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◇ヴァルガス公爵

 それから一週間後、ヴァルガス公爵がバークレイ侯爵家にやってくることになった。


 婚約を申し込んだ側が訪れるのが風習ではあるものの、身分が上であり、王族でもあるヴァルガス公爵を迎えるということで、侯爵邸では入念な準備がなされていた。


「お父様、このドレスで大丈夫かしら? おかしいところはない?」


「おお、ミリア。今日はいつにも増して綺麗だな。こんな姿を見てしまうと、嫁にやるのが惜しくなってしまう」


「いやだわ、お父様ったら」



 応接室で、ドレス姿でくるくると舞うミリアを見つつ、バークレイ侯爵はヴァルガス公爵からの手紙に再度目を通していた。


 するとそこへ、夫人が入ってきて、ミリアに優しく声を掛ける。


「ミリア、まだお化粧が終わっていませんよ。早くこちらに戻っていらっしゃい」


 そんな親子のやり取りを、応接間の掃除をしながら眺めるヒスカリア。


 侯爵家の人間として同席しろと言いながら、誰もヒスカリアのことを気にも留めない。

 あくまでも侍女として、召使いとして公爵に紹介する気なのだろう。

 この家に残っても、公爵家に行っても、虐げられる自分の立場は変わらない。

 そう思うと、公爵が来ることも、ミリアが嫁ぐこともヒスカリアにとってはどうでも良かった。



 それからしばらくして、ヴァルガス公爵と立会人らしき初老の男性を乗せた馬車が到着した。


 玄関ホールに現れた公爵の姿に、ミリアはテンションを一気に上げ、真っ先に声をかけようと前に乗り出す。


「何あれ! 以前舞踏会でお見かけした時は遠かったからよくわからなかったけど、実物は無茶苦茶カッコいいじゃない……!」


 そうブツブツと早口に呟きながら、どんどん前進していく。

 夫人が必死に止めようとするも間に合わず、娘の様子に目尻を下げた父親は止める気配が微塵もない。


「ヴァルガス公爵様。お初に御目にかかります。バークレイ侯爵の娘、ミリアにございます」


 ミリアはここ数日でマスターしたカーテシーを完璧にしてみせると、公爵に微笑んだ。

 そんなミリアの様子に唖然とした公爵を見て、侯爵夫妻は慌てて取り繕う。


「失礼いたしました、ヴァルガス公爵。当主のアリスト・バークレイです。この度は御足労いただき、ありがとうございます。こっちは妻のマリエラです」


 公爵は挨拶をする夫妻を見て納得したような表情になると、妻の紹介などまったく見向きもせず、不機嫌を露にしながら言葉を発した。


「ジェイン・ヴァルガスだ。……なるほど。君の娘か、どうりで」


 公爵の意味深な発言に首を傾げながらも、「立ち話もなんですから……」と、アリストは公爵たちを応接室へと案内した。


 応接室に入りソファに向かい合って腰を下ろすと、公爵は不機嫌なまま、先ほどの言葉の続きを話し始めた。


「君の娘には用はない。先代の長子の娘がいるはずだが? 今日私が会いに来たのはその娘だ」


 公爵の言葉にアリストを始め、公爵の向かいに座った三人はみるみる表情を歪めていく。


「先代の長子……ですか?」


「ああ。だから手紙には『バークレイ侯爵』ではなく、ちゃんと『バークレイ侯爵家』と記したはずだが。次子である君の娘に用はない」


 ギリギリと歯を食いしばりながらなんとか返答したアリストに対し、淡々と答えると、公爵は見下すような視線を向けた。


 アリストは顔を真っ赤にしながら、体が震えるのをなんとか堪えている。

 そんな二人の様子を気にすることもなく、ミリアは身を乗り出すと、公爵相手に息巻いた。


「どういうことです!? 私は現バークレイ侯爵の長子、つまりバークレイ侯爵家の長子です! 私で間違ってないじゃない! 何であんな傷モノの穀潰しに公爵様が会いに来るのよ!」


 ミリアに一瞬冷ややかな視線を向け、肩をすくめると、公爵はアリストを睨みつけた。


「傷モノの穀潰し……? どういうことだ? 侯爵、君は自身が中継ぎの侯爵だと伝えられているはずだが?」


「!」


 アリストは一瞬気まずそうな表情を浮かべたが、妻と娘からジッと見つめられ、開き直ったように公爵に反論する。


「ええ。継いだ当時はそのように父に言われました。けれど、父は当時朦朧(もうろう)としていましたし、何より今は私が当主です。私には直系の娘もいるのですから、娘に継がせるのは当然ではありませんか」


 自分が正しいのだと疑わないアリストに、公爵は大きなため息をつくと、さらに見下したように言葉を投げた。


「爵位を継がせるか決めるのは、君ではなく国王陛下だ。そして君の娘では爵位は継げない。先代長子の娘が継がない時点で、この家の爵位は剥奪される」


「なっ! ふざけたことを言わないでいただきたい!」


 声を荒らげるアリストに対し、公爵は冷たく突き放すように淡々と言葉を紡ぐ。


「全くふざけてなどいない。勘違いするな。君が爵位につけているのは、長子の娘である彼女がいるからだ。彼女がいなければ、先代が亡くなった時点で爵位は剥奪されていた」


「どういうことです!? 兄は亡くなっていますが、同じく先代の息子である私がいるのに、なぜ剥奪されなければならないのです!?」


「その理由を受け継いでいない時点で、君には本来爵位を継がせるべきではないのだ。まさか、今の君を侯爵たらしめてくれているその娘に感謝するどころか(ないがし)ろにしているなど……」


 顔を引き()らせたまま何も答えようとしないアリスト。

 何も聞かされていなかった夫人は、二人の会話に顔面蒼白になり、ワナワナと震えている。


 一方ミリアは、自分がヒスカリアよりも格下だと知らされ、悔しさに喚き散らしたい気持ちでいっぱいだったが、公爵の様子にそれが悪手だと直感的に気づいているのか、ただ部屋の入り口付近を睨みつけてじっと耐えていた。


 公爵は黙り込んだまま小刻みに震えるアリストへ侮蔑の視線を向けると、ため息をつきながら話の続きを促す。


「それで、その長子の娘はどこにいる? 今すぐここに連れて来てもらおうか」


 公爵の言葉にさらにだんまりを決め込むアリスト。

 それに同調しているのか、夫人もミリアも何も返そうとしない。


 痺れを切らした公爵は、入り口で俯き控えている侍女に声をかけた。


「そこの者、先代の長子の娘がこの家にいるはずだ。ここへ連れてきてくれ」


 侍女が顔を上げ、公爵と目が合った途端、彼は目を見開くと、少しホッとした表情を浮かべ、大きく息を吐いた。


 その侍女こそが、ヒスカリアだった――。


お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。


どうぞよろしくお願いいたします。

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