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パンドラの箱  作者: Tro
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第3話 地獄の沙汰も早い者勝ち

 青く澄み渡った空の下、旅館の窓からは広大な景色が一望できる。雲一つない完璧な青空が、どこまでも続いている。遠くに見える岬は小さく、しかし確かにそこにある。


 近くの宿に泊まる。ここから、あの岬が良く見える。それに見とれていると仲居さんが挨拶に来たようだ。


「いらっしゃいませ」


 落ち着いた声に長旅の疲れが癒やされる……と思ったが、


「また、お前か」


『希望』が仲居のアルバイトをしていた。せっかく再会を果たしたというのにムッとした顔で俺を睨む。だが俺は客だ、それなりに持て成して貰おうか。


 豪華な料理が運ばれてくる。ここは一泊数万円もする高級旅館だ。だが今の俺には取るに足らないことなので問題ではない。それと同様に私情を挟むことなく『希望』はテキパキと仕事をこなしている。そんな『希望』に俺は尋ねた。


「お前は……希望はあるのか」


『希望』は胸に手を当て、ここにあると言った。いろんな意味で小さいが、そのことは俺の胸の中に仕舞っておこう。そして次の問いだ。


「俺にも、希望はあるのか」


「無い」


 即答だった。


 夜空には満月が輝き、周りには無数の星が瞬いている。月の光が温泉の水面に反射し、キラキラと揺れている。この美しい夜空は、まるで宝石箱を空に広げたようだ。


 夜も更けたので温泉に浸かる。そこから見える景色は綺麗な月と星の共演だ。疲れ切った心と体が癒される。


 その温もった気持ちのまま床に就く。すると、これまでの出来事が走馬灯のように襲ってくる。それは悪夢のようでもあったが、俺の人生、そんなに悪いものではない。但しあの箱を開けるまでは、だ。あの瞬間、俺の全てが吹き飛んだと言ってもいいだろう。


 部屋の外は深い闇に包まれている。街灯の明かりも少なく、あたりは静まり返っている。窓の外には星が瞬いており、世界は完全に眠りについているようだ。


 世界が眠りについた頃、俺は目を覚ます。そして、夜が明けぬうちに宿を後にした。旅人の朝は早い。宿代はツケだ。


 明け方の街はまだ薄暗く、人通りもまばらだ。バス停には観光バスが停まっており、その大きな車体はまるで都市に迷い込んだ巨大な生き物のようだった。


 そうして俺は明け方の街を駆け抜ける。そしてどうやら俺は観光地に迷い込んだらしい。団体客に押され、あれよあれよという間にバスに乗せられてしまった。しかし俺の席があるわけがない……と思ったら、婆さんが隣に座れと催促してくる。躊躇している隙にバスは走り出した。


 ガイドのお姉さんが早速マイク片手に講釈を始めるようだ。よく見るとそのお姉さん、どこかで見覚えが有りそうなのだが、数が多すぎて思い出せない。


 バスの外には、まるで歓迎しているかのように大きな看板や横断幕が並んでいる。しかし、その歓迎の仕方はどこか不気味だ。


「左に見えますのは『地獄の門』で御座います」


 なんだと? いや、驚いたのではない。そのような名所なだけである。講釈は続く。


「右に見えますのは『奈落の底』、一度落ちたら脱出は不可能で御座います」


 窓の外には、赤く燃え盛るような奇妙な地形が広がっている。まるで本当に地獄の入口のような、禍々しい光景が展開されている。


 どうやら戯言を語っている訳ではなく、このバスは本当に地獄行きだったようだ。どうりで乗せられたわけだ。ということは乗客は全員、罪人ということになるのか。俺は無実だ。冤罪だ。ちょっとあの箱を開けただけじゃないか。


 俺が反論を考えている最中だというのに、さっき声を掛けてきた婆さんがミカンを差し出し、俺に食えという。俺はそれどころじゃないんだが、……取り敢えず食っておこう。


 これで冷静さを取り戻し、全てを受け入れる準備が整った頃、元気な若者がガイドのお姉さんに発言の許可を求めた。


「ここで降ろして欲しいんだけど」


 発言の許可は、まだ下りていないというのに、せっかちな若者がさえずってしまっている。きっと食べる前にトイレに行くタイプだろう。


「途中下車するには保釈金が必要ですよ。『地獄の沙汰も金次第』ですから」


 その一言で一斉に罵声を浴びるガイドさんだ。バスがいきなり護送車になってしまったではないか。


 良く見ると、そのガイドさんのネームプレートに『希望』と書いてある。お前がこんなところにいるなんて、……苦労をしているようだ。


 そんな俺の気遣いを無視するかのようにガイドさんは可愛らしいポーズを取りながら人差し指を掲げ、とんでもないことを言いやがった。


「降りたい人、この指、止〜ま〜れ〜」


 ガイドさんが言い終わるやいなや、俺にミカンをくれた婆さんが俺を吹っ飛ばしてダッシュをキメる。それを見た他の奴らが護送車の前方に大集結だ。


 バランスを崩した護送車がよろめき、電柱に衝突。その衝撃で開いたドアから罪人どもが我こそはと飛び出していく。まるで地獄絵図だ。


 そんな地獄を高みの見物していた俺は護送車に残ったガイドのお姉さんに尋ねた。


「希望はあるのか」


「この先を行けば、あるかも」


 さすが『希望』のネームプレートを装備してるだけのことはあるようだ。どいつもこいつも生意気でいけない。それでは、更に問おうではないか。


「俺に、希望はあるのか」


「……」


 無言のプレッシャーが俺を襲う。

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