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◆番外編 ドレス選び

番外編二つ目です。

エピローグの前日譚になります。

よろしくお願いいたします。

 明日はいよいよ王宮での舞踏会。

 ヒスカリアにとって社交界デビューの日である。


 この日のためにと仕立て屋のマダム、グレイスに相応しいドレスをお願いしていたのだが……。

 なぜか大量に届いてしまったドレスを前に、ヒスカリアは困惑していた。


「たしか夜会用の、デビューに相応しいドレスは二着お願いしていたはずなのに……なぜこんなにもあるのかしら?」


 この国で社交界デビューをする者は純白のドレスを着る習慣がある。デビュー後も純白を着る人はいるにはいるが、それは婚約者がいない場合に限られる。

 ジェインという立派な婚約者がいるヒスカリアにとって、今回の社交界デビューの一度きりのドレスになるため、マダムには予備を含めた二着しかお願いしなかったのだ。


 けれど、目の前には十着はくだらない量の純白のドレスがところ狭しと並んでいる。


「一体どうしてこんなことに……」


 マダムから分厚いカタログを見せられた上、悩みに悩んで決めた二着だったはず。


 確かに魅力的なデザインばかりで目移りはしたものの、最終的にはカタログのものではなく、カタログのものを参考に、その場でマダムが描き下ろしてくれたものに決定したのだ。


 ドレスを前に首をかしげ、しばらく考え込むヒスカリア。


 すると――


「ちゃんと間に合ったようだな。さすがマダムだ」

「え……!?」


 ヒスカリアが声のする方を振り向くと、すぐそばでドレスを眺めながら微笑むジェインの姿があった。


「ジェイン様!? おどかさないでください!」

「驚かすつもりはなかったんだが。それに何度もノックしたんだがな……」


 突然真横に現れたジェインに驚き、苦言を呈すヒスカリアに、申し訳なさそうな答えが返ってくる。

 すると扉近くに控えていたエマが、気まずそうにヒスカリアを見つめた。


 どうやらヒスカリアがドレスを前に考え込み、ノックをしても全く反応がなかったため、見かねたエマが扉を開けたらしい。


「申し訳ありません。ドレスのことで頭がいっぱいで……」

「いや、別に構わない。何をそんなに難しそうに考え込んでいたんだ?」

「いえ、その、二着しか頼んでいなかったはずなのですが、なぜか今朝追加で大量に届いたらしくて……」

「そうか、今朝届いたのか。間に合って何よりだ」


 なぜか満足そうにドレスを眺めながらジェインが発した言葉に、ヒスカリアは思わず目を瞬かせる。


「え? もしかして、ジェイン様が追加で注文されたのですか!?」

「ああ、そうだ」


 即答するジェインに返す言葉が出てこない。


 しかもその表情は、困惑しているヒスカリアとは反対に、悪戯が成功した子供のように、なんだかとても楽しそうだ。


「マダムが置いていったカタログを見ていたら、君が着ているのを見てみたくなってしまって、追加でいくつか注文したんだ。間に合うかどうかは賭けだと言われていたが、さすがマダムだな!」


 満足げに言いながら、ジェインは届いたドレスを確認していく。

 どうやら着せたい順番があるようで、ドレスを眺めながら指折り数えながら並びを入れ替えている。


 その様子にヒスカリアは切り出しづらそうに口を開いた。


「……あの、ジェイン様。デビューは明日の一度しかないですし、私の体は一つです。こんなに必要ありません」

「たくさんある方が自由に選べて良くないか?」


 何を気にしているんだ?と、ジェインが不思議そうに言う。

 無邪気に答えるジェインに、ヒスカリアは困惑しながらも真剣に訴えかけた。


「それに、予備ですら贅沢だと思っているのに、こんなにいただけません!」


 そう言ってドレスを指差すヒスカリアに、ジェインは悪戯っぽく笑うと、ドレスの一枚を手に取り、何やら呪文を囁く。


 すると、一瞬で真っ白なドレスが鮮やかなブルーのドレスに変わった。


「ええ!?」


 口を開けたまま呆けているヒスカリアを見たジェインは、満足げな顔をして、再び呪文を囁く。


 今度は淡いピンクに変わり、しばらくすると元の純白色のドレスに戻った。


「色はいくらでも変えられる。だから別にデビューに限る必要はない。明日のデビューは今の君に一番似合うドレスをこの中から選ぼう」


 呆気に取られたままのヒスカリアをよそに、ジェインはエマの手を借りてドレスを吟味していく。


 ドレスを取っ替え引っ替えあてがいながら、あれも良いこれも良いと考え込むジェイン。

 その様子に、幼い頃、父親がジェインと同じようにヒスカリアのドレスをあれこれ悩みながらあてがっていたことを思い出す。


「ふふふ。私はこのマーメイドドレスが良いです。大人っぽくて素敵だと思いませんか?」


 マダムが描き下ろしてくれた一番お気に入りの一着をジェインの前であてて見せる。


 マーメイドドレスは、オフショルダーになっていて、デコルテのラインが非常に美しく見えるデザインになっている。胸元には小さなダイヤが散りばめられていてキラキラと美しい。


 公爵邸に来てから、侍女たちによって磨き上げられた美しいデコルテをマダムに褒められたのだとヒスカリアが嬉しそうに話す。


 するとジェインは、一瞬目を輝かせ、「良い……」と言いかけたところで、なぜか表情を曇らせた。


「……そのドレスは露出が多すぎではないか? それに体のラインがはっきり見えすぎる。そんな君の艶やかな姿を他の男に晒すのは、どうもいただけない」


 拗ねたようにそう告げるけれど、ジェインの表情からは「見てみたい」という欲がありありと伝わってくる。

 恥ずかしい気持ちはあるものの、ジェインに一番に見てもらいたい思いもある。

 ヒスカリアは迷いながら、言葉を口にした。


「そんなに露出はないと思うのですが……。でも、その、私もまだ袖を通したことがないので、一度着たのを見ていただいて、ご判断いただいても良いですか?」

「あ、ああ」


 心なしかジェインの表情が綻んだ気がした。




(なぜかしら、妙に照れくさいわ。ドレスを見ていただくだけなのに。ジェイン様があんなことおっしゃるから……!)


 心の中で葛藤しながら、ヒスカリアはエマに手伝ってもらい着替えを終えると、鏡に映る自分の姿に不安そうな顔をなる。


「言われてみると、やっぱり露出が多いかしら? ねぇ、エマ、どう思う?」

「とってもお綺麗です!」

「あ、いえ、そうじゃなくて、露出が多いかという話なのだけど……」


 衣装の出来栄えに嬉しそうに答えるエマに、ヒスカリアはそれ以上突っ込むことができず、そのまま隣の部屋で待つジェインの元へと向かった。




「……!」


 ヒスカリアのドレス姿を見たジェインは、目を見張ったまま言葉を失った。しかも、その頬や耳はほんのり赤く染まっている。


「ジェイン様。あの……いかがでしょうか?」


 ジェインの反応に不安を覚え、ヒスカリアが声を掛ける。

 我に戻ったジェインは、少し強引にヒスカリアの腕を掴むと、そのまま引き寄せ、抱きしめた。


「じぇ、ジェイン様……!?」


 さらに慌てるヒスカリアにジェインが顔を寄せると、そっと耳元で囁く。


「綺麗だ。とてもよく似合っている」


(ひ、ひぇ。ジェイン様の色気が……)


「あ、ありがとうございます……」


 甘い言葉を囁かれ、ヒスカリアは真っ赤になりながらお礼を言うと、そのままジェインの肩に顔を埋める。


「だが、やはりこのドレスは露出が多いな。思わず攫いたくなってしまいそうだ」

「そ、そんなこと……」


 ヒスカリアが反応すると同時に、ジェインはヒスカリアの首元にそっと唇を寄せた。


「ひゃっ! ちょっと、ジェイン様!」


 驚いてジタバタするヒスカリアに、ジェインは一旦体を離すと、拗ねたような、困ったような表情をしながら告げる。


「もしどうしても着たいのなら、せめて結婚してからにしてくれ。変な虫がついたら困る」

「変な虫って、そんなのつかないですから……」

「本当にそう思うか?」


 自信なさげに否定するヒスカリアに、ジェインの真剣な眼差しが向けられ、思わず言葉に詰まってしまう。


「まあ、私がそんなもの寄り付かせはしないがな。だが、明日君が注目の的になるのは間違いないだろう」


(私が注目の的に……? そういえば、初めて王宮へ行った時も、貴族の方々が寄って来られて大変だったわね)


「……確かに、ジェイン様の婚約者という意味では注目されてしまいますね……」

「そういう意味ではないが……いやまあ、それもあるだろうな。とにかく、やはり露出は抑えめに、もう少し可愛らしいものにしてはどうだ?」

「可愛らしいもの……」


 せっかく成人して社交界デビューするのだから、大人びた格好をしたかったのにと思いつつも、ジェインの先ほどの拗ねたような顔が頭を過る。


「……では、ジェイン様が選んでください。私がマダムに依頼したドレスはどちらも成人を意識して、少し大人びたものになっているので……」


 もう一着もスレンダーラインのドレスを依頼していたヒスカリアは、ジェイン越しにそのドレスを掲げるエマを見つめる。

 その視線に振り返ってドレスを確認すると、ジェインは大きくため息をついて、首を横に振った。


「却下だ! なぜどちらも袖がないんだ!」

「それは、だから、デコルテを見せたくて……」

「君の言うとおり、私が選ぼう。だがその前に、あれも一度着てみてくれ! 見てみたい!!」


「ええ!?」


 ――そうしてヒスカリアは結局、全てのドレスをジェインの前で着て見せた。


 露出の高いドレスを着るたびに一瞬固まり抱きしめてくるジェインにもだんだん慣れ、二十着を超える頃にはテンションが上がっていたヒスカリアは、抱きしめられる背中に手を回して、気づけば抱き合っていた。


 最後二着まで絞られたドレスをそれぞれ三回も着た後、ようやく明日のドレスは決まった。

 袖にレースが施された上品なプリンセスラインのドレス。

 決まったドレスにアクセサリーなどを合わせ、最終調整を終えると、ジェインは満足そうな笑みを浮かべて微笑み、自身の衣装を詰めると言って、嬉しそうに部屋を出て行った。

 残されたヒスカリアは、すでにクタクタだけれど、自分のドレス選びに必死になってくれるジェインの姿に、胸がじんわりと温かくなっていた。

お読みいただきありがとうございます。

甘々回その2でした。

こちらはエピローグの最後に書いていた前日のドレス選び、こういう話も焦らず本編に挟めたら良かったなと思ったので、番外編で書き下ろしました。

お楽しみいただけていましたら幸いです。

また機会があれば、間のお話や続きのお話を書けたらと思っております。


ブックマークや⭐︎の評価、いいねもありがとうございます!

また続編や番外編、次回作への活力にさせていただけますと幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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