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うわさの花子さん

作者: ウォーカー

 人の仲というものは、ちょっとしたきっかけで壊れてしまうもの。

ここに、とても仲が良い二人の女子中学生がいた。

智子ともこひとみの二人の付き合いは、中学校に入ってから。

大人しい智子に対して、瞳の方は活発な性格。

ちょっとひねくれてるのは似ているかも。

二人は正反対の性格ながらも、すぐに打ち解けあった。

やがて生涯の親友になるであろうことを予感させるものだった。

智子と瞳、何をするにも二人一緒。

ところが、そんな二人の仲に亀裂が入る出来事が起こった。


 喧嘩のきっかけが何だったのか、今では誰も思い出せない。

何気ないやり取りの上だったような気がする。

ほんのちょっとした行き違いが、やがて大きな不満を生み出し、

智子と瞳は本格的な喧嘩に突入してしまった。

喧嘩とはいえ取っ組み合いをするわけではなく、

お互いに口も利かず相手を見ようともしないだけ。

しかしそういう喧嘩の方が、長引くことになって仲直りも難しくなる。

日を経るに従って、智子と瞳の二人はどんどん疎遠になっていった。


 先に折れたのは、大人しい智子の方だった。

「瞳ったら、いつまで意地を張ってるつもりなの。

 悪いのは瞳なんだから、さっさと謝りにくればいいのに。」

ひねくれものの智子は、絶対に自分から謝りに行こうとはしない。

喧嘩は嫌、でも謝るなら瞳から謝って欲しい。

だから、小細工をすることにした。

智子は、瞳の悪いうわさを学校で流すことにした。

「ねぇねぇ、知ってる?瞳って、すっごく性格が悪くてね・・・」

「内緒話にして欲しいんだけど、瞳って実はね・・・」

そんな風に、悪いうわさを広めていけば、

いずれいたたまれなくなった瞳は謝りに来るだろう。

そう思ったのだが、しかし事態は智子の思う通りにはならなかった。

元から少ない瞳の悪いうわさを、自分一人で流すには無理がある。

「聞いた?瞳ちゃんのうわさ。」

「知ってる。あれ話してるの、智子ちゃんだけだよね。」

うわさを聞いた他の生徒たちの反応はこんな様子で、

瞳の悪いうわさが立つどころか、

返って智子自身の悪いうわさが立ってしまった。

「やっぱり、うわさを一人で流すなんて無理か。

 誰か手伝ってくれる人はいないかなぁ。」

いつも隣にいてくれた瞳の存在が恋しい。

いかんいかんと智子は頭を振る。

これは瞳を謝らせるためのいたずらなのだから。

手伝ってもらうにしても、誰か他の人でなければ。

すると、智子しかいないはずの教室に人の気配が。

振り返るとそこに、いつの間にか一人の女子生徒が立っていた。

「わたしが手伝ってあげようか?」


 「わたし、花子って言うの。よろしくね。」

話しかけてきたその女子生徒と、智子は面識はなかった。

でも、うわさでは聞いたことがある。

いたずら好きの花子さん。

確かそんな名前だったはずと、智子は思い出していた。

この学校には、いたずら好きの花子さんという子がいる。

学年やクラスはよく知らないが、花子さんはいたずらが大好きで、

外見は中学生とは思えないほど小さくて幼い姿なのだという。

今、目の前に立っている生徒は、確かにその特徴と合っている。

いたずら好きで評判の子なら、力になってくれるかも。

智子は期待を胸に花子さんの言葉に答えた。

「花子さん、でいいんだよね。

 花子さんは、私のいたずらの手伝いをしてくれるの?」

「うん、いいよ。」

花子さんは笑顔でぴょこんと頷いて見せた。

智子は思う。

花子さんのことは、うわさには聞けども、

学年やクラスはよく知らない程度の関係。

きっと同じクラスの他の生徒たちも、

花子さんの顔を知っている生徒など少ないことだろう。

学校では、学年やクラスが違えば、遠い世界なのだから。

そんな子が瞳の悪いうわさを流してくれたら、

自分の存在を隠してうわさを流すことができるかもしれない。

智子の決心は固まった。

花子さんに相談する。

「えっと、ある人の悪いうわさを流して欲しいの。

 その人の名前は瞳って言うんだけどね、私の友達で・・・」

そうして智子は、自分の姿を隠して瞳の悪いうわさを流すべく、

いたずら好きの花子さんに作戦を説明していった。

説明を聞く間、花子さんは目をらんらんと輝かせていた。


 それから数日後。

学校では、瞳の悪いうわさが流れていた。

「ねぇ、聞いた?瞳さん、人の宿題を写したんだって。」

「私が聞いた話では、給食を盗み食いしたって。」

「誰が言い出したのかはしらないんだけどね・・・」

智子の企み通り、うわさの出処が智子であることは伏せたまま、

瞳の悪いうわさは順調に広まっていった。

自分の悪評が広まっているのに、しかし当の瞳は動じていなかった。

当然、瞳は智子のところに謝りに来る気配もない。

それが癪に障って、智子は瞳の悪いうわさを流し続けた。

うわさを流すのは簡単。

誰もいない教室で、花子さんに頼めばいい。

いたずら好きの花子さんは評判通り、

うわさを流すといういたずらを上手にやってのけてくれた。

しかしそれは少々、上手くやりすぎてしまったようだ。

瞳の悪いうわさは、当初の予想を超えて拡大していった。

「聞いた?瞳さん、校則違反で職員室に呼び出しされたんだって。」

「これはうわさなんだけど、瞳さんが、他校の生徒と事件を起こしたって。」

全ては根拠のないうわさに過ぎない。

しかし根拠のないうわさも、拡大すればやがて事実として扱われるようになる。

智子がこっそり瞳の様子を伺うと、やはり少し堪えたようで、表情は冴えない。

寂しそうに俯く瞳を見るのが、智子にはいたたまれない。

だから、誰もいない教室で、花子さんに言った。

「花子さん、もううわさは流さなくていいよ。

 瞳の悪いうわさは、これでおしまい。」

智子の指示に、しかし花子さんはケロッとしていた。

「うわさは終わらないよ。まだいたずらは終わってないもの。」

「どうして?私の言うことを聞いて!」

「花子はちゃんと言うこと聞いてるもん。」

智子と花子さんの話は堂々巡り。

どうやら花子さんはまだいたずらを止めるつもりはないようだ。

だから、智子は自分から行動することにした。

これ以上、大好きな瞳を傷つけないために。


 その日、学校の授業が全て終わった後。

智子は教壇に上ると、帰り支度をしている生徒たちに向かって言った。

「みんな、聞いて欲しいことがあるの!

 最近うわさになっている、瞳の悪いうわさなんだけど、あれは全部嘘なの。

 私が、喧嘩してる瞳と仲直りしたくて、でも自分からは謝り難くて、

 だから瞳の方から謝ってくれるように、いたずらしたの。

 瞳の悪いうわさは全部嘘。瞳は何も悪いことはしていない。

 だから、みんな、うわさのことは忘れて。

 全部、私のせいです。ごめんなさい。」

教壇の上で頭を下げる智子の姿に、教室に居合わせた生徒たちは、

何事かと呆気に取られた後、ほっとした笑顔になった。

「なあんだ、そうだったんだ。」

「急に瞳さんのうわさばかり話題になって、おかしいと思ってたんだよね。」

「自分から謝ったんだもの。瞳さんも許してくれるよ。」

「後は智子さんと瞳さんの二人で、仲良くね。」

事情を理解した生徒たちは、智子のいたずらを許して、教室を後にした。

教室には智子と瞳の二人だけが残されていた。


 智子と瞳、教室には二人だけ。

静まり返った教室で、智子は瞳に駆け寄って頭を下げた。

「瞳、ごめん!

 いくらいたずらとはいえ、悪いうわさを流しちゃって。

 私、私、どうしたら・・・。」

むっつりと黙る瞳の前で、智子は目を潤ませておろおろとしている。

するとそれを見て吹き出したのは、瞳だった。

「ぷっ、あっははははは!

 そんなことで泣かないでよ、智子。

 あんたはいっつも大袈裟なんだから。」

「でも、だって、悪いのは私だから・・・」

すると瞳は、いたずらっぽくウインクしてみせた。

「悪いのは智子だけじゃない、あたしもだよ。

 智子、あんた、あたしの悪いうわさを流すのに、花子さんに頼んだでしょ?

 あたし、途中からそれに気が付いて、あたしも花子さんに頼んだの。

 あたしが花子さんに頼んだのは、

 智子が花子さんに指示したいたずらを止めないで続けること。

 そうしてあたしの悪いうわさが大きくなっていけば、

 性根のいいあんたなら、いずれ自分から折れるって確信してたからね。

 親友の観察眼は、あなどれないんだぞ。」

けらけらと笑って見せる瞳。

すると事情を理解した智子は、顔を赤くして泣き笑いになった。

「なんだ、そういうことだったんだ。

 だから花子さんはうわさを流すいたずらを止めなかったのね。

 瞳が追加でお願いしてたから。

 瞳も意地が悪いよ。自分で自分の悪いうわさを流すなんて。

 もしも大事になっていたら、どうするつもりだったの?」

「そんなことにはならないって確信してるもん。

 智子があたしのことを本気で傷つけるわけがないって。」

どちらからともなく、仲直りの握手をする智子と瞳。

もうどちらが原因だとかはどうでもいい。

こうして親友同士でまた一緒にやっていこう。

口では言わずとも、智子と瞳の二人の目がそう語り合っていた。

するとそこに、もう一人の仕掛け人が現れた。

花子さんだった。


 智子と瞳の喧嘩は、こうして無事に和解することができた。

するとそこに現れたのは、いたずら好きの花子さん。

花子さんはにこにこと笑顔で、智子と瞳を見上げていた。

「おねえちゃんたち、仲直りできたんだね。よかった。

 これでもう、花子はうわさを流す必要はないね。」

「うん、そうだね。いたずらはこれでお終い。

 花子さんにも迷惑かけちゃったね。」

「花子さん、どうしてあたしたち二人のいたずらに付き合ってくれたの?

 二人分もうわさを流すなんて、大変だったでしょう?」

すまなそうにする智子と瞳に、花子さんは笑顔で答えた。

「それはね、いたずらは、最後はみんなで笑顔になる方が楽しいから。

 だから、おねえちゃんたちが仲直りできるまで続けたの。

 それにね、花子はね、うわさを流すのには慣れてるんだ。」

「うわさを流すのに慣れている?」

「例えば、どんなうわさ?」

すると花子さんは、その小さな体をふわっと浮かべて言った。

「花子が流してるのはね、わたし自身のうわさ。

 この学校のみんなは、学校にいる間は、花子のことを覚えてる。

 でも、学校を卒業したらみんな、花子のことは忘れちゃう。

 だから、わたしはみんなに花子のことを覚えていて欲しいから、

 いつもうわさを流してるの。いたずら好きの花子のうわさを。

 智子も瞳も、わたしのこと、ずっと忘れないでね。」

花子さんは学年もクラスもわからない。

それなのに、いたずら好きの花子さんという名前だけは有名だったのは、

花子さんが自ら自分のうわさを流しているからだった。

「どうりで、うわさを流すなんていたずらが上手かったわけだね。」

「このことは忘れずに覚えておこう。少なくとも、あたしたち二人は。」

教室の宙に消えゆく花子さんの姿を、

智子と瞳は離した手を再び握りあったまま、静かに見送っていた。



終わり。


 どんなに仲が良い友人でも、時には喧嘩をしてしまうもの。

意地の張り合いになってしまうと、謝るのも難しい。

そこで今回は、いたずら好きの花子さんに、

うわさを流して助けてもらいました。


実際には、喧嘩の相手の悪い噂を流して追い込むよりも、

自分が仲直りしたがっているといううわさを流した方が、

穏便で効果的かも知れません。

人がうわさを制御できるとすれば、ですが。


お読み頂きありがとうございました。


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