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◇夢と現実

 ヴァルガス公爵一行の馬車を見送った後、侯爵邸の玄関には、呆然と立ち尽くすヒスカリアがいた。


 自らに起きた出来事が信じられず、思わず頬を触って確認してしまう。


「傷痕はなくなったままだわ……やっぱりこれは現実なの?」


 頬を撫でながら恍惚とした表情で目を閉じる。


 先ほどの魔法は現実だったのだ。

 ということは、さっき言われたこれからのことも現実なのだろう。


 今までずっと、諦めるしかないと、虐げられるのは運命なんだと思っていた。

 公爵様の人柄がわからない現状では、どんな未来が待っているのかはわからない。


 けれど、今までよりはマシになりそうな、そんな気がする。


 不安な気持ちを落ち着かせ、ゆっくり目を開けると、視界の端に手を揉みながら、ヒスカリアの様子を伺う叔父アリストの姿があった。


 今まで散々ヒスカリアを虐げて来たのだ。

 公爵様の姿がない今、再びどんなことをしてくるかわからない。

 ヒスカリアは警戒心をあらわに、アリストをじっと見た。


 すると叔父は、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながらヒスカリアに近づき声をかける。


「ヒスカリア。……その、外にいたままだと冷えてしまうだろう? 屋敷に入らないか?」


 今まで叔父から気遣う言葉などかけられたことのないヒスカリアは、一瞬何を言われたのかがわからなかった。

 聞き慣れない猫撫で声に、背筋に気持ちの悪い感覚が走る。


「い、今何かおっしゃいましたか……?」


 恐る恐る尋ねるヒスカリアに、アリストはさらに気持ちの悪い笑みを浮かべる。


 その笑みを見たヒスカリアの脳裏に、今までのアリストから受けた言葉が蘇る。


 こうなったのは全てお前のせいだと責められるかもしれない。

 下手をしたらぶたれるかもしれない……。


 再びアリストの口が開くと同時にヒスカリアはギュッと目を瞑って身構えた。


「屋敷に入らないかと声を掛けたのだ。このままだと体が冷えてしまうだろう?」


 けれど、思っていたような言葉は飛んでこず、目の前の叔父は媚を売るような仕草で気持ちの悪い笑みを向け続けている。


 硬直するヒスカリアに、アリストはさらに笑みを深めて、屋敷に入るよう手招いた。


「は、はい。申し訳ありません……」


 気持ち悪さを感じながらも、いつもの癖から謝りながら屋敷に入る。

 アリストは、屋敷に入るなり控えていた家令に指示を出し、ヒスカリアを再び応接室へといざなった。



 応接室に入ると、先ほどまで居たはずの夫人とミリアの姿がそこにはなかった。


 アリストとヒスカリアは向かい合ってソファーに腰掛ける。


「ヒスカリア。その……公爵様のおっしゃっていたことだが……いや、その、なんだ……」


 いかにも切り出しづらそうにまごつくアリストに対し、ヒスカリアも、怒られるのを恐れてずっと身構えている。


 そこへ家令が紅茶とケーキの載ったワゴンを押しながら部屋へ入って来た。

 テーブルの上に、お茶のセットが並べられていく。


 祖父が亡くなって以来、そんな優雅なものとは無縁になっていたヒスカリアは、自分に差し出されたケーキをじっと見つめる。


「さ、さあ、体も冷えているだろう。紅茶でも飲んで暖まりなさい。ケーキも食べなさい」

「え? 私が食べても良いのですか?」


「も、もちろんだとも……その、食べながらで良い。私の話を聞いてくれないだろうか?」

「叔父様のお話……」


 思わず顔が綻んだのも束の間、ケーキから顔を上げ、おもむろにアリストを見据える。


 問い詰めているつもりはないけれど、後ろめたいことがあり過ぎるアリストにとって、その視線は十分過ぎるものだった。


 慌てたアリストは、声を裏返しながら必死に言い訳を始める。


「し、仕方がなかったんだ。せっかく侯爵を継ぐことになったのに、中継ぎだなんて……妻や娘になんて言えばいいんだ? それに、私自身の信用はどうなる!?」


(中継ぎを隠すことと、私を虐げていたことにどう関係があるのかしら?)


 必死に訴え続けるアリストを前に、ヒスカリアは冷静にそう思った。

 無反応なヒスカリアに、アリストはさらに強く訴え続ける。


「だから仕方がなかったんだ! それはわかるだろう?」

「……」


 正しいことをしていないことはわかっているものの、なんと答えれば良いのかわからないヒスカリアは黙ってお茶を飲む。


 その動作に無視をされたと思いこんだアリストは、急に立ち上がると、テーブルをバンッと叩いた。


「お前だって、私が継がなければ路頭に迷っていたんだぞ! 置いてやっただけ有り難いと思え!」


(殴られる……!)


 その途端、強く身構えたヒスカリアはカップを落とし、ガクガクと震える。


「熱いっ」


 飲みきれていなかった温かい紅茶が、ヒスカリアのお仕着せのエプロンを茶色く染める。


「火傷はされていませんか? ひとまずこちらを」


 家令が慌てて駆け寄り、拭くものを差し出した。

 その様子をアリストは、やってしまった……と青ざめた表情で見つめる。


 けれど、怯え切って家令が差し出す布さえ受け取れずにいるヒスカリア。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 習慣とは恐ろしいもので、ヒスカリアは条件反射に近い反応で、下を向いて謝罪の言葉を唱え始めてしまった。


(やっぱり状況が変わることなんてないのだわ……)


 ヒスカリアの反応に、先ほどとは違う笑みを浮かべたアリストは、急に手のひらを返すように強気に罵倒し始める。


「そら見ろ。傷がなくなったところで、お前みたいな厄介者に公爵夫人など務まるわけがないのだ! それこそ、バークレイ家の恥だ! 公爵は何か勘違いされているに違いない!」


「その通りですわ!」


 アリストの強い罵倒に呼応するかのように、応接室の扉がバンッ!と勢いよく開いた。


 するとそこには、父親と同様に不敵な笑みを浮かべるミリアの姿があった――。


お読みいただきありがとうございます。

10年で植え付けられたものはなかなか変えられない、という回でした。

次回は侯爵父娘が大暴れの予定です。次回もお楽しみいただけますと幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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