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◇ジェインの気持ち(ジェイン視点)

◆ジェイン視点


 サマリア夫人にヒスカリアを任せたジェインは、念のためレイヴィスとともに応接室で待機していた。

 ヒスカリアを夫人に託したものの、部屋で改めて見たドレスの衝撃が忘れられないジェインは、心配を募らせ、先ほどから部屋の中をウロウロと歩き回っている。

 その姿をニヤニヤしながらレイヴィスが嬉しそうに眺めていた。


 けれど、いつまでもウロウロし続けるジェインに痺れを切らしたのか、レイヴィスは少しからかいを含んだ声で問いかけた。


「それで、一体何があったんじゃ? ラーカスのことは聞いておるが、お前たちの間に何があったか聞いておらんからのぉ〜」


 すると、ジェインはピタリと歩行を止めて、チラッとレイヴィスを見る。


「な、何がって……そんな大したことはない」


「ほぉ〜。大したことではない何かはあったんじゃな? 茶でも飲みながら、じっくり聞かねばならんのぅ。それにこれ以上ウロウロされてはこちらの目が回る。ほれ、そこに座れ」


 先ほどよりもさらに笑みを深め、楽しそうにジェインに問うと、向かいのソファに座るように促し、そそくさと使用人に茶の用意を急がせた。

 一瞬とても嫌そうな表情をしたジェインだったが、自分の行動に不安を覚えていたこともあり、おとなしくソファに座る。

 そうして、淹れられたばかりのお茶を一口飲んでから、ジェインはいつもよりも力無い声で呟いた。


「ヒスカリアの指輪が発動した……」


 その呟きに、レイヴィスはお茶を飲む手を止め、目を見開く。


「まさか王子のくせに、婚約の指輪に手を出しおったのか?」


「いや、そっちではなく、ヒスカリアの魔力で発動したようだ。いくらラーカスでも、さすがに指輪のことは知っているだろう」


「……ほぅ。ということは、ついにお嬢ちゃんがお前に心を開いたということじゃな?」


 噛み締めるようにレイヴィスが問いかけると、ジェインはなぜか複雑そうな表情になった。


「そうだと良いんだが……」


 その言葉にレイヴィスは再び目を見開いた。

 あれほど結婚を面倒がっていたジェインが、いつの間にやらヒスカリアときちんと向き合うようになっている。

 それどころか「良いんだが」と言っている時点で、そうなりたいと思っているということ。

 そんな自身の変化に気づいていないジェインは、さらに言葉を続けた。


「ヒスカリアにとって、ただ私が現状で助けを呼べそうな対象だったというだけだろう。きっと父上も一緒に行っていたら、父上の名を呼んだのではないかと……」


 どんどんジェインの声が自信なさげに小さく萎んでいく。


「なんじゃ? 拗ねとるのか?」

「いや、そういう訳ではない」


 いつもなら跳ねつけるように否定するジェインだが、今日はそんな苛立った気分にはならない。


(やはり私は、少しでも頼りにされたことが嬉しかったのか……?)


「じゃが、あの指輪は婚約の指輪。婚約を結んだ相手に本当に心から助けを求めねば、いくら魔力を込めたところで防護魔法は発動しないんじゃろ?」


「ああ」


「前回のように無理やり指輪を奪われ、指輪自体の魔力で発動したのであればわかる。じゃが、そうでないのならお前に助けを求めたことに他ならない。信頼している証じゃないのかの」


「……私もそう思っていたんだ。だが、帰りの馬車の中で、私のことを避けるような行動を何度も取られてしまって……正直自信がない」


「ほぉ?」


 ジェインの珍しく殊勝な態度に、レイヴィスは面白そうに目をすがめた。


「屋敷に着いてから、私のことは嫌じゃないと、恥ずかしいだけだと言われたが……さっき部屋で彼女のドレスを改めて見て、やはり彼女の傷は深いのではないかと、私の体面を保つために無理にそう言ったのではないかと思えてしまって……」


 避けられたことと、ヒスカリアのドレスの惨状によほどショックを受けたのか、うつむきがちにそう語るジェインとは裏腹に、レイヴィスの表情はなぜかニヤニヤと嬉しそうだ。


「馬車の中で避けられたというのは、どのような感じだったんじゃ? 会話にならんかったわけではあるまい。屋敷に到着した時の感じだとそうは見えんかったしのぉ〜」


「……助けに入ったとき、ヒスカリアが私の顔を見た途端に気を失ってしまって、目を覚さなかったので、そのまま彼女を抱きかかえて馬車に乗ったんだ」


「!? まさかジェイン、お前……王宮からずっとあの状態じゃったのか!?」


「ああ。さすがに馬車の中で支えもなく、座席に寝かせる訳にもいかないからな」


「はぁ……」


 しれっと答えたジェインに、レイヴィスは大きなため息をつきながら、頭を抱える。


「まさか、お前がこんなにも鈍いとはのぉ……」


「それはどういう意味だ?」


「ジェイン……お嬢ちゃんとどこまでスキンシップをするようになったのかは知らんが、つい先日までエスコートもままならんような相手にお姫様抱っこで運ばれた挙句、馬車の中でもずっと抱きかかえられておったんじゃろ? そんな状態なんぞ恥ずかしいに決まっておろう……」


「あ……」


 レイヴィスの客観的な言葉に、ようやくヒスカリアの心情が見えてくる。


「気づかなんだのか!?」


「いや、だが、私はヒスカリアが心配で……」


「じゃから、お嬢ちゃんも拒否もせず、嫌とも言わんかったんじゃろう。さすがにずっとは恋人であっても恥ずかしいわ!」


「そうか……あれはやはり恥ずかしかったからなのか。てっきりラーカスとのことで男性が怖いのだとばかり。私自身が嫌な訳ではないと言ってはいたが……」


「まあそれよりも、そんなあからさまに心配になる程、お嬢ちゃんに入れ込んでいたとはのぉ〜」


 再びニヤニヤし始めるレイヴィスを放置して、ジェインは馬車でのことを考えた。

 そして、当時のヒスカリアの反応をよくよく振り返ってみる。


 確かに嫌がっているというより、恥じらっていると言った方がしっくりくる反応だった。

 それに……心なしか頬を赤らめていた気もする。

 嫌がっていたり、恐怖を抱く相手に頬を赤らめる人はさすがにいないだろう。


「もしかして……ヒスカリアは私のことを憎からず思ってくれているのか……?」


 独り言のようなジェインのつぶやきに、レイヴィスが気持ち悪い笑みを浮かべる。

 ヒスカリアの言動を思い出すほどに、なぜ彼女が恥じらっていることに気づかなかったのかとジェインは当時の自身を不思議に思った。


 あの時は指輪が発動したことで、かなり動揺していたのかもしれない。

 だから、いつも以上に鈍くなっていた可能性はある。

 いや、きっとそうに違いない。

 だがなぜ、指輪の発動にこんなにも動揺しているのか。


 ジェインは自身の中に浮かんだ疑問を躊躇いがちにレイヴィスに問いかけた。


「……父上、なぜ私はこれほどに、彼女のことが、気になるのだろうか……?」


 迷子のような視線を向けられたレイヴィスは、思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまう。


「まさかジェインがここまで鈍かったとはのぉ……」


 そう言って笑いを堪えながら、慈しむような眼差しで、優しくジェインを見つめる。

 対するジェインは、反発するように睨みながらも、特に突っかかることもなく、レイヴィスからの助言を待っていた。


「まあ、今まで親戚付き合いくらいしかしておらんし、異性と思える相手と触れ合うことも皆無じゃったし、仕方ないかのぉ」


「確かにそうだが……」


 ジェインは成人してからも、王家主催の夜会と五大公爵家の茶会にしか参加してこなかった。

 参加しても、顔を見せるだけですぐに帰ってしまう。

 しかも、そのわずかな時間にもカナリアをはじめ、面倒な王族の女性陣に絡まれることが多く、女性に対して嫌な記憶しかない。

 気位が高く、気の強い女性とばかり接してきたせいで、ヒスカリアのような女性に免疫がないのだ。


「お嬢ちゃんはお前の周りにはいなかったタイプじゃし、守ってやりたいなどと思ったのではないのか?」


「いや、守ってやりたいとは……」


 言いながら、ジェインは王宮での自身の言動を思い出し、まさにそんな台詞を口走り、反射的に身をていして守っていた現実が頭を過る。


「どうやら心当たりがあるようじゃな」


 レイヴィスにニヤニヤ笑われながらも、何も言い返すことができない。

 けれど、どうやら自身の気持ちの形が見えてきた、そんな気がするジェインだった。



 それから淹れ直されたお茶を飲みながら、なんとかジェインが落ち着きを取り戻した頃、応接室に神妙な面持ちのヒスカリアとサマリア夫人がやってきた。


お読みいただきありがとうございます。

ついにジェインが気持ちを自覚してしまいました。

次からいよいよ事故の真相迫っていきます。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。


ブックマークや⭐︎の評価、いいねもありがとうございます!

大変励みになっております。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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