9話 トリマー!
カエデを近くにあった椅子へ背もたれが前になるように座らせた。
これにより尻尾だけが垂れ下がっている状況を作れる。
「まずは尻尾の状態を確認する。毛を掻き分けて見たりする事になるが……いいか?」
「う、うん」
カエデも尻尾を触れられるからなのか、少しだけ緊張しているように見える。
「それじゃ、失礼して……」
優しく尻尾を下からすくい上げ、尻尾の構造を確認する。
やっべぇ……ふわっふわだ……。
……って、いかんいかん、集中しろ俺。
動物の尻尾についてなら完璧に把握しているが、人に尻尾が付いているなんて前世では有り得ない事だ。違いをしっかりと確認しないといけない。
ふわっふわな毛の状態を確認しつつ、毛を少し掻き分けて生え際も見ておく。
狼のように垂れ尾になっているのだが、毛の量はアニメに出てくるような狐に少し近付けたような感じだ。
毛は基本尻尾の先に向かって伸びているのだが、毛の根元は少し立っているように見える。だからこそ毛自体が柔らかいのも相まってふわっとした印象があるんだな。
毛を掻き分けて調べた所、中の毛まで結構長くなってしまっていて毛先も揃っていない所も多い。少しだけ毛の量を減らしながらもふわっとさせる方面で調整し、それに合わせて毛先を整えていくのが良さそうか。
尻尾の付け根は……奴隷服に穴が空いており、そこから出ているようだ。場所は尾骶骨付近か?
「んっ……」
尻尾の付け根に触れると、カエデから息の漏れるような声が聞こえた。
付け根部分が敏感であるのは犬猫等と同じようだ。
若干身体が震えたのと少し顔を赤らめながらも口を閉めている表情見るに、恐らくゾクゾクするような感覚を我慢しているだろう。
「大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫」
尻尾の付け根をベタベタと無闇に触るべきではないと判断。触らないといけない場合、一声掛けてから慎重にするべきか。
「ここ結構感覚が鋭いみたいだし、触れる時は声をかけるようにするよ。気になることがあればいつでも言ってくれ」
「た、助かりまふ……」
初めての事なので念入りに確認し、尻尾の構造は理解することが出来た。
尻尾の毛が長い動物もいるっちゃいるが、正直これほどまでに尻尾の毛の量を持つ動物は地球にいないだろう。
ぶっちゃけて言えば、動物の尻尾ってより人の髪の毛に近いような感じだ。
俺はトリマー専門学校に転校してきた経歴があるんだが、転校前は美容学校に通っていてな。髪の毛のカットもお手の物なんだ。
トリマーの経験と美容師の経験を融合させて、この尻尾に立ち向かおうと思う。
「必要な物は……こんなもんでいいか。いくぞ、トリマー!」
俺は使う道具達を思い浮かべて呼び出した。
シザーケース(腰袋タイプ)、ピンブラシ、セニングシザー(スキハサミ)2種、ストレートシザー、カーブシザー2種、カットコーム(カットの際に使う櫛)。
他にも要る物があれば都度呼び出すとしよう。
「わぁ……」
呼び出した道具をカエデは興味ありげに見ていた。
「これから手入れしていくからな。何か要望はないか? 毛の長さとかはある程度調整出来るけど」
「んーん。特に要望はないから、ご主人様にお任せするね」
「わかった。何かあればいつでも言ってくれ、叶えられる範囲ならしてあげるから」
「うん、ありがとう。それじゃあお願いします」
「了解」
まずは尻尾をすくい上げるように手に取り、優しくピンブラシを入れていく。
ピンブラシとは、毛玉や毛のからまり、ノミやダニのような虫とかも取り除く事が出来るブラシだ。
スリッカーブラシという物も同じ用途で使うのだが、毛が長かったり繊細な毛だったりする場合はピンブラシの方が向いているのだ。
「んっ……ふぅ……」
気持ちがいいのか声が漏れていた。根元よりはマシのようだが、尻尾全体も少し感じやすいみたいだな。これは丁寧にせねば。
ちなみに、毛を梳く技術とカット技術に関しては割と自信がある。その証拠にDEXがA+もあるからな、その技量を遺憾無く発揮しようではないか。
「わふぅ……気持ち良すぎる……」
「これが前世での仕事だったからな、そこらの人には負けない自信はある。ゆっくりやってあげるからリラックスしてていいぞ」
「んっ……うん、お願いします」
「了解。今から根元付近もやっていくから、変な感じがしたら言ってくれ」
「う、うん」
尻尾の根本から優しくピンブラシを入れ、ゆっくり毛先の方へ向かって梳いていく。マッサージするかのように丁寧に。
「んあっ……根本、凄く良い……」
「くすぐったいか?」
「ううん、大丈夫。気持ちいいから……」
暫く毛を梳いた後、本格的にカットへと入る。
ストレートソザーでまずは長い毛をカットし、全体の毛の長さがバランスよくなるように切っていく。一番最後にカーブシザーで整えるから、ここでは仕上がりの長さに近い所で留めておく。
毛を短くするのはもったいないからな、ちゃんと長さを残しつつ中をセニングで梳かそう。
2種のセニングを使い分け、ふわっとした仕上がりを目指して梳かしていく。
毛の量が少ないならばあまり必要ではないのだが、カエデの尻尾の毛はかなり多い。その場合は梳かす事によって長い毛と短い毛の間に空気の層が出来て、これによってふわっとさせてくれるんだ。
あ、人の髪の毛にやるような梳きはやりすぎだから注意だぞ? あれはボリュームを抑えて整える役割だからな。今回のふわっとさせる為の梳きだから、最小限にするのがポイントだ。
「おお……毛が落ちていく」
「そんなに多くは切らないから安心してくれ。ちゃんとボリューミーかつふわふわに仕上げてやるからな」
「うん!」
毛のバランスを考えつつカットを続け、10分程度でカットは完了した。
これで後はシャンプーをして乾かし、カーブシザー等で整えながらセットすればOKなんだが……流石にシャンプーは出ないだろうなぁ。
とか思いながらも必要なものを思い浮かべながらトリマーと言ってみると、何とシャンプーとお湯の入った桶、更にはタオルまで出てきてしまった。
「……マジかよ、なんでもありか?」
流石にシャワーまでは出てこなかったものの、結構な大きさの丸い桶にお湯が入っているので、これならどうにかシャンプーができそうだ。
ただ、まさかシャンプーが出てくるとは思わず咄嗟に犬用シャンプーを思い浮かべてしまったが、人の尻尾は犬用シャンプーでいいのだろうか? と疑問が浮かんだ。
人の髪用も出せそうなら出してもいいんだが、人用は洗浄力の強い成分が含まれている以上、尻尾の皮膚が薄そうであれば肌トラブルになるので使えないんだよな。
実際に尻尾の皮膚に触れてみると皮が少し薄く感じた。やっぱり毛が長いと皮膚は薄くなりがちか……。
頭皮よりも薄い場合、皮膚を守るためにもph値を中性寄りの物を使うべきだ。
それと、動物の場合は特有の獣臭のある種類もいるので、それを抑えるために香料の混ざっているシャンプーを使う場合が多いのだが、カエデには臭いは殆どなかった。何なら女性特有のいい匂いが……って、いかんいかん、余計なこと考えるな俺。
匂いが気にならないのであれば香料が混ざっていない物を使うべきか。そう考え、1番この尻尾に合いそうなシャンプーを呼び寄せた。
「ご主人様、それは?」
「これはシャンプーと言ってな、泡で毛をキレイにする物だ」
「ほうほう、石鹸みたいな感じかな?」
「ああ、そんな感じだ」
この世界にも石鹸はあるんだな。
洗浄作用のある物を作れるなら、技術が発展すればシャンプーも作れるかもしれないな。
尻尾をしっかりとお湯で濡らし、シャンプーを使ってワシャワシャと洗っていく。
「わふぅ♪ 気持ちいい~♪」
カエデは気持ちよさそうに目を瞑っている。
散髪した際に髪の毛を洗ってもらうけど、確かに気持ちいいよな。多分あれと似たような感覚だろう。
「かゆいところはないか?」
「うん! 大丈夫!」
あまり洗いすぎてしまうのは厳禁だ。肌を守る油分まで失ってしまうと乾燥してしまい、抜け毛やかゆみの原因になってしまうので気を付けよう。
「よし、シャンプーはこんなもんだな」
この世界に多分ドライヤーはないので、タオルドライでしっかりと水分を拭き取っていく。
「わぁ! このタオルすっごくふわっふわだね!」
「だろ? 洗いたての気持ちよさだな」
「こんなタオルを使えるなんて、贅沢だなぁ……」
「贅沢なのか?」
「うん。こんなにふわふわなタオルなんて一般にはまず出回らないかな。貴族や王族が使うような物かも」
「まじかぁ……あんま人の目に入らないようにしないと」
「その方が良いと思う。あぁ、ふわっふわだぁ♪」
カエデは使っていないタオルを手に取り、頬摺りしてうっとりしている。
その様子を外に、俺は次のやるべきことに意識を向けた。
「洗いを意識してタオルまで出てくるんだったら、ドライヤーとかも出てきたりは……」
と思い、ドライヤーのイメージしながらトリマーと唱えるのだが……何も起きなかった。
「流石に無理か」
まぁ仮に出てきたとしても、コンセントから電気を供給するドライヤーはどのみち使えない可能性が高いしな。
仕方ないので、少しの間雑談して自然乾燥するのを待ってからカットを再開した。
カーブシザーで尻尾の毛の湾曲に沿って軽く毛先を揃えていけば……。
「ふぅ、こんなもんか」
見事な仕上がりだと自分でも思う。それほどまでにカエデの尻尾は輝いて見えたのだ。
「わぁ……すっごい! 今まで見た中で1番の仕上がりに見えるよ!」
「その道のプロだからな。また必要な時にやってあげるから」
「うん! ありがとうご主人様!」
カエデは俺の方へ振り向き、ぎゅっとハグしてきた。
至近距離で見るカエデの笑顔が眩しい。これほどに喜んでくれるなら、こちらとしてもやった甲斐があるってもんだ。
毛のカットが終わり、カットした毛の処理を終えてから食堂へと向かった。
今日の段取りを話しながら食事を終えて向かった先は……ギルドではなく奴隷商館。もちろん、カエデを買う為だ。
奴隷商館に入ると、少し怪しめな男がこちらに気付きお辞儀をした。
「いらっしゃいませお客様、ご用件はいかほどで?」
「ガルムさんはいますか? カエデについてお話があるとお伝えください」
「分かりました。応接室にお通しするので、そちらでお待ちください」
「分かりました」
応接室に通されてソファーに座ると男が部屋から出ていった、間もなくドアをノックされ失礼しますと声が聞こえた。
俺とカエデが同時に振り向くと、そこには見覚えのある奴隷の女の子がお茶を持って入ってきた。
「あっ! モニちゃん!」
「カエデちゃんだ! 久しぶりっ!」
「久しぶりって、別れたの2日前だよ?」
「そうだったっ!」
可愛らしく元気なモニちゃん。この子は俺がカルムさんに拾われて馬車へ乗った際に見かけた奴隷の1人だった。
奴隷として働いているものの、やせ細ったりせず健康体に見えるし綺麗な奴隷服で仕事していた。やはり、ここは奴隷に対して卑下に扱わない噂は本当のようだ。
金額の都合上買えないとなっても、多分カエデも酷い扱いはされないだろう。
カエデがモニちゃんとの再会を堪能している中、それ程待たない間にガルムさんが部屋にやって来た。
「いやはや、お待たせしましたコウガ様。約束は今日いっぱい迄だったはずですが?」
「そうなんですが、実はカエデを買おうと思いまして、交渉しにきました」
「ほぅ……」
ガルムさんはカエデをチラ見する。
尻尾が綺麗に整えられている事に気付いたようで、ガルムさんは目を瞑り2回頷いた。
「なるほど、わかりました。ならば値段は……金貨1枚、10万ノルンでいかがでしょう?」
「10万ノルン? カエデからは20万ノルンだと聞いていたんですが……」
「確かにそうですね。ですが、コウガさんを護衛する任務をカエデさんへ与え、しっかりとこなしてくれました。なので、その報酬をカエデさんに銀貨60枚、6万ノルン渡すので相殺して14万ノルン。そして残りの4万はコウガさんへの先行投資ですね。私のカンですが、コウガさんにはこれからもお世話になると踏んでいるので、お受け取りください」
先行投資!? 安くなるのはありがたいが、大丈夫だろうか? 何か裏があるのか?
俺はカエデを見る。カエデも少し驚いていたようだけど、こちらの目線に気付くとニコっと笑い頷いた。
カエデはこの話に乗ることを決めたみたいだ。俺もカエデと一緒に居るための覚悟は既に決めている、裏があろうが乗ってやろうとも。
「分かりました。本当にいいんですね? 10万ノルンで」
「えぇ、構いませんよ。元々カエデさんを奴隷にするつもりはありませんでしたし、本人の覚悟の上で奴隷になってもらったので奴隷としては格安です」
俺はストレージより10万ノルンを取り出し、机の上に乗せる。ガルムさんはそれを見て頷きモニさんへ指示を出す。
「モニさん、契約書を」
「わっかりましたっ!」
モニちゃんはスタタタッと走っていき、契約書を持って帰ってきた。
「では、こちらをよく読んでから署名してください。そして書き終わったら奴隷の首輪に血を1滴垂らしてください、契約を掛けます」
「分かりました」
しっかり中身を読み、納得し署名する。もちろんカエデにも中身をしっかり確認してもらっている。
「書けました、血を首輪に垂らしたらいいんですね?」
「そうです」
ガルムさんより針を受け取り、人差し指にプスッと軽く刺す。
そこより出てきた血をカエデの首輪へポトリと落とした。
「確認しました。では、契約しますよ」
〖契約〗
光が俺たちを包み、奴隷の首輪に模様が付いた。これが契約の証ってやつか。
カエデは正式に俺の奴隷となり、カエデは安心した顔でこちらを見ていた。
「これで、カエデさんはコウガさんの奴隷となりました」
「ありがとうございます!」
「ガルムさん、私を助けてくださってから今まで……本当に、ありがとうございました。私、やりたいことが出来ました」
「見たら分かりますとも。コウガさんをしっかりとお守りするのですよ?」
「はい! お世話になりました!」
「カエデちゃん!」
一部始終を見ていたモニちゃんは、無事に主人が決まったカエデに飛びつくように抱きついた。
「よかったね! カエデちゃん!」
「うん! モニちゃんも良い主人に出会えることを祈ってるよ!」
「ありがとう! また何処かで会おうね!」
「うん!」
モニちゃんとの再会を約束し、カルムさんとも挨拶を交わしてから奴隷商館から出た。
カエデは前を歩いていたんだが、グッと身体を伸ばした後、こちらに振り向くようにターンした。
「ご主人様、これからもよろしくね!」
「あぁ! よろしく!」
俺が手を差し出すと、カエデはその手を取ってから笑顔を俺に向けてくれた。
そしてその手を離さないまま、お互いに走り出した。
俺たちの2人の旅が、これから始まる。
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