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少女X

作者: 空中3歩

 ふと隣を見て言った、あなたは誰?


 (わたし)は、俗に言う普通の女の子。ただ変わったところがあるとすると、少し前まで私が持っていたポーチくらい。


 なぜなら、そのポーチはいつどこで手に入れたのかも、既製品なのかも分からない、ただこれだけは言える、正真正銘世界に一つしかないポーチだと。


 そんなポーチと巡り合った日のことは今でも鮮明に覚えている。五年前のある晴れた日のこと。


 あー今日きょうも一日疲れたな。飯でも行かないか。いや、私一昨日彼氏と別れたばっかり。今は誰とも一緒にいたくない。帰って。


 実質、その日の私は誰とも話さない空間・好きな漫画を読み込む時間さえあれば充分だった。所詮(しょせん)、振られた身なのだから。


 あの大好きなポテトフライのある居酒屋だけど、本当にいいか。居酒屋を出たら、その後のことは2人で決めよう。


 ()たいっていってた映画も観に行こう。あなたが行かないなら違う友達(ともだち)を誘うけど。「本当に、本当にいいの?」と少し高揚して(のぞ)()む友達。


 大好きなポテトフライと映画。傷心の身でそんな誘惑に到底耐えられるはずもなく、気づくと行く、と答えていた。


 なんてチョロい女なのだろう、私は。だから、あの人に相手にされなかったのかな。


 肌寒い夜に考えることなのか。いや、逆に身体に()()る冷たい夜風がこんな思考を誘うのか。


 そんなことを考えているうちに目的地についた。


 入る? 入らない? 逃げる? 色々な選択肢があるかもしれない。今ならまだ引き返せるかも。そう思っているうちにいつの間にやら意識を失っていた。


 起きるとそこには一つのポーチ。まあ、いわゆる泥酔か。にしても他所他人(よそびと)のカバンを無断で持って帰るなんて。


 あの日のことは僕も鮮明に覚えている。あの日は、僕の彼女の誕生日。


 約束して。次の誕生日には忘れられない体験を頂戴。レストランじゃなくて、近くのファミレスで充分だよ。でもどんな形でもいいから、何か記憶に残ることをしよう。


 普段はあまりお願いなんて言わない彼女が少し僕を頼ってくれているのは快感だった。


 彼女の唯一無二の希望だから、(かな)えてあげよう。不老不死の薬なんてものはないし、瞬間移動の術なんてものは(ばく)だし。最近話題のアレなんてどうだろう。


 オークションで必ずといってはいいくらい売れ残っている、ポーチをあげるのがいいかもしれない。


 どうやら前の所有者は、そのポーチを持ってから億万長者になったとか。その前の所有者は、ポーチを手に入れてから、数日後には自殺したらしい。


 このポーチを手にした人の命運は、その人次第。所有者の潜在能力を伸ばしてくれるようだ。


 自殺している人もいるなら、誕生日プレゼントには不向きかもしれない。ただ、スリルや心霊体験など、僕が嫌いなことを好んでいる彼女にとったら、ぴったりだ。


 価格はもちろん、一円。悩んだ末、買うことにした。彼女に危険が及びそうになったら、ポーチを手放しさえすれば良いのだから。行きつけのおいしい酒場で美酒とともに渡そう。


 今回の誕生日プレゼントには自信がある。最近少し憂鬱な顔をしていることが多い彼女に満面の笑みをあげたい。それから、彼女自身の美しい将来を。


 料理を食べたら、何をしようかな。僕たちが一緒にみたあの映画の最新作でも一緒にみるのも良いだろう。


 焼酎お代わり。いつもの佐藤で。何て言った。いつもの佐藤、一つ。厨房(ちゅうぼう)は何をしている。早く3番テーブルにお通しだして。行動が遅い。


 そんな怒号の飛び交う行きつけの居酒屋は、なぜか居心地(いごこち)がいい。珍しく調味料が一つも置かれていない俺の席の周りは、今日はなぜだか静まり返っていた。


 ここに着いてから様子がおかしいな。彼女がはしゃいでいるのは、計算内だ。


 少しいつもと違うところといえば、いつもより幾ばくか低い声色も見たことのない妖艶なとろんとした目。


 俺は溺れてしまいそうだった。(みょう)な静寂が俺をおかしくしているのだろう。


 闇に()われそうな恐ろしさに、俺らは急いで帰ることにした。


 ポーチを忘れてますよと電話がかかってきた翌朝、僕の隣で横になっていた彼女の胸元にはポーチがあった。


 わたしは誰だ?ここはどこ?最後に人の声を聞いたのは、武士のいたあの時代だ。人はその時代を鎌倉時代と呼ぶようだ。


 私の目の前には、湯気の立った食欲をそそるような皿がいくつも並んでいる。斬り合っていたあの時代では見たこともないような料理に興味が湧いて、一心不乱に食べた。


 何という名前の料理なのだろう。隣には見覚えのある旧友がいるのには安心した。


 どうやら流血の心配も飢餓の心配もなさそうだし、状況は全くもって読めないが、ここに永遠にいたい。ずっといられるなら、何でもしよう。所詮流動的なのだから。捨てられるかも分からない命なのだから。


 私を連れ帰ってくれなかったことは悲しかったが、二人とも私の存在に驚いているのは少し(うれ)しかった。自らに価値を見出せた一時(ひととき)だった。


 あの男の呼ぶ声に一瞬懐かしさを覚えたような気がした。あの女は誰? 私にとってどんな存在? 私に気づいている?


 時計の針は11:11を指している。今日は特別な日だ。部屋には見知らぬ女の人がいた。あなたは誰? 

 そう言いかけた私の唇をそっと奪っていった。さっきまでいたはずの男の気配は今はもうない。


 ふと寂しくなった私はあなたを強く抱きしめた。絶望を感じていた世の中に希望を与えてくれた気がしたのだ。


 気づくとそのポーチは跡形もなくなっていた。どこにあるのか、そもそも存在していたのかも分からないが、今の私には必要のないものだ。


 囲いこめる自信がない。もう今は一人(ひとり)じゃないのだから。

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