31話 屋台のオヤジと探検④
屋台のオヤジが動かなくなってしまってから1分は確実に過ぎた。
風に揺られる草と葉の音だけが耳にきこえる。
………。
………まさか、聞こえていないなんてことはないですよね。
私は疑問になった。
もしかしたらという思いもあって、もう一度訊ねた。
今度は聞こえるような大きな声で。
「ど「ちょっとまった!お嬢ちゃん!」」
微動だにしなかった屋台のオヤジが慌てた様に大きなリアクションをしている。
そんなに慌てなくてもいいのに。
「お嬢ちゃん!!まだお嬢ちゃんみたいな子供がそんなこと言っては駄目だ!!」
「……それはど「駄目だ!!」」
間入れずに屋台のオヤジは私の声をかき消す様に大声で応える。屋台のオヤジの額には先ほどまではなかった汗が浮き出ていた。
私はその様にほんの少しの罪悪感が胸を刺した。
だから屋台のオヤジの言うことをちょっとだけ聞いてあげようかなと思った。
「わかりました。もうその単語は使いません。」
屋台のオヤジは私の言葉を聞いて『わかってくれたか』というふうに額の汗を拭い、安心仕切った様子で溜め息を零した。
「ブラック・ホールさん。」
屋台のオヤジは私が初めて名前を呼んだ事に始めは驚いた顔をしたが直ぐに優しい笑顔で応えてくれた。
ただ私がフルネームで呼んだ事に対して「ブラックでいいよ。お嬢ちゃん。」と言ってくれた。
「ブラックさん。」
再度、私が呼び直すとブラックさんは「ブラックだけで良かったんだけどな。」と苦笑いしながらボソッと言っていたが声が小さ過ぎて私には聞こえなかった。
「ブラックさんは今まで女の人とは付き合ったりしたこととかはないんですか?」
直接的な言葉を控え、私は程遠い質問だなと思いながらも初歩的な質問をした。
まあ、実際は別に付き合っていなくてもそういうことは出来るが、この世界の貞操観念が現代と同じくらいに緩いとは町並みからしても思えなかった。そして屋台のオヤジは顔に似合わず、ソレを更に上回る程の貞操観念の硬さだと私は感じている。
決して私の想像だけではないだろう。
屋台のオヤジは『童貞』という言葉だけでココまで焦ったのだから、これはもう初歩の初歩から攻めていくしかないだろう。
道のりは長そうだ………。
「俺みたいな歳で女と付き合ったことが無い奴の方が稀なんじゃないか?」
「……そうですよね。」
………だったら名前ぐらいで狼狽えるなよ!
と屋台のオヤジが今まで親切にしてくれてなければツッコミたかった。
「でしたら、その女性のことも名前で呼んでたんですよね?」
まさか屋台のオヤジに限って『彼女』や『女』じゃないですよね?
「当たり前だろ?」
「……ですよね。」
そんな困ったような顔をしないでクダサイ。
私だってこんな質問をしたくてしてるんじゃないんですから!!
貴方が冷や汗を掻いてまで慌てるから私も遠回りをしているのではありませんか!!
直接に童貞かどうかと聞けるのならこんなまどろっこしい質問なんてしませんよ!
「じゃあ、その女性とは結婚したのですか?」
「……いや。」
「ですよね。」
いくら何でもそんなこと出来るわけ無いですよね。と暗に聞いた。
屋台のオヤジの年齢からすれば恋人の2人や3人はいて当たり前だろう。その人達、皆さんと結婚していたら犯罪ですよね。いくら異世界でも。
まぁ、例外は無くもないですが。
例えば恋人と結婚して妻が死ぬ、でもって後妻を娶ってまたまた死ぬと繰り返していけば何人もの女性と付き合って結婚していくことができる。
だが妻になった女性がそんなに度々に死んでいくのはどう考えてもおかしい。
偶然にしては怪しいといえる。
その男、もとい屋台のオヤジが不幸の星の下に生まれたとかでは明らかに説明が付かないだろう。
寧ろ、暗殺されていると考えたほうが自然だ。
まぁ、暗殺の場合は何故という疑問が残るが今はそんな考えはどうでもいい。
それよりもそんな男と結婚してくれる女性は果たしているのだろうか?
暗殺されるかもしれないのに?
私だったら速攻お断りだ。
それでも結婚してくれる女性がいるということなのだから世の中は凄い。
それとも異世界の女性は純粋培養なのか?
『暗殺?そんなこと在るわけないじゃない。』くらいの純粋さなのか?
それとも寧ろ考えつかないのかもしれない。
純粋さ故に…
「因みに、ブラックさんにお聞きしますが今までご結婚されたことは?」
「……お嬢ちゃん、何が聞きたいんだ?」
「ご結婚の経験は?」
「無いが…。」
「そうですか。」
それは良かったと安著した。
これで暗殺疑惑は消え、屋台のオヤジの困惑と共に話は振り出しに戻った。
まだまだ探検に行くまでには長いようです。
何時になったら探検できるのやらです。