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第四章 古地図の謎

 郷土資料館は、公園を挟んだ向かいにぽつんと建っていた。

 白壁に瓦屋根。入り口脇には色あせた観光案内板。

 夕暮れの光が展示室の窓ガラスを暗く縁取っている。


「こんな時間によく入れてもらえますね」

「館長が大学の先輩なんです。こういうときだけは役に立ちます」

「……先生、恩知らずって言葉知ってるか?」


 松嶋は笑ってごまかす。

 中に入ると、古い紙の香りがふわりと漂った。

 薄い蛍光灯に照らされた棚の背表紙が、ずらりと並んでいる。


 館長らしき男性が防湿庫から巻物を取り出し、手早く広げた。

「この区域の江戸期の絵図です」


 松嶋が身を乗り出し、指で水路の線をなぞる。

 現在の住宅地の下に、細く絡まる川筋と用水路。

 その中心近くに、小さな祠の印があった。


「これは……?」

 岡部が興味深げに身を寄せた。

「『藍蛇の祠』ですね」

 館長が生真面目な顔で答える。

「この辺りは水神信仰が盛んで、特に藍色の蛇を神として祀っていたんです。明治の都市計画で取り壊されましたが」


 藍蛇。

 岡部はその名を頭の中で繰り返す。

 もし仁科がこの古地図を見ていたら——例の水音と結びつけて、きっと興奮しただろう。


「昔から、この祠があった場所で『水に呼ばれる』という話があったそうです」

 館長の声が静かに続く。

「陸地なのに、人が水に溺れて死ぬ。時には足跡だけが残る……そんな言い伝えが」


 松嶋は頷き、淡々とメモを取った。

「民俗学的には、水神が人を攫う話は全国にあります。ただ必ずしも実在の生物を指すわけではない。水害や事故を神格化したものかもしれません」


「でも先生、その言い伝えに関係しそうな事件が三件も続いてる。偶然か?」

「偶然かどうかは……地図を重ねてみれば分かります」


 現代の地図に、三つの事件現場をマーク。

 古地図の水路を透明フィルムに写し、重ね合わせる。

 赤い点は、すべて旧水路の直上にあった。


「そして、この三点を結ぶと——」

 松嶋がフィルムの端を押さえる。

 円弧を描く線が浮かび、その中心に祠の印があった。


「……やっぱりな」

 岡部が低く言う。

「これは単なる偶然じゃねぇ。あの祠を核に、何かが動いてる」


 館長が少し言いにくそうに付け加えた。


「実は祠の跡地は、今は区の管理地になっていて立ち入り禁止です。地下に古い水路が残っているらしいですが……」


「行くしかないな」

 岡部はノートを閉じた。

「夜なら、匂いと音がはっきりするはずだ」


 松嶋は眼鏡のブリッジを押し上げた。

「私も構造を確かめたいので同行します。……ただし安全は保証できませんよ」

「安全なんて、はなから怪異の調査にゃ通用しねえよ」


 二人の視線が重なる。

 外は藍色の闇に沈みかけていた。

 地下に残る水路が、今も何かを待っているような気がする。


 次の調査は夜——水に呼ばれる声が、闇の底から顔を出す時間だ。

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