◇日記の封印
ヒスカリアが夫人と共に応接室を訪れると、ちょうどジェインとレイヴィスがお茶をしてくつろいでいるところだった。
なぜか一瞬ヒスカリアを見て固まるジェイン。
不思議に思いながらも、ヒスカリアはソファに案内されると、手に持っていた手帳を机の上に置いた。
ジェインとレイヴィスは、置かれた古い手帳を見つめ、一瞬怪訝そうな顔になる。
そんな二人に応えるように、ヒスカリアが口を開いた。
「ジェイン様、レイヴィス様。祖父の手帳の封印が解けました」
ヒスカリアが手帳を開いて見せると、ジェインとレイヴィスが複雑そうな表情で告げる。
「……やはり、時間魔法で封印されていたのか」
「わしらに解けないのも納得じゃな」
「はい。私の魔力で封印を解くことができたのですが手帳を確認していたらとんでもない疑惑が出てきてしまったのでお二人にもお話をと思い――」
「とんでもない疑惑? ヒスカリア、一体何の疑惑だ?」
思いが急いてしまい、早口で捲し立てるように話すヒスカリアに、ジェインは落ち着かせるよう、ゆっくりと問いかけた。
「この手帳には、あの事故の時期のスケジュールや日記が書かれていたのですが、サマリア夫人の当時のお話と照らし合わせると、あの事故が事故ではない可能性が出てきたのです」
「なんだと!?」
「なんじゃと!?」
ヒスカリアの発言にジェインとレイヴィスは同時に驚きの声を上げる。
ヒスカリアは二人に、さきほど部屋でサマリア夫人から聞いたこと、それに手帳のスケジュールに「マナリア妃謁見」と書かれていたことを伝えた。
すると、ジェインは眉間に深い皺を刻み、ヒスカリアに断ってから手帳を手に取ると、パラパラとめくり始める。
そこでヒスカリアが事故の日を伝えると、その前日に「マナリア妃謁見」の文字を見つけ、さらにその辺りの日記を探っていく。
躊躇なく日記をめくるジェインを、ヒスカリアはただ呆然と見ていた。
なぜならヒスカリアは、スケジュールを確認してすぐにこの部屋に来たため、日記を確認していなかった。
一体どんなことが書かれているのか、それを読んで自分の感情がどうなってしまうのか、不安に思いながらも、ジェインの行動を止めずに見守っていた。
ところが、日記を読みながら、ジェインの顔がどんどん険しいものになっていく。
隣から覗き見ているレイヴィスの表情も険しくなっていくのが見て取れた。
しばらくすると、日記から視線を外したジェインは、ヒスカリアに視線を合わせ、心配そうな声で問いかけた。
「……ヒスカリア、君はこれを読んだのか?」
その問いにヒスカリアがゆっくり首を横に振ると、ジェインはほっとしたような表情になる。
「これは、君は読まない方がいいかもしれない……」
「……そんな恐ろしいことが書かれているのですか?」
「ショックは受ける可能性が高いだろうな」
ジェインの言葉に、ヒスカリアは思わず息を吐く。
読みたい気持ちも強いけれど、それ以上に怖い気持ちのほうが勝っていたヒスカリアは、先にジェインが確認してくれたことに、ほんの少し安堵していた。
「掻い摘んで話すが……どうやら前侯爵は、マナリア妃から君と私の縁談を取り消すよう脅されていたようだ」
「脅されて!?」
ヒスカリアと同じく、驚きの表情でサマリア夫人が同時に声を上げる。
「だからロイド様はあの日あのようなことを……」
「一体何で脅されていたのですか!?」
一言呟いて考え込む夫人に対し、ヒスカリアは驚いた勢いのまま、理由を問う。
その勢いに一瞬たじろいだジェインは、言葉を選ぶように続けた。
「……君たち親子の命が狙われていたらしい。どうやら君の読み通り、あの事故は事故ではなく、仕組まれたものの可能性が高そうだ」
「では、もしかして私の記憶も関係しているのでしょうか?」
ヒスカリアの質問に、ジェインは再び日記をパラパラとめくる。
そして、あるページに目を留めると、そこを起点にペラペラと何かを確認するかのようにあちこちのページをめくっては戻りを繰り返す。
それをヒスカリアが不思議そうに見ていると、ジェインは再び顔を上げた。
「可能性としては、あり得る。どうやら前侯爵が君に魔法の治療を施さなかったことも、関係しているようだ。それに……」
「それに?」
なぜか話の途中でジェインは言葉を止め、ヒスカリアに開いているページを見せる。
「ここにとんでもないことが書かれている。これによると前侯爵は既に息子である君の父親に魔力継承を行なっていたらしい」
ページの中でジェインが指し示した部分には『息子への魔力継承を済ませていたおかげでヒスカリアだけでも助かった』と書かれていた。
「……え? これは一体どういう……」
(私だけでも助かった……? 私、お父様の魔力で助かったの!?)
「君がどのような形で助かったのか、はっきりわからないが、君の記憶が、事故による後遺症ではなく、時間魔法が絡んでいる可能性が高そうだな」
「時間魔法……では、この手帳と同じように時間魔法で封印されているということですか?」
「その可能性が高い」
すると、先ほどから考え込んでいたサマリア夫人が難しい顔で封印についての見解を述べる。
「もしかしたら、魔力を全身に巡らせれば封印が解けるかもしれませんが……封印を解いて一気に記憶が戻ってしまうと身体に負担がかかり過ぎる可能性が高いですわ。最悪、身体が持たない可能性も……」
夫人の言葉に、封印を解けばいいのだと安易に思っていたヒスカリアの表情がこわばる。
「徐々にか、もしくはやはりベリル侯爵に協力してもらうかだな」
記憶魔法を継承するベリル侯爵へ、すでに連絡を取っているとジェインは以前話していた。
それを待ったほうが良いのかもしれない。
けれど、早くわかれば、今回のヒスカリアの事件にさらに罪状を重ねて、側妃を罰することができる。
皆の考えは同じようで、ジェインはすぐに手紙をしたためると、魔法でそれを飛ばした。
「ベリル侯がすぐ来てくれればいいが……」
そう呟きながら、再びジェインがパラパラと手帳をめくっていると、急にその手が止まる。
「このページは何だ……?」
ジェインの言葉に他の三人の視線が彼に注がれる。
手元を見ると、なぜか二枚重ねになったページが張り付いたまま離れなくなっていた。
剥がそうとジェインが指で擦ってみるが、剥がれる気配は一向にない。
それどころか、ほんのりとそのページが光を宿しているように見えた。
全員が訝しそうにページを裏表交互に見返すジェインを見守る。
すると、片方のページの中央に大きく文字が浮かび上がる。
「『願わくば、女神の御心のままに』……これは一体どういう意味だ?」
ジェインが手帳の向きを変え、ヒスカリアに見えるようテーブルの中央に置く。
思い当たる節のないヒスカリアは、首を横に振り「わかりません」と答えると、じっとその文字を見つめる。
封じられたページと意味深な文字に、全員が考え込み始める。
そこでふと、ヒスカリアは何の気なしに、浮かび上がった言葉を口に出して呟いた。
「願わくば、女神の御心のままに――」
言葉を発していると、ヒスカリアに不思議な現象が起こる。
なぜかその言葉の続きをヒスカリアは勝手に喋り出していた。
それも、全身に無意識に魔力を巡らせながら。
「我に流れる時を、女神の身許に捧げん。女神の御許へ我を導きたまえ――!」
唱え終わった途端、ヒスカリアの身体が煌々と光だす。
「ヒスカリアッ!!!」
驚いたジェインが慌てて呼びかける。
けれど、次の瞬間、ヒスカリアの姿は跡形も無く、その場から消えていた。
お読みいただきありがとうございます。
一体ヒスカリアはどこに消えてしまったのか。
次は消えた先のヒスカリアのお話です。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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