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◇足りないもの

更新が滞ってしまい、申し訳ありません。

よろしくお願いいたします。

 ぎこちないお茶会は、再び公爵邸にサマリア夫人が訪れたことでお開きとなった。


 話し込んだおかげで何の準備もできていないヒスカリアは、大慌てで一旦部屋へと戻った。

 すると、サマリア夫人が退出した際に伝達されていたのか、部屋にはヒスカリアの戻りを待ち構えるエマがいた。


「ヒスカリア様、必要なものはひと通り下の書斎に整えておきました」

「ありがとう、エマ! 授業は書斎で行うのね。わかったわ」


 できる侍女に思わずヒスカリアの顔が綻ぶ。


 それから挨拶のためにドレスをまとっていたヒスカリアは、急ぎワンピースへと着替えることに。

 その間も、エマがテキパキと相応しい衣装を選び、髪型を整えてくれた。


 ちょうど準備が整ったところで、部屋の扉がノックされた。

 ヒスカリアが返事をすると、扉を開けることなく、家令が言葉を続ける。


「ヒスカリア様、ヴァリエ前公爵夫人をご案内いたしました」


「わかりました。すぐに参ります!」


 ヒスカリアはエマを連れ、書斎へと急いだ。





 エマが書斎の扉をノックすると、返事と同時に中からレイヴィスが姿を見せた。


「おお、お嬢ちゃん。じゃあ、交代じゃな」


「え? レイヴィス様……?」


「では、夫人またいずれ」


 驚くヒスカリアをよそに、扉の奥に向かって手を振ると、レイヴィスはそのまま立ち去ろうとする。


 ヒスカリアが引き止めようとすると、「気にするな」とでも言うかのように、ウィンクをして足早に去っていってしまった。


(レイヴィス様、本当に気遣いが凄い方だわ……)


「お待たせして申し訳ありません。サマリア夫人」


 謝罪の言葉を述べながらヒスカリアが中に入ると、書斎の中央にある六人掛けの大きなテーブルの座席に腰掛けるサマリア夫人と目が合う。


「いえ、大丈夫ですよ。前公爵様からヒスカリア様の経緯について伺えたので、ちょうど良かったですわ」

「私の経緯ですか?」


 きっと侯爵家で受けていた仕打ちを話されたのだろうと、ヒスカリアは少し萎縮する。


(やっぱり同情されてしまうのかしら……)


「大変なことをたくさん経験されてきたのですね。ですが、それもきっとヒスカリア様の糧になっている、わたくしはそう思いますわ」


「糧……?」


「ええ。その証拠にヒスカリア様はわたくしのお辞儀を一度見ただけで完璧に真似られていました。きっと厳しい環境がヒスカリア様の類稀なる才能を引き出したのでしょう。厳しい環境ゆえの産物ですわ」


 そう言ってにっこり微笑むと、サマリア夫人は「あら、立たせたままでごめんなさいね」とヒスカリアに席を勧める。

 ヒスカリアは無意識に身についていた自分の能力を教えられ、複雑な気持ちに戸惑いながらも席についた。


「わたくしがお教えするのは主に王宮で必要となる宮廷マナーです。一週間しかないと伺ってどうなることかと思っておりましたが、ヒスカリア様でしたら問題なさそうですわね」


「そうでしょうか……」


 自信なさげにサマリア夫人をじっと見るヒスカリアに、夫人は少し困ったように頬に手を当てる。


「ヒスカリア様は、マナーよりもこちらが問題ですわね」


「こちら……とは?」


「自信です。あまりにも自己肯定感が低過ぎます。貴族の令嬢が一番必要とするものですわ」


 心配していたことをはっきりと告げられ、俯くヒスカリア。

 そんなヒスカリアを見た夫人は、扉の向こうをじっと見据えながら、呟いた。


「やはりジェイン様を焚き付ける必要がありそうですわね……」


「え? なぜジェイン様なのですか!? できればあまりご迷惑をおかけしたくないのですが……」


 驚くヒスカリアに、サマリア夫人が厳しい表情になる。


「そのままの状態で公爵夫人になれば、よりご迷惑をおかけするのではありませんか?」


「!? それは……その通りです」


「では、今のうちに克服しなくてはいけませんね。ジェイン様にも手伝っていただきましょう」


「……はい」


「善は急げと申しますし、早速ジェイン様にもご相談して参りますわね」


 そう告げたサマリア夫人は、優雅に立ち上がるとエマを引き連れ、部屋を出て行ってしまった。




 半刻ほどして、サマリア夫人は不服そうな表情のジェインを連れて戻ってきた。


「ジェイン様……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「ヒスカリア様、そこで謝ってはなりません。お二人は一蓮托生なのですから、もし告げるとすれば感謝の言葉で十分ですわ」


「え……?」


 サマリア夫人の言葉にヒスカリアは思わずジェインを見る。

 ジェインも驚いた様子でサマリア夫人を見ている。


 そんな二人にサマリア夫人は困ったようにため息をこぼした。


「ジェイン様も、ヒスカリア様の経緯をご存知なのでしたら、もう少し懐を深くお持ちいただきませんと。ヒスカリア様を守れるのは貴方様だけなのですから……レイヴィス様からも言われているのではありませんか?」


「う……なぜそれを」


「先ほどヒスカリア様の経緯と共に詳しく伺いました」


「父上め……」


 悔しそうに扉の向こうを見るジェインに、サマリア夫人は提案するように言葉を続けた。


「とはいえ、先ほどのお茶会でジェイン様もお気づきとは思いますが、当初レイヴィス様がご心配されていたような難しいことにはならないかと」


「……あのお辞儀か」


 お茶会を思い出しながら告げたジェインの言葉に、夫人がゆっくりと頷く。


「ヒスカリア様の類稀(たぐいまれ)なる習得力であれば、早ければ今日明日で最低限の宮廷マナーは習得できると思われます」


「そんなにか……」


「はい」


「では、なぜ私はここに呼ばれたのだ?」


 さも不思議そうにジェインはヒスカリアをじっと見た。


 その視線にヒスカリアは思わず萎縮してしまう。


「……あの、それは……」


「まさに今ご覧いただいている通りですわ。ヒスカリア様の課題は、自己肯定感が異様に低いところ。これまでのお育ちが関係しているのでしょう。ジェイン様にはそこを補っていただきたいのです」


「私にヒスカリアを誉めて自信をつけさせろと?」


「その通りですわ」


 冷たくそう言い放つジェインに、サマリア夫人はさも当然だと言うように返す。


 言われたジェインは一瞬ぽかんとした表情になる。

 さすがのジェインもハッキリ断言されるとは思っていなかったのだろう。


 さらにそこへ夫人が追い打ちをかける。


「そもそも婚約者であるジェイン様がもっと早く動いていらっしゃれば、ヒスカリア様が虐げられることもなかったのではありませんか? 前侯爵が亡くなった時点で、手を差し伸べられていれば、もっと交流を持たれていれば……違いますか?」


「そ、それは……」


「ジェイン様が、魔力重視の考え方がお嫌いなことは存じております。ですが、単なる魔力のための政略結婚と軽んじられていたせいで、このような事態になったのではありませんか?」


「……」


 図星をつかれたのか、言葉を失うジェイン。

 俯くジェインにサマリア夫人は、少し言葉を緩めた。


「……先ほど、レイヴィス様もとても悔やんでおられました。だからこそ、どんなことでも力になりたいと仰せでしたわ」


 その言葉にゆっくり顔を上げたジェインは、しばらく考え込んだかと思うと、ため息をつきながら口を開いた。


「はぁ……わかりました。私が責任を持って彼女の自己肯定感をなんとかします」


 ジェインの決意に、夫人は満足そうな笑みを浮かべる。


「お約束ですよ?」


「……はい」


 渋々といった感じで返事をしたジェインは、急に真面目な表情になる。

 そして、ここまで黙ってやり取りを聞いていたヒスカリアに向き直った。


「ヒスカリア……すぐに助けてやらず、申し訳なかった」


「え!? ジェイン様!?」


「君が虐げられてしまったのは、私の責任でもある。だから私はこれから君にできる限りの協力をする」


 ジェインの急な謝罪と決意に戸惑うヒスカリア。


(私が虐げられていたのは、叔父様やミリアのせいであって、レイヴィス様やジェイン様のせいではないのに……それに魔力重視な考え方がお嫌いって……)


 否定したい気持ちはあるけれど、今はそんな雰囲気ではない。

 それに聞きたいことを聞ける雰囲気でもなさそうだ。


 ヒスカリアは迷いながらも先ほどの夫人の言葉を思い出し、空気を読むことにした。


「……ありがとうございます」



 それからレッスンが始まったのだけれど、ジェインがとても極端な性格の持ち主だということをヒスカリアは痛感する羽目になったーー。


お読みいただきありがとうございます。

二人の関係を重視したところ、謁見どころか、教育スタートまでいきませんでした。申し訳ありません。

サマリア夫人のおかげで、ようやく二人の関係が動き始めそうです。

次こそ、貴族教育です。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。


ブックマークや⭐︎の評価、いいねもありがとうございます!

ジワジワと読者の方が増えてくださって、とても励みになっております。

今後はなるべく期間が空かないように、頑張って更新してまいります。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。


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