第5話 正直者は演じる
自然に囲まれた道を歩いている。緑が豊かで、鳥のさえずりが聞こえる。しかし、その美しさとは裏腹に、俺の所持金は限りなくゼロになった。正確に言ってもゼロだ。
そんな俺の視界にキャッシュカードが飛び込んできた。誰もいない。誰も見ていない。俺は偶然にもカードを手に入れた。カードの裏に暗証番号が書いてある。『希望』だ。何だこれは?
街角のATMコーナーには、いくつものATMが並んでいる。その画面は青白く光っており、まるで未来の機械のようだ。
取り敢えずATMに直行。しかし、暗証番号のボタンは数字だけだ。構わずカードを突っ込む。すると残高が勝手に表示された。残高1億円。何だ、それっぽっちか……体が震える。だが、現金を引き出すには暗証番号が必要だ。番号だ、数字だ……でも『希望』だ。そこへ、隣のATMに爺さんがやってきた。
「わしの暗証番号は『希望』だったな」
何を言っている? 爺さんは『希望』と声を出しながら暗証番号をスラスラと
打ち込んでいき、その直後、ATMの常識を超えた勢いで札束が溢れ出した。
俺は爺さんに、遠まわしで訪ねる。
「俺に希望はありますか」
「希望? さあ、わしにはあるがの〜」
爺さんは札束で顔を扇ぎながら俺を置き去りにした。
交番の前には警察官が立っている。その姿は威厳に満ちており、正義の象徴のように見える。
順番は逆になったが、俺は拾ったカードを交番に届けることにした。これでも俺は、かなりの善人だ。きっと名前やら住所を聞かれるに違いない。落とし主の喜ぶ顔が浮かぶ。これでも俺は、スーパー善人だ。
「今日、ちょっと泊まっていこうか」
お巡りさんの強烈な一言が俺を打ちのめす。何故か俺は、檻の人となった。
重厚な鉄格子が目の前にある。その向こうには、規則正しく配置された独房が並んでいる。光の少ない廊下は、まるで地獄への入り口のようだ。
檻の中で俺は、何か芸を考えていた。素晴らしい演技で観衆を湧かせよう。そう思ったが誰もいない。しかし俺は芸に磨きをかける。そうしたら、ここから出られる様な気がしたからだ。
夜になると、周囲は真っ暗になった。俺の先行きも暗い。俺は鉄格子を掴み、「ここから出せー」と叫んでみた。一度、やってみたかったことだ。気が晴れて清々しい気分になった。
暗闇の中から小さな光、希望の光が俺を射す。小さいが確かに俺を照らす光。懐中電灯の明かりだ。それはまるで無垢な少年の心が発する未来への……希望だろうか。
「出ろ」
現実には未慈悲な看守の声だったが、それも当然のことだ。
俺は規則に従い、決め台詞を吐いた。
「お世話になりました」
俺は規則に従い、決め台詞を吐いた。早くシャバの空気が吸いたい。俺に非がなくとも、男はぐっと飲み込んで堪える。世間が悪いんじゃない。俺が世間に背を向けただけだ。これからは前を向いて歩こう。一日三歩、受けた恩は忘れよう。
「勘違い、しないでよね」
なに? 看守の人の声も、どこかで聞き覚えが有りそうだが、さて、誰だったか。
廃墟と化した建物が、まるで時の流れに逆らうかのように立ち並んでいる。その上を、ヘリコプターが轟音を響かせながら飛んでいる。そう、俺は、それに乗せられ宙を舞う。
眼下には、山々が連なり、その頂上には雲がかかっている。遠くには、高くそびえ立つタワーが見える。まるで世界の全てを見下ろしているようだ。
自由の翼よ、こんにちは。見えるかい? あれが、なんとかタワーだ。
ヘリコプターの乗務員らしき声が、俺に指示を出した。
「降りろ」
なに? その声も、どこかで聞き覚えが有りそうだが、さて、誰だったか。
俺はヘルコプターから突き落とされた。綺麗な夜空だ。美しい星が輝いている。いや、あれは地上の星だ。俺もその内の一つになるのか。
夕焼けの空にパラシュートの華が咲く。星になる前に俺は夜空に咲く一輪の華となった。その華は、ゆらゆらと揺れながら可憐に舞い降りる。




