◇それぞれの事情②
本日2本更新になります。
少し頭の整理が落ち着いたところで、また気になることが浮かんだヒスカリアは、レイヴィスに問いかけた。
「……あのセドナ様のことはわかったのですが、フィオルグ公爵夫人はなぜあのようなことを?」
ヒスカリアの言葉にレイヴィスは一瞬不思議そうな顔をする。
(あ! そうだわ! あの段階ではレイヴィス様はいらっしゃらなかったのだから、説明しないと!)
説明しようと口を開きかけたヒスカリアより先に、何か思い当たる節があったのか、レイヴィスは納得のため息を落とし、話し始めた。
「ああ……どうせうちに取り込みたいとでも言われたんじゃろ?」
「はい。セドナ様がジェイン様を取り込むなら、私を取り込みたいとおっしゃっていました」
「まあそうじゃろうな。フィオルグ公爵家は、他の三家よりさらに深刻でな。夫人は三侯家のビオネル侯爵家の出身なんじゃが、父親がやらかしおってのぉ……」
「やらかした? 一体何を……?」
(あ! ……またこれは私なんかが聞いていい話じゃないのでは……!?)
咄嗟にそう思ったヒスカリアだが、すでに遅い。
ヒスカリアの質問に、意気揚々とレイヴィスは話し始めてしまう。
「女神との契約を破り、ビオネル侯爵家の血筋ではない者に魔力を継承させようとしたんじゃ。怒った女神はビオネル家の継承魔力を取り上げた。そのせいでリリーナ嬢は魔力を引き継げんかった。じゃが、すでにフィオルグ家と婚約しておったリリーナ嬢は、体にある魔力のみで嫁いだんじゃ」
「……」
あまりの話に言葉を失うヒスカリア。
もし、あのまま、何も知らない叔父の言うままになっていたら、どうなっていたのだろうと考えると、ヒスカリアにとっては、他人事ではなく感じられた。
そんな彼女の気持ちに気づいているのかいないのか、レイヴィスは淡々と補足する。
「まあ、魔力無しの一般貴族を迎えるよりはマシだと思ったんじゃろうな」
「……では、リリーナ様は今の私と同じ状態ということですか?」
「う〜ん……厳密には違うかのぉ。元々バークレイ侯爵家は他の二つの侯爵家に比べて、魔力量が多いんじゃ。まあそれは、最初の王女が時間魔法を得意としていた関係からじゃな。そもそも時間魔法は膨大な魔力を必要とする大魔法なんじゃよ」
「なるほど……」
「なるほど」と答えてはいるものの、実際に自分の魔力量がそれほど多い実感などないヒスカリアにとって、まったくピンと来ない。
それどころか、時間魔法が大魔法だと言われて、それを自分が使うかもしれないなど、想像もしていない。
「フィオルグ家は当てにしていたビオネル家の魔力を貰えず、元々先代も魔力が多いわけでもなかったからのぉ……」
フィオルグ家の話を一通り聞いて、ピンとは来ていないもののようやく事情が飲み込めたヒスカリアは、ふと気づく。
「……あの、ビオネル家はどうなったんですか?」
「ん〜……」
珍しく言いづらそうに答えを渋るレイヴィス。
すると、ヒスカリアの隣から急に声がした。
「……ビオネル家は女神と王家によって没落させられた」
「え? ジェイン様!?」
先ほどのような冷たい物言いでも眼差しでもないジェインの態度に、とても衝撃的な言葉を聞いたはずなのに、その内容よりも彼の言葉にヒスカリアの心がざわついた。
心なしか、ジェインの眼差しが先ほどよりも少し柔らかい。
その視線にヒスカリアはなぜか嬉しくなってしまう。
(ジェイン様の態度が元に戻っている……さっきのは気分が悪かっただけ? いやでも、完全に拒絶されていた気が……)
頭の中を色んな思いが巡るけれど、今はそこじゃないと思いを一旦頭の隅に追いやる。
「えっと……没落させられた、ということは、ビオネル家はもう無いのですか?」
「そうだ。現状は三侯爵家ではなく、二侯爵家だな」
冷たくはないけれど、淡々と返すジェイン。
その返しになぜかレイヴィスもホッとしているように見える。
「あともう一つの侯爵家はなんという家門なのですか?」
「ベリル侯爵家だ……」
「ベリル侯爵家……」
(あれ? その名前はどこかで聞いたような……いや、見たような気が……)
「今朝渡した手紙の送り主だ」
そう言われてヒスカリアは思わず手紙の刻印を思い出す。
「ということは……ベリル侯爵家は時間魔法か記憶魔法の専門家なのですか?」
「ああ。あの家は記憶魔法を得意としている」
「記憶魔法……なるほど」
ジェインの言葉に納得するように、ヒスカリアは大きく頷く。
するとジェインは、ベリル侯爵家の少し変わった事情を話し始めた。
「……あの家は他のどの家とも変わっていてな。王女が王家の魔力のために降嫁したはずなのに、なぜか男系家系で……これまで全く公爵家に嫁いでいない」
「ええ!? そんなことってあるんですか!?」
ヒスカリアは思わず声を上げてしまう。
(それって王女が降嫁した意味がないんじゃ……?)
その反応に、ジェインは面白そうにさらに追加情報を添える。
「不思議なことにあの家は女児が全く生まれず、ずっと数百年、嫡男が継いでいる。そのうち王家より魔力量が多くなるんじゃないかと思うほどだ」
「……確かに。数百年ずっととなると、その可能性はありますね……」
ふむふむと納得するヒスカリアに、心なしかジェインの頬が緩む。
「まあ、ずっと一般の貴族を嫁に迎えているから、少しずつ減ってはいるんだが……」
「……契約がある限り、ある程度の魔力は確保し続けるってことですよね?」
「その通りだ。だから、下手に王家に娘が嫁ぐよりも長期的に見れば、王家よりも魔力を多く保有できてしまう。しかもベリル家が操るのは記憶魔法。下手をしたら王家を乗っ取られかねないだろ?」
「それはかなり由々しき事態じゃないですか!」
コロコロと表情を変えながらも、少し話せばすぐ理解するヒスカリアに、ジェインも嬉しそうに次々に説明をしていく。
そんな二人の様子はレイヴィスは嬉しそうに眺めていた。
それからジェインは話の本題に入るかのように、ヒートアップしたヒスカリアにゆっくりと話を続けた。
「だから王家はベリル家を早々に契約で縛った……。ベリル家が王家よりも力を持たないように。従順であるように。けれど、契約で縛っていても、魔力量が多いのは事実……それを妬む人間も、取り込みたい人間も多い」
「取り込みたい……さっきみたいなお話ですね……」
「ああ」
ヒスカリアのことでさえ、騒ぐ人間がいるのだから、そんな魔力量が多い五大公爵家以外の家門があれば、より不満を訴える人は居るはずだ。
「だが、取り込みたいと言っても女神との契約がある以上、女児が生まれない限り嫁にはもらえない。娘が無理なら息子を養子に出せと言ったところで、契約が反故になってしまっては意味がない」
「確かに。でも、男児だとベリル家を継ぐだけで終わってしまう……。取り込む隙がないじゃないですか」
八方塞がりな状況に呆れた声を上げるヒスカリア。
それを少し面白そうに眺めていたジェインだったが、少しずつ表情が重くなっていく。
「その通り。それで各家が策を講じれずヤキモキしていたらしい」
権力を維持したい公爵家にとって、魔力は必要不可欠。
いくら王家が契約で縛っていたとしても、ベリル家に公爵家よりも権力を握られる可能性がある。
ベリル家の持つ魔力をどうやって自分の家門に取り込もうか躍起に考えていたのだろう。
重い声でゆっくりとジェインが告げる。
「…………そんな矢先、ヴァルガス公爵家に私が生まれたんだ」
手が出せないとヤキモキしている最中に、手を伸ばせる場所に力が現れた。
それもベリル家以上の、始祖の大魔法士の生まれ変わりと言われる力を持った人間。
彼らがジェインに群がってしまうのは当然だろう。
さらにジェインは声を落としたまま続けた。
「そこからは想像がつくだろう?」
「……ジェイン様の争奪戦が始まったという訳ですね」
「そうだ……」
ぐったりと肩を落としたジェインがさも面倒そうに頷いた。
「はあ~まあでも、父上のおかげで、早々に婚約者を決められていたから、そこまで苦労はしなかったんだが……まさか、その婚約者があんな目に遭っているとは思いもしなかった……」
肩の力を抜くかのように、急にそれまでとは違うトーンでジェインが軽く告げる。
「あ、はい……なんだか申し訳ありません」
「君が謝る必要はない。それに……」
「? それに……?」
「いや、なんでもない」
何かを言いかけたジェインだが、なぜか誤魔化したまま、話が途切れた。
すると、そんな二人のやり取りをずっと黙って見ていたレイヴィスが、その後を引き取るようにまとめ始める。
「まあ、それぞれの家の事情はそんな感じじゃ。あと残るリヴァイス公爵家とヴェリエ公爵家については、魔力減少は起きているが死活問題ほどではないから気にする必要はないかのぉ。とにかく、ジェインは大魔法士の再来と言われるほど桁違いな魔力を持っておる。だからこそ、国としてもできるだけ魔力量の多い相手と結婚して、子孫に繋げたいと、お嬢ちゃんとの縁組を決めたんじゃよ」
「はあ……」
(私にそんなに魔力量があると思えないのだけれど……もし契約の継承に失敗したら、私は一体どうなってしまうのかしら……)
そんな不安をよぎらせながら、得た知識を忘れてしまわないよう必死に咀嚼するヒスカリアだった。
お読みいただきありがとうございます。
「それぞれの事情」でした。思った以上に説明が多くてすみません。
次はようやく、貴族教育と謁見になります。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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なるべく期間が空かないように、頑張って更新してまいります。
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