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◇思い出と想い

 ヒスカリアが目覚めると、そこはまだ見慣れない公爵家の自室のベッドだった。

 エマはヒスカリアの名を泣き叫んだ後、ジェインに知らせるべく大慌てで部屋を出ていった。

 残されたヒスカリアは、エマが置いていった水を飲みながら、ぼーっと前を見つめる。


(どれくらい眠っていたのかしら? なんだか頭がとってもクリア……)


 そう思った途端、頭の中に色んなものが急に溢れてくる。

 それは、今まで忘れていた幼い日々の思い出。

 両親の記憶。

 過去の世界へ行っても何も感じなかったあの声が温もりを帯びてヒスカリアの名前を優しく呼ぶ。


「お父様とお母様のお顔が……声が……」


 その優しい声と温かな眼差し、穏やかだった日々の記憶がヒスカリアの心を満たしていく。

 ヒスカリアの誕生日、お父様とお母様の誕生日、祝祭の日、ピクニックにショッピング、初めてヒスカリアがドレスを作った日、初めて領地視察に同行した日、それから、特別ではない普通の日常。

 懐かしいと感じることのできる日々の些細な思い出。


「ふふ……お父様は私が喜ぶと、なんでも与えようとして、お母様にいつも怒られていたわね……」


 様々な思い出がヒスカリアの中を走馬灯のように駆け巡り、彼女の中にゆっくりと収まっていく。

 記憶で満たされきったヒスカリアは、自身が両親たちにとても愛されていたことを噛み締める。


「女神様が言っていた通り、私は両親たちにとても愛されていたのね……」


 想いを噛み締めながら、取り戻した記憶の温もりに思わず終始笑みが溢れる。


 そして、バークレイ侯爵家の秘密を教えてもらった日のことも、記憶の中にしっかりあった。

 魔法を見せながら、ヒスカリアが怖がらないように工夫しながら教えるカリオンとロイド。

 その記憶の中で「死んでしまうと継承ができない」ということも教えられていた。


「だから、お父様は間際に女神様を呼んだのね……」


 記憶を取り戻した上で、過去の世界での出来事を思い出したヒスカリアは、今までに感じたことのない気持ちに襲われる。

 胸が締め付けられるように痛く、瞳からはいつの間にか涙が溢れ出し、頬を伝っていく。

 とめどない涙になす術もなく、ヒスカリアが戸惑っていると部屋の扉が開かれた。


「ヒスカリア! 目が覚めたか!!」


 勢いよく入ってきたジェインは、涙を必死になって拭うヒスカリアに目を見開く。


「どうした!? どこか痛むのか!?」

「あ、いえ、これは……記憶が戻ったのです。それで……」


 戸惑いながら説明しようとするヒスカリアの言葉を遮ると、ジェインはヒスカリアを抱き寄せた。

 突然の行動に、ヒスカリアの涙が引いていく。

 そんなヒスカリアに構うことなく、ジェインは彼女を抱きしめ、それから耳元で優しく囁いた。


「君が無事で良かった……」


 安堵のため息を吐きながら、ジェインはその腕を解く。

 ヒスカリアの中で、ふと女神のあの言葉が過った。


『あやつはお前が思っている以上に、お前のことを大事に思っておるぞ?』


 その言葉を思い出した途端、一気顔が熱を持つのがわかった。


「ヒスカリア、本当に大丈夫か? 顔が赤いようだが……」

「だ、大丈夫です!」

「そ、そうか」


 ヒスカリアの勢いに押されるように、ジェインは思わず頷く。


「ところで、なぜ泣いていた?」

「それは……記憶が戻って、そしたら改めて、もう両親も祖父もいないんだと、痛感させられ、て……」


 話しながら再び目から涙が溢れ出す。


「今まで、泣いたことなんて、なかったのに……あれ? おかしいな――」


 ジェインは今度は自ら歩み寄り、そっと包み込むようにヒスカリアを抱きしめた。

 先ほどのように戸惑うこともなく、ヒスカリアはその温もりに身を委ねる。


「……私……よく考えたら、両親が亡くなった時も、祖父が亡くなった時も、あまり悲しくなくて、泣かなかったんです……なのに、今頃になって……」


 たどたどしく自身の胸元で言葉を絞るヒスカリアを、ジェインは優しく抱きしめる。


「ようやく君の記憶が繋がって、ご両親もほっとなさっているだろう。今は泣きたいだけ泣けばいい」

「ジェイン様……」


 ジェインの優しい囁きに、ヒスカリアはまるで堰を切ったように声を上げて泣き出した。


「私……お父様とお母様のことをやっと思い出したのに……それなのに……」


 もう二度と会うことの叶わない、声を聞くことも、姿を見ることも……。

 思い出を取り戻したと同時に、全てを失った。

 その喪失感を思うと、ジェインはただ黙って彼女を優しく抱きしめ続けたのだった。



 泣き疲れてヒスカリアが眠ってしまった頃、手紙を送っていたベリル侯爵が屋敷を訪れた。

 ジェインは侯爵に事情を全て話し、側妃の罪状を固めるための証拠集めを依頼すると、王宮へと遣いを出した。

 ヒスカリアが目覚め準備が整い次第、王宮へ向かうために――。





 それから二日後、ヒスカリアとジェイン、それにレイヴィスは王宮向かう馬車に揺られていた。


「ヒスカリア、もう大丈夫なのか?」


 ジェインが心配そうに隣に座るヒスカリアに声をかける。


「はい。その、ジェイン様……色々ありがとうございました。私、あのまま眠ってしまって……ご面倒をおかけして申し訳ありませんでした」


「大丈夫であれば問題ない。……女神が私を過去に一緒に連れて行ったのは、そのためだろうしな。君は気にする必要はない。それよりも、王宮に着いたら、私の側を離れないように。いいな?」

「は、はい」


 強い口調で言いながらも、ジェインの視線も声も優しさに満ちている。

 先日までとは明らかに違うジェインの言い方に戸惑いながらも、ヒスカリアはコクコクと頷く。

 そんな二人の様子に、レイヴィスは嬉しそうに声をあげた。


「さらに仲良くなったようでなによりじゃ。良かったのぉ〜ジェイン」

「ち、父上! 揶揄わないでくれ。それに私がヒスカリアを守るのは、どうやら女神の意思でもあるようだからな」


「そうかそうか。のぉジェイン、別に好きな女を守るのに理由なんぞ要らんと思うがな? お前はヒスカリアが好きなんじゃろ?」

「ちょっ、父上! 本人を前になんてことを!?」


 慌てふためくジェインを前に、ヒスカリアは会話の内容がしっかり聞こえていたらしく、つぶらな瞳を見開く。 

「……え? ジェイン様が私を……!?」

「あ、いや、今のは父上の戯言――」


「ジェイン!」


 誤魔化そうとするジェインにレイヴィスが鋭い視線を向ける。


「言える時にきちんと伝えておかないと、必ず後悔することになる。わしのようにはなってからでは遅いんじゃ」


 鋭い視線から徐々に視線を和らげ、ながら微笑む。


 そして、レイヴィスは言い終わると同時にジェインにだけ見えるようウィンクをすると、そのまま自身の周りに結界と認識阻害魔法をかけ、二人からは見えなくなった。

 レイヴィスの気遣いに、ジェインは思わず苦笑いして、それからヒスカリアを見据える。


 何の話をしているのか、自分がそれを聞いても良いのか、期待と不安で様子を伺っていたヒスカリア。

レイヴィスの姿が急に見えなくなり驚きながらも、ジェインに改まって真っ直ぐ見つめられ、無意識に背筋を正した。


「ヒスカリア。私はどうやら君のことが好きらしい……いや、好きだ。君のことが気になって仕方ないし、君のことを守りたい。魔力なんか関係ない。私のそばにいて欲しいんだ」

「ジェイン様……」


 誠実に語るジェインの言葉に、ヒスカリアの胸が熱くなる。


「私も、ジェイン様のことが好きです。……私にとってジェイン様は、初めて信頼できた人……特別な存在なんです」


「そうか……私にとってもヒスカリアは特別な存在だ」


 どちらからともなく手を伸ばし、手を取り合ったところで、認識阻害をかけていたはずのレイヴィスの姿が見え始め、二人は慌てて手を離す。


「なんじゃ。わしに構わず続けてくれて構わんぞ?」

「そう思うなら、もう少し認識阻害をかけていてくれ!」


 ニヤニヤと嬉しそうに言うレイヴィスとジェインのやり取りに、思わずヒスカリアが声を出して笑っていると、馬車は王宮に到着した。


お読みいただきありがとうございます。

ようやくヒスカリアの記憶が戻り、そして、二人の気持ちが通じました。

次は、王宮で最後の総仕上げです。やっと王太子が出てきます。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。


ブックマークや⭐︎の評価、いいねもありがとうございます!

大変励みになっております。

あと1話…と言いたいところなのですが、エピローグ的なお話を含めて残り2話になります。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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