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◇馬車の中(ジェイン視点)

◆ジェイン視点


「父上、いい加減にその緩んだ顔をなんとかしてくれ」


 バークレイ侯爵邸から屋敷に戻る馬車の中、ジェインは向かいに座る初老の男、父レイヴィスのニヤニヤ顔にうんざりしていた。


「緩んでなどおらんぞ。ワシの顔はいつもこんなもんじゃ」

「そうですか。まあ、私は約束さえ果たされればそれで良いが」


 そう言いながら、先程の侯爵邸で見たヒスカリアのことを思い出す。


(果たしてあのみすぼらしい娘に公爵夫人としての任が務まるのだろうか……)


「はあ……」

「ため息か。婚約が決まったばかりだというのに辛気臭いのぅ」


 そう言いながら、ニヤけていたレイヴィスは怪訝そうに息子を見る。


「当然だろう。古傷の治りを見るに、魔力持ちなのは確実だが、教育はまるで施されていない! 彼女は公爵夫人になるんだぞ?」


「だがそれは彼女のせいではないじゃろ? 彼女に非はない。むしろ、婚約者を長年放置したワシやお前にも責任がある。彼女を支えてやるのは夫となるお前の務めじゃ」


 レイヴィスは不満を爆発させたジェインに、諭すように言葉をかける。

 けれどジェインは不服そうに言い返す。


「私に彼女の尻拭いをしろと? いっそ、屋敷に閉じこもって社交など一切しないでもらった方がまだマシだ」

「まあ、それも良かろう」


 怒られると思って発言したにもかかわらず、予想外の言葉が返ってきたことに思わず目を見開く。


「良い、のか?」

「ああ。別にお前は政治の中枢で栄華を極めたいわけでもあるまい?」

「はあ……」


 なんだか調子が狂う。


「それに、既にお前には魔法公爵と呼ばれるほどの地位も名誉もある。上を目指さないのであれば、社交などしなくて良いしのぅ。どうせ今までも、オリビアが亡くなってからしていないんじゃ」


 オリビア――母の名前がサラッと出してきたことに、ジェインは驚いた。


 確かに彼女が亡くなってから、二人は王家主催のもの以外、社交の場には一切出ていない。

 

 ヴァルガス家は王家に連なる五大公爵家。

 他の貴族に媚を売る必要など全くない。

 婚約者も既にいるジェインにとって出る必要がなかったのだ。


 その上、宰相になりたいだとか、国のためにできることをしたいだとか、そんな願望もない。

 顔や名前は既に知られている。


 だがしかし……。


「普通の社交はよくても、五大公爵家の面々にはそういうわけにいかないだろう……」


 うんざりとした表情でジェインは父を見る。


 ジェインやレイヴィスにとって、他の五大公爵家は血の繋がった親族のようなものだ。

 そのため、五大公爵家主催のお茶会や舞踏会なども特に出席してこなかった。


 けれど、ヒスカリアはそういう訳にはいかない。


「確かに厄介じゃな……」

「ああ。特に叔母上たちが面倒だ」


「ファーレン公爵家とリヴァイス公爵家か……」


 コクリと頷き、二人揃って大きなため息をつく。

 そうして、肩をガックリ落として項垂れる。


「あの二家はお前への執着が酷いからな……特にファーレンの娘じゃな」

「ああ。カナリアは第二王子との婚約を拒み続けていると聞いている」

「こちらの事情を知ってるくせに、面倒な……どうせセドナも噛んでいるに違いない。まったく……」


 セドナ・ファーレン――ファーレン公爵夫人は、レイヴィスにとってはいつまでたっても我儘な妹に映っているのだろう。


 面倒と言いながらも仕方がないなという甘さが透けて見える。


 カナリアもそんな妹の娘、つまりレイヴィスにとっては可愛い姪っ子なのだ。



 五大公爵家にとって魔力はそのまま家の力を表す。


 王家の始祖である大魔法士に近いと言われるジェインの魔力は、どの家からも羨ましい存在だ。


 その上、令嬢たちから騒がれる容姿を持つジェインは、一般の貴族令嬢はもちろんのこと、歳の近い五大公爵家の娘たちからも憧れの対象となっていた。


「まあそれも、私がヒスカリア嬢と正式に婚約すれば落ち着くだろう」

「そう願うがな……あいつは昔からお前が絡むと人一倍うるさい。お嬢ちゃんが標的にならないとい」

「絶対標的になるな」


 食い気味にジェインが返すと、レイヴィスはやれやれと肩をすくめた。


「ジェイン、お前のせいでもあるんだからな。お嬢ちゃんをちゃんと守ってやるんじゃぞ」


「……まあ、少しくらいなら」

「少しじゃなく、ちゃんと守るんじゃ!」

「はあ……面倒だな」


「一応セドナのほうはワシが釘を刺しておく。さすがに少しは変わるじゃろう」

「そう願う」


 横柄な態度のまま、ジェインは窓の外を眺めため息をつく。

 ジェインにとってこの魔力は正直忌まわしい力なのだ。


「魔力なんて……あったところで必要な時に役に立たないなら意味がないというのに」

「そうじゃな」


 力なく呟いたジェインに、レイヴィスは寂しそうに彼を見つめ、優しくそう頷いた。


 黙ったままずっと夕陽に色づいていく窓の外の景色を眺めるジェインを、寂しそうにレイヴィスはただ見つめていた。


 すると突然、ジェインの着けていたペンダントが強い光を放つ。


「!」


 二人は同時に顔を見合わせる。


「いくら何でも早すぎだろう……」

「まさか当日の、しかも公爵領に着く前とわな。なかなかあのお嬢ちゃんも、思った以上に不憫な環境で育っておるようじゃな……」


 そう言いながら二人そろって大きなため息を落とす。


 これから先が思いやられる。


「その光り様じゃとのんびりしている時間はなさそうじゃな。早く行ってやらねばまずいのではないか?」


 レイヴィスにせっつかれたジェインは御者に声を掛けると、嫌そうな顔をしながら、魔法陣を展開し始める。


「ちょっと待て、お前、その魔法陣は……」

「何か文句でも?」


 さも当然という表情で返すジェインに、「仕方がないのぉ」と言いながら、レイヴィスは展開された魔法陣に手を翳す。


 次の瞬間、馬車の中から二人の姿は消えていた――。


お読みいただきありがとうございます。

本当はそのまま侯爵家父娘の大暴走の続き……と思ったのですが、実は先にこちらの公爵視点を書いていたため、そのまま入れることにしました。

次回は公爵様が面倒そうにお怒りな予定です。お楽しみいただけますと幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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