第1話 希望の虜
壁は剥がれ落ち、窓枠は錆びつき、階段の手すりは歪んでいる。まるで時が止まったかのような廃墟のような外観。「オンボロ The アパート」は名実ともに朽ち果てた建物だった。
2階の一室で、埃まみれの窓から差し込む薄暗い光の中、古い木製のテーブルの上に置かれた箱がある。それは古びたアナログ時計のような形状で、表面には複雑な模様が刻まれていた。箱は静かに、しかし確実に存在感を放っている。
俺はパンドラの箱を開けた。蓋が開いた瞬間、部屋の空気が一変する。まるで水槽から暴れ出した獰猛な魚の群れのように、暗く禍々しい何かが箱の中から渦巻きながら溢れ出してきた。
噂通り、あらゆる災いが出てきやがった。でも俺の目的はそんなことじゃない。箱の底に眠る希望。これさえ残れば問題ない。しかし箱の底には何も無かった。ああ、『希望』まで出て行きやがったようだ。話が違う。
『希望』が居なかったお陰で俺は会社をクビになり、銀行口座は空になった。おまけに住んでいるアパートで火事だ。だが、俺の負けん気で俺の部屋だけは被害を免れた。階段は火に焼かれた跡が残り、手すりが黒く焦げている。一階からはまだ煙の臭いが立ち上っている。
トントン、ドスン。
誰かが玄関のドアをノックしてやがる。もしかしたら『希望』が帰って来てくれたのかもしれない。
「おりゃー、金払えやー」
どうやら借金取りのようだ。必殺、居留守の術。息を止め、意識も止める。俺はここに、いない。……だが、今度は女性の声が聞こえてきた。
「私よ〜、ここを開けて〜」
彼女の声だ。だがどこか、おっさん臭い。それでも疑うことを知らない俺は術を解き、城門を開ける。
借金取りが勝利の笑みを浮かべながら言った。……いや、そんなことよりも彼女のことが心配だ。この『おっさん』から酷い仕打ちを受けていなければ良いが、きっと止むに止まれぬ、バレるとちょっとは恥ずかしい事情があったのだろう。それを察してやれるのは……俺しかいない。もう少しの辛抱だ。この難局は君に出会うための、いわば試練なのだろう……そう思う。
「いるじゃねーかー、この野郎。さっさと払いやがれ」
借金取りの見事な技に騙されたようだ。しかし、熱い交渉の末、明日まで引き延ばすことに成功した。そして撃退後、壊れかけた玄関のドアを直す。そこで俺と部屋を死守した城門に、言葉を綴った張り紙を発見。
嘘つき、恥知らず、人殺し。
張り紙から見て取れる不気味な雰囲気が、暗闇の中に漂い、どれもが俺の胸を突く。だが、まだ人は殺してはいない。これは何かの間違いだ。誤認も甚だしい。それは……まだだ。




