」


「考えたこともありませんよ」


「あ、はい。聞いた私が馬鹿でした。すんません」


ふいっと顔を逸らして心の中で盛大に舌打ちした。

どっちにしろ逃げ場がねぇな!?クソが!!

皇太子と結婚なんてしたら皇太子妃……問答無用で未来の皇后になってしまう。

転生前は、給料日にちょっといいご飯を食べるのが楽しみな庶民もいいところ。

こちらの世界に来てからは家柄上テーブルマナーなどの礼儀などはどこへ出ても恥ずかしくないほど身につけているが、いかんせん元が庶民なので慣れないし窮屈に感じてしまう。

しかし皇室になんて入ってしまえばそれが死ぬまで続く。

考えただけでゾッとする。

そんな窮屈な生活なんてごめん被りだ。

陰湿なイジメにあう。何より嫁姑問題が自分に降りかかるかもしれないのだ。

それでなくても自分は上流階級ジェントリ貴族ノーブルではない。

問題山積みの上に色々と面倒くさい。


「うん、やっぱ無理ですかね」


結局はどう考えても無理だ。皇太子ではなく、自分と同じ身分、もしくはそれ以下だったらまだみじんこレベルで考えたかもしれないが、皇族となると、やはり話は別だ。


「俺の番は嫌ですか?」


またしても捨てられそうなキャルンとした目を向けられ、ハロンはスン顔になる。


「好き嫌いの問題でなく、私は貴方様に相応しくありません。身分相応の方をお召しください」


「先程言いましたが過去には農民から番を迎えた皇帝がいます」


──私が断ろうとしてんのにしぶといな、このやろう。

もういいや。本音を言おう。


「私は自由が欲しいんです!皇族なんて……ましてや皇太子殿下に嫁いだ日にゃ、私は籠の鳥です!そんなのになるのはごめんですよ!」


「好きなことをなさって構いません。貴方が嫌だと思うことは俺も嫌です。他には?どんなことが嫌ですか?教えてください」


予想外の展開に、ハロンはため息をつく。


「殿下は甘過ぎます。皇族、貴族、枢密院が許しませんよ」


これならどうだ!

そもそも上流階級ジェントリが皇太子に嫁ぐなんて無理じゃん?前はいたかも知れないがそれはそれだ。現代ならシンデレラストーリーかもしれない。しかしながらイギリスっぽい国なら血統重視だろうし。

これで勝った──そう思ったのに、皇太子は息を呑むほどの微笑みを浮かべた。

──あ、ヤバ。


「大丈夫です。番に関しては口出しができぬ様に法で決まっています」


ハロンは片足を踏みつけて、眉間に大皺を寄せた。

一呼吸置いて、こう大きく叫んだ。


「──私の退路を塞ぐなぁ!!こんのやろう!!」

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