19話 特訓の成果とシェミィの手入れ
陽も真上に昇ってきた頃、一旦特訓を止めて昼食休憩を取った。
俺はミラさんと共に他愛ない世間話をしていたのだが、カエデはジルさんと意気投合したようで攻防の駆け引きについて語り合っていたようだった。
昼からも特訓は続き、カエデはジルさんと共に模擬戦をもう数回した後、魔物を呼び寄せて戦っていた。
魔物を呼び寄せる笛があるんだそうで、それで実戦経験を積むようだ。
ちなみに俺は、午前中のミラさんによるレクチャーのおかげで風魔法のウィンドスラッシュ、火魔法のファイヤーアロー、水魔法のウォーターボールを習得していた。
そして午後からも他属性へのアプローチが進み、魔法だけじゃなく俺の変身の使い方にも幅を広げて特訓に着手していく。
そして、とある魔力コントロール技術もミラさんより伝授されて身に付けたのだった。
特訓を重ねて夕方になりかけた頃、俺はジルさんに声を掛けた。
「ジルさん! ちょっと良いですか?」
「む、どうした?」
ジルさんがチラッとこちらを見るが、すぐさま視線をカエデの方に戻す。
カエデはワイルドボア相手に殴り飛ばして討伐しまくっていた。ワイルドボアやウルフ、兎のような姿をした一角ラビットという魔物が何体も地面に転がっている。
「俺もジルさんに模擬戦をお願いしたいんです、少しだけ時間貰えませんか?」
「あぁ、いいぞ。カエデ! 今近くにいる魔物を倒したら戻って来い!」
「はーい!」
カエデは少し離れた場所で戦っていたので返事は小さく聞こえたが、ちゃんと聞こえていたようで手を挙げて返事をしてくれた。
カエデは周囲に居る魔物を全て倒し、討伐済みの魔物の回収をしつつこちらに戻ってくる。
「さて、次はコウガが相手か」
「よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」
盾をドシンと構えて俺と対峙する。
あれだけ頼もしかった盾が、今は俺に向けられている。
味方の時と感じ方が全く違って、盾が大きな壁に見えてしまうくらいにプレッシャーが凄い。
「……変身」
狼人族の姿になり、腰を少し低くしてナイフを構える。
「人族の魔法使いが、狼人族になって接近戦のナイフを使うか。知らない奴がみたらきっと驚くだろうな」
「でしょうね」
「さぁ! 魔法使いの接近戦、見せてもらおう!」
ジルさんが俺の動きを見極めるようにジッと睨みつける。
俺はいつも通りカエデと似たような動きをしてみる。
「アクセルブースト」
ジルさんに向かって加速し、盾の上から出ている顔を切り付けるようにナイフを振るうが、容易に盾で防がれる。
その勢いのままジルさんの背後を取り、もう一度切り付けようとするも即座にジルさんが反転して盾で防いでくるので、盾とナイフで力比べしながら会話する。
「やはり堅いですね……」
「この程度防げなければタンクは務まらん。それよりも、カエデより少し動きがぎこちない気もするが?」
「えぇ。カエデの力や速度に、俺自身がまだ慣れてないんです。もう少し付き合ってもらいますよ!」
俺はジャンプしてジルさんの上を飛び越え、その上空から顔に目掛けて魔法を放つ。
「ファイアーアロー!」
「!」
火の矢がジルさんの顔に向かって飛んで行くが、それも盾で防がれる。しかし、上を向いている顔の前を盾で防御したので、上空を跳んでいる俺から一瞬だけ視線が外れている。
その隙を突き、着地した瞬間にアクセルブーストで一気に詰め寄る。
「……っ! ふん!」
ジルさんが片足を上げてドンッと地鳴らしすると、地面が揺れて一瞬スピードが落ちる。
「うおっ!?」
バランスを崩しそうになるが何とか耐え、そのまま一撃を入れようと試みる。
しかし、先程の地ならしで一瞬スピードが落ちてしまった故、盾によってギリギリ防がれてしまった。
「くそっ、ダメか……」
「盾で目線を塞いで奇襲とは、なかなか良い案だ。だが、あと一歩届かなかったな」
「いけると思ったんですがね」
「甘い!」
ジルさんが盾で俺を振り払い、強制的に距離を取らされた。
「なら、俺が今思い付く全てを出して、1撃喰らわせてみせます」
「楽しみだ、来い!」
ジルさんが改めて盾を構える。
俺はアクセルブーストと身体強化ダブルで使う事にした。身体強化まで使っていなかったのは、まだ速度に慣れていないからだ。
しかし、俺の全てを出すには必要不可欠。相手はジルさんだし、これは模擬戦なので万が一失敗しても構わない、全力でいく。
「身体強化……アクセルブースト!」
スキルによって、自分でも経験のないスピード域へと達した。
不思議とバランスを崩したりせず、自分の思うように動けている。
「はぁぁぁ!」
左右にフェイントを掛けつつ攻撃するが防がれる。だが、これは想定通りだ。
俺はバックステップをし、その滞空時間を利用して魔法発動に集中、着地寸前の所で魔法を放つ。
「ブリザード!」
「っ! マジックシールド!」
ジルさんが吹雪に見舞われるが、丸い結界的なものが発生して防がれた。
範囲魔法の対処法もやはり持っていたか、仕方ない。
「……」
着地した後、精神を集中させる。
ここで、ミラさんから教わったとある特訓の成果を見せようと思う。
ナイフに風をイメージした魔力を流し、少しだけ外へと放出して纏うようにイメージする。
すると、ナイフに風が纏い始めた。
「……大した魔力操作だ、そんなことまで出来るようになったか」
近くで戦いを見ていたミラさんは、ニヤッと笑みを浮かべる。
「ミ、ミラさん。これって貴方が?」
カエデは驚いた様子でミラさんの顔を見た。
「えぇ。私が教えたのだけど、あれって物凄く難しいのよ。繊細な魔力コントロールがいるから、魔力コントロールに長けた人じゃないと無理。これを今日1日で習得したコウガくんは、正直センスあると思うわ」
ミラさんが嬉しそうな顔をしつつ、やっちゃいなさい! と声を上げていた。
「じゃ、いきますよ……これが全力です」
「はははっ! 面白い。来い! コウガ!」
俺は腰を低くしてナイフを逆手持ちでいつでも駆け出せるような姿勢を取り、ジルさんは腰を深く落としてドッシリと盾を構える。
「ブリザード!」
吹雪でジルさんの行動を制限する。
すかさずジルさんもマジックシールドで対処するが、俺はもう既に動き出している。
「アクセルブースト!」
ジルさんに最速で迫り、盾へ目掛けてナイフを振りかざす。
当然防がれるが、気にせず更に連撃を繰り出していく。
風を纏っている故に一撃一撃がナイフとは思えないような衝撃になっているらしく、一撃加える度に盾が揺れている。
「ぐっ……重い、風魔法の影響か」
ジルさんが初めて余裕を無くした顔になっていた。
「っ、ふん!」
ジルさんが盾で俺を押し出すようにして振り払う。
空中に押し出されるが、盾で振り払うって事は瞬間的に盾で守る事が出来なくなる。
盾の振り払いを多用していたのは分かっていたからな、これを狙っていた。
俺は今狼人族になっているので、空中での身体の制御なんて容易い!
「今だ! 風刃!」
吹き飛ばされて宙を舞っている中、ジルさんに向けてナイフを振り抜くと、ナイフに纏わせていた風属性魔力が風の刃となって飛んでいった。
「なにっ!?」
ズドーーン! と、大きな音を立てて土煙が立ち込める。
「ジ、ジルっ!」
ここまでの威力になるとはミラさんも思っていなかったようで、心配になってジルさんの名前を叫んだ。
暫く経つと、土煙が薄くなっていきジルさんのシルエットが映る。
「ふふふっ、はっはっはっ! 凄いぞコウガ! この俺に一撃加えるとはな!」
ジルさんは仁王立ちで立っていたが、右肩を見ると鎧の肩当てが割れて皮膚を少し切っていた。
ジルさんはポーションを肩にかけて傷を治した。
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
俺は変身を解いてジルさんに駆け寄る。続けてカエデやミラさんも同じように駆け寄っていた。
「あぁ、心配しなくてもこの程度問題ないぞ。それよりも、今のは見事だった! 武器を持っていなかったとはいえ、あれは防げなかった! 俺もまだまだだな、はっはっはっ!」
ジルさんってテンションが上がると人が変わったように笑うようになるんだな。
そんなジルさんの身体をミラさんは隈なくチェックし、他に怪我がないか確認しているようだった。
「もう怪我はないようね。あぁ良かった……まさか、アレがあんな威力になるなんて。これはコウガくんを褒めるべきか、加減しなかったのを咎めるべきか……」
「あ、あはは……すみません」
「はははっ、軽い怪我で済んだんだからいいじゃないか。っと、そろそろ時間だな」
そんなこんなで気が付くと日も少し落ちかけていた為、俺達は特訓を終了してトライデント王国へと戻ったのだった。
「今日はありがとうございました!」
「あぁ、こちらこそありがとう。いい経験になったぞ」
「私も、コウガくんとカエデちゃんの成長を見られて楽しかったわ」
「私も楽しかったです! また会ったら特訓してもらえませんか?」
ジルさんとミラさん2人はこちらを見てニコッと笑ってくれた。
「もちろんだ!」「もちろんよ!」
別れの握手し、また再会したら特訓ついでに飯を食おうと約束したのだった。
俺達は宿に戻り、夕飯を頂いてから就寝の準備をする。
宿に泊まるのも今日で一旦終わりだな。
この異世界に来て5日。長いようで短かったトライデント王国での生活は、かなり充実していたように思う。
「明日朝一に旅道具を買って、お世話になった人へ声掛けてから旅に出よう」
「そうだね、私も奴隷商館にいる子達に挨拶したいかも」
お互いに挨拶したい人をリストアップして、予定を組んでいく。
その後、いつも通り湯浴みをし、お互いの尻尾を例の櫛で手入れだ。
カエデは気持ちよさでふにゃふにゃになりつつも、汚れのない最高級のふわふわを実現させた自慢の尻尾を、じっくりと眺めたり撫でたりしてウットリしているのは御愛嬌。
そんなカエデを他所に、今回はシェミィの身体の手入れもトリマーで行うことにした。
「さて、今日はシェミィもトリマーで手入れをしようか」
「にゃう?」
「ん? あぁそうか、シェミィは俺のトリマースキルを知らないんだったな。カエデに最初やってあげた後からトリマーは使ってなかったしな」
シェミィは言葉を理解できる賢い子なので、トリマーの詳細を道具を見せつつ説明する。
「って訳で、これらを使ってシェミィの毛を綺麗にしてやりたいと思うんだが……いいか?」
「にゃう!」
肯定の嬉しそうな声を出してくれたので、早速トリミングを始めるとしよう。
「これからやっていくから、嫌だなと思うことがあればすぐ教えてくれ」
「にゃ」
OKを貰ったので、まずはシェミィの毛質や生え方等を確認していく。
「ふむ……短毛種の猫に近い毛質、ダブルコートか。頭から尻尾に向けて毛が流れてるし、普通の猫と同じやり方で良さそうだ」
短毛種って毛のカットをしなくていい場合が多いんだが、シェミィは毛が多少伸びている部分がある。少しだけ切って整える程度でいいかもな。
一応短毛種でもサマーカットを行う場合もあるが……季節的には必要無いだろうし、折角の短毛ながらもふわふわな毛を刈るのは勿体ない。
それに抜け毛が結構絡まっているように見えるので、基本的にはブラッシングがメインになるだろう。
シャンプーは流石に部屋じゃ無理だしな。
「必要な物は……これでいいか、トリマー!」
俺がトリマースキルで取り出したのは、腰袋、スリッカーブラシ(数種類)、ラバーブラシ、コームブラシ、カット用にセニングシザー、カーブシザーだ。
猫に使うブラシは多種多様であり、猫自身との相性もまちまちだ。
スリッカーを嫌う猫が中々に多いので、いくつか試してみてダメそうならラバーブラシを使う感じにする。
それとダブルコートの毛ってのはオーバーコート(上毛)とアンダーコート(下毛)に分かれているのだが、アンダーコートの密度が薄い所を見るに換毛期で毛が抜けている頃なのだろう。なのでアンダーコート用のブラシは使わない方面でいく。
まずはスリッカーブラシで大まかに抜け毛や毛玉を取り除いていく。
「どうだ? 嫌じゃないか?」
「にゃう」
特に嫌がっている様子ではなさそうで安心。
嫌がった時の為に何種類かのスリッカーブラシを用意していたんだが必要なかったな。
スリッカーブラシで毛の流れに沿って梳いていき、毛玉が酷い所は毛の根元を抑えながら慎重に解していく。
本来の猫であれば、じっとしていなきゃいけないストレスも考慮して数分程度のブラッシングで終わるのだが、シェミィの体格はかなり大きいので結構な時間を要してしまった。
それでも嫌がらずじっとしていてくれる辺り、やはりシェミィは賢いと思う。
「スリッカーはこんなもんかな。シェミィ、しんどくないか?」
「にゃーう」
機嫌よさそうな返事だったので、切り上げずにそのまま続行。
次はラバーブラシを使ってブラッシングだな。こちらは毛を梳くというよりは皮膚のマッサージに近い効果がある。
「ほら、これはどうだ?」
「にゃうん♪」
シェミィも先程とは変わって気持ちよさそうな顔をしていた。
前世でもラバーブラシを気に入る猫が多かったんだが、例に漏れずシェミィも気に入ったようだ。
「あっ、私もやりたーい!」
綺麗になった自分の尻尾にウットリしていたカエデだったが、ようやく我に返ったようだ。
「あぁ、もちろんいいぞ。毛を引っ張らないように慎重にな」
「うん!」
カエデにラバーブラシを手渡し、空いた手でシェミィを撫でながらブラッシングを開始した。
「こんな感じかな……どう?」
「にゃ〜ん♪ ゴロゴロ……」
喉をゴロゴロと鳴らしながら嬉しそうな返事が返ってきた。
「おお、シェミィも気持ち良さそうだな。上手いぞ」
「えへへ」
褒められて照れながらもブラッシングの手は止めない。
その手つきはとても優しく、主として綺麗にしてあげたいという気持ちが込められているように思えた。
「さーて、カエデがブラッシングしてくれてるし、俺は仕上げにいこうか」
セニングシザーとコームブラシを手に持ち、ブラッシングが終わった所から長すぎる部分のカットと最終仕上げを進めていった。
「つい最近まで野生だったにも関わらず、毛質はいいんだよな。抜け毛と毛玉が多かったのはグルーミングか水浴びでしか処理が出来ないから仕方ないとはいえ、それ以外は完璧だ」
触ってみてもゴワゴワしないし油ギッシュな訳じゃなくてサラサラしている。毛も比較的柔らかい分類だしチクチクする程に太くもない。
「こんなに触り心地が良いと、ずっと触っていたくなるよねぇ……」
「そうだなぁ……」
2人してふさふさな毛にメロメロになる中、共同作業で徹底的にキレイキレイした結果……シェミィの毛並みはとてつもなく美しく綺麗に整い、最初よりふさふさ感が増した。
「……」
「……」
あまりの仕上がりの良さに、俺とカエデは少しばかり放心状態だった。
本当にシャンプー出来ないのが惜しい。それさえ出来れば更にツヤが増して最高になるのに。
「こりゃ……とんでもないな」
「とんでもないのはご主人様もだよ……ある意味獣キラーだよ……」
パーフェクトとまではいかないが、グレートなボディに仕上がったシェミィを再度2人で堪能し、散らばった毛の掃除をしてから就寝する事になった。
反対に向いて眠ったカエデの寝顔を覗き込んでみると、シェミィへのブラッシングが上手くいって気分が良かったようで上機嫌な顔をして眠っており、とんでもなく可愛かった。
優しく頭を撫でると耳がピクピクッと動き、可愛すぎて悶えそうになる。
それと同時に、愛しくも思えた。
「……ずっと一緒だからな」
そう耳元で呟いてから、俺も眠りについた。
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