1話 もふもふ好きなトリマーが異世界へ
もふもふは素晴らしい。
ふっさふさな毛並み! ピクピクと動く耳! ふぁっさふぁっさと嬉しそうに揺れる尻尾!
見ているだけでも幸せが溢れてくる。
そんなもふもふな癒し系動物たちが、日本……いや、世界には沢山いる。
好きになる人はもふもふな獣人がいい! と宣言するくらいに、俺はもふもふに恋をしている。
俺はとあるペットサロンでトリマーとして働いており、若いながら副店長を任されている。
トリミング技術大会を複数優勝した経歴を持っており、その実力を買われて今の立ち位置に居る感じだな。
なぜトリマーを目指したのかは……まぁ、言うまでもないだろう。
好きなことを仕事にしてお金を稼ぐ、個人的には良い人生を送れていると思う。
「先ぱーい! こっちのお客さん終わったっすよー、先輩の方はどうっすかー?」
後輩が店の入口より姿を表した、お客さんを外へ見送ってきた所のようだ。
「あぁ、こっちももうすぐ終わる! 先に片付けを始めといてくれー!」
「りょーかいっすー!」
後輩は箒とちりとりを掃除道具入れから取り出し、先程のお客さん(犬)のカットした毛をサッサッと掃き始めた。
~っす! と、体育会系の喋り方をする後輩だが、仕事は良く出来るやつなんだよ。トリマーとしての腕も良いし人当たりも良い。
後輩が掃除をしているのを横目に、ふと壁掛け時計を見ると19時になる5分前だった。
俺の務めるペットサロンは閉店時間が19時なので、もうすぐ仕事終わりである。
「んーっ! よし、もうひと踏ん張りだ」
背筋をググッと伸ばし、再度トリミングに集中する。
疲れている中こうして頑張れるのは、トリミングに来てくれる動物たちが可愛いからだ。最強の癒しである。
ちなみに、最後のお客さんは俺の家のお隣に住む梨沙さんの家で飼われている犬『かえで』だ。俺がまだ学生だった時代に梨沙さんが隣りに引っ越してきて、そこから仲良くさせてもらっている。
かえでは俺にもよく懐いており、休日にはたまに一緒に遊んであげたりもしている程の仲だ。
トリミングが終わり、毛並みのセッティングも終えて、これで完成だ。
「よし。終わったぞ、かえでー」
「ワンワン!」
かえではピョンピョンと飛び跳ねながら俺の周りを回る。
これだけ喜んでくれるのは俺としても嬉しいのだが、騒ぐので地面に落ちた毛が舞い上がってしまっている……きちんと掃除しなくちゃな。
まぁでも、その前に梨沙さんとかえでのお見送りをするのが先だ。
「ありがとうございましたー! 梨沙さん、また来てくださいね」
「ええ、ありがとう高雅くん。また近い内に家へ遊びに来てくれると嬉しいわ」
「もちろんです! 次の休みの日にでも、新しいおもちゃを持って遊びに行きますね」
「……ええ、待ってるわね」
梨沙さんは少し寂しげな顔をしながら、かえでと一緒に夜道を歩いて行った。
ある程度離れるまでお見送りをし、俺は店内へと戻る。
「さぁ掃除するぞー」
「手伝うっす」
掃除道具入れより箒を持ち出して、サッサッと掃除していく。
今日は店長が出張で不在なので気が楽だ。それでなのか、後輩がやたらと絡んでくる。
「先輩って彼女作らないんすかー? 動物好きで顔も良いんすから、その気になればすぐに彼女なんて出来そうなのに。さっきのお客さんだって、絶対先輩の事好きだと思うっすよ?」
「梨沙さんか……まぁ、そうだよなぁ」
好意的に接してくれているのは俺だって気付いている。
でも……俺はやっぱりもふもふが好き、なんだよなぁ。
「俺は人よりも動物が好きなんだよ」
「そうは言っても、ずっとそのままなのはまずくないっすか? 確か先輩って25だったっすよね? 今は若いから良くても、30代以上になったらきっと後悔すると思うっすよ」
「うーん……まぁ、それはそうなんだが……」
まだ25だからとも思えるが、年を重ねる度に時間経過が早くなるともいうし、気付いた頃には30になっているだろう。
若い子からすれば、30を超えたらおじさんって言われてもおかしくない歳だよな。
「来週末、合コン予定してるんすよ。まだ人数が揃ってないんで先輩もどうっすか? 動物好きがいるかもしれないっすよ!」
「んー……まぁ、考えておくよ。早めに返事する」
「りょーかいっす。それじゃ先輩、お疲れっすー!」
「おう、お疲れさん」
後輩は俺に手を振りながら帰って行った。
その他の従業員達も、どんどんと帰宅していく。
「合コン、かぁ」
後輩に誘われてしまった合コン。
さて、どうしようか……行く事自体は良いのだが、付き合う気もない人が参加して良いものなのだろうかと考えてしまう。
先程の梨沙さんの事もあり、なかなか複雑な気持ちではある。
立ったまんま考えるのもあれだし、取り合えず歩きながら考えようかね。
店の戸締まりを確認し、家に向かって歩き出した。
「うう、さっぶ……」
今の季節は冬、雪がパラパラと降っていて風もかなり冷たい。早く春にならないかなぁ……と思ってしまう。
10分程歩き、とある橋に差し掛かる。
これを渡り切ってすぐの所に家があるのだが、考え事をしていると帰る気になれない。
少し橋の上から景色を眺めようか……。
人気のない橋の上。欄干に体を預けて考え事しながら川を眺めていると、よく知った声が下にある散歩道から聞こえてきた。
「かえでー、帰るよー!」
「わぅ……」
梨沙さんとかえでだ。店を出てから30分程経つが、この散歩道で散歩していたのか。
かえでが帰るのを渋ってるような感じだ。考え事ばかりしていても仕方ないし、かえでの遊びに付き合ってもいいかもしれないな。
そう思って移動しかけた瞬間、下方から何かがブチッと千切れる音とバシャンという水の音が時間差で聞こえてきた。
音のした下方へ覗き込んでみると、梨沙さんが持っていたリードが千切れていて、かえでが川に落ちてしまっていた。
かえでは確か、犬かきが苦手で泳げなかったはずだ……まずい、あのままでは流されてしまう!
「かえでっ! 誰か、誰か助けて!」
梨沙さんの声が聞こえるのと同時くらいに俺は欄干を乗り越え、川へバシャンと飛び込んだ。
「えっ!? こ、高雅くん!?」
彼女の驚いた声をよそに、俺は必死になって泳いだ。
かえではまだそんなに遠くへ流されておらず、沈んでもいないが……先日から降り続いている雪の影響か、普段より少しだけ川の流れが早い。
早く助けなくては。
かえでとの距離が少しずつ縮まっていき、ようやくかえでに手が届いて抱きかかえる。
「ま、間に合った……! 後は川から上がるだけ……」
しかし、もう既に俺の身体は冷えきっており、段々と言うことを聞かなくなってきている。この状態じゃかえでだけじゃなく俺の命も危ない。
急がないと……! と思っていた矢先、急にふくらはぎに激痛が走る。
「……ぐっ!?」
冷えきった脚を急に動かしたからか、筋を切ってしまったかのような感覚だった。
まずい、脚に力が入れられないっ……。
「くそっ……」
痛みで力が入らない脚に鞭打って必死に泳ぐ。川岸まであと10m程くらい、もう少しだ。
かえでの身体はブルブルと強く震えている。
「負けるな……死ぬなよ、かえで」
痛みと寒さで意識が朦朧とする中、なんとか踏ん張ってギリギリ泳ぎ切った。
「かえで! 高雅くん!」
慌てて駆け寄ってくる梨沙さんにかえでを手渡し、川から上がろうとするも……俺の体力も力も限界だった。
梨沙さんの手に捕まる直前、俺は限界を超えて脱力し、川の流れに飲み込まれてしまった。
「こ、高雅くん!」
流されながらも、川岸から梨沙さんの叫ぶ声が聞こえてくる。
しかし、俺にはもう泳ぐ力は残っていない。
次第に意識が遠のいていく。
「高雅君! 高雅君っ!!!」
梨沙さんの必死な叫び声も次第に聞こえなくなっていき、俺は意識を失った。
◇◇◇
「……んっ、ここは……?」
目を開けて見渡すと、俺は真っ白な空間に居ることに気が付いた。
「確か俺、川に流されてたはず……」
しかし、何度見渡しても景色は変わらない。
自分の身体を見ても服が濡れている訳でもなければ怪我もないように見える。明らかに川で溺れたような状況ではないのは確かだった。
俺は川に流され、この世とは思えぬ空間に居る……となれば、ここが何処なのかの見当は何となくつく。
「俺は……死んだっぽいな」
「その通りです。あなたは川に流された動物を助けた後、流されて死んでしまったのです」
急に後ろより声が聞こえ、ハッ! と後方に振り向く。
すると、そこにはギリシャ神話の神様が着ているような白い服を着ている女性が立っていた。先程見渡した際には居なかったはずなのだが、急に現れた感じだった。
「い、いつの間に背後に……?」
「私は神様なので、いつどこにでも現れることが出来るのですよ」
「ま、まじですか」
この女性は自分を神様だと言ってきた。
神様といいこの空間といい、今起きている状況が非現実的過ぎて戸惑う中、俺はふとかえでの事が頭に浮かんだ。
「そうだ、かえでは!? かえではどこに!? もし死んでいるのなら、ここにいるのでは!?」
俺は急いで立ち上がり、周りを見渡してかえでを探す。
「お、落ち着いてください! 大丈夫です、あなたのおかげで無事に生き延びてます」
それを聞いた瞬間、安心してフッと足の力が抜けて座り込んだ。
「よ、良かった……助かったんだ。すみません、取り乱してしまって……」
「いえ、大丈夫ですよ。あなたの気持ちはよくわかりますから」
「ありがとうございます……えっと、神様?」
「あぁ、あなたの言語では聞き取れない名前ですので、取り敢えずはレアと呼んでください。色んな世界の管理をやっています」
この女性の名前を聞いていなかったので、なんて呼べばいいか分からず神様呼びをしたのだが、それを察したのか名乗ってくれた。
色々な世界を管理している神様がここに居るってことは、俺がこれからどうなるのかは何となく予想がついていたが、一応聞いてみた。
「俺、これからどうなるんでしょうか?」
「その先をどうするか貴方に尋ねようと思い、ここに呼び寄せたのです。動物を愛する者よ、もう一度動物たちに愛される人生を送ってみませんか? 私の世界で!」
神様のレアは、そう言いながら両手を広げて提案をしてきた。
「も、もしかして……これが俗に言う、異世界転生!?」
「はい、その通りです。厳密に言えば、その姿のままで行ってもらおうと考えているので転移が正しいかもしれませんが」
ビンゴ! 予想通り異世界転生・転移! いつも読んでた小説みたいな流れだ。
異世界に行って、また動物たちと触れ合えるのか……! 死んでしまったが、先があるって思うと安心した。
前の世界にも未練がないといえば嘘になるが、それよりも動物たちと触れ合えるという期待感の方が勝っている。少しわくわくしてきた。
「どのような世界なんですか? 動物に愛されるってことは動物は居るんでしょうが……もしや剣と魔法の世界だったり?」
「そうですね、その通りです。しかも、あなたの好きな獣人族が居る世界ですよ」
「……ッ」
いっやっほおおおおおおおおおおおおおおおお! 獣耳! 尻尾だああああああああああああああああ! もふもふだあああああああああああああああああああああ!
さっきまで取り乱してたのは何だったのか、表には出さないが心の中で叫んでしまっていた。
「お喜びのようでよかったです」
心の叫びを読み取られたのか、内心で発狂しながら喜んでいたのがバレてしまった。
「そんなあなたに、動物に愛される加護がある称号を贈ります。あと、向こうで暮らしていくのに役に立つスキルも付けておきますね」
レアは俺へと近付き頭に手を置くと、温かい何かが身体に流れ込んできた。
「これでスキル譲渡は終了です。異世界についたら確認しておいてくださいね」
「分かりました、色々とありがとうございます。でも、どうしてこんなに良くしてくれるんですか?」
「んーまぁ、私も動物が大好きなので、あなたの動物愛に共感できるのですよ。それが決め手です」
なるほど、要するに俺と同志か! 気が合いそうだ。
「レア様も動物が好きなんですね! 同志が居てうれしいです! いつか語り合いましょう!」
興奮のあまり、語り合う約束を提案しながら握手を求めて手を差し出す。
「……そうですね、もしいつか再会できたならいいですよ、語り合いましょう」
レアも俺の握手に応え手を握り返してくれたのだが……その時、俺達が居る空間と俺の身体が歪み始める。
「っ!? これは!?」
「……早く出発させないと、この空間とコウガさんの魂と再構築した身体の維持が難しくなりそうですね。では、これから私の管理する異世界へと『落とします』よいセカンドライフを」
「えっ、落とす? って、おわあああああっ!?」
急に転生を急ぎだしたと思えば、足元に空いた異空間へと身体が吸い込まれ、落ちていく。
「また……会いましょうね、コウガさん」
こうして、俺の異世界もふもふ生活が……今、始まる!
……のだろうか?
何だか、飛び降りしているかのような落下感を感じるのだが……?
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