◇それぞれの事情①
用意され直したお茶を飲みながら、ヒスカリアはレイヴィスとジェインの様子をじっと伺っていた。
先ほど大きなため息をついたレイヴィスは、座り込んだまま、なかなか口を開こうとしない。
一方のジェインは、ようやく落ち着いたのか、荒かった呼吸が整い、やっとお茶を飲んで一息つけているような状態だった。
ヒスカリアは、沈黙を気まずく感じつつも、おいそれと言葉を発する勇気もなく、ただ用意されたお茶をゆっくりと流し込んでいた。
(せっかくの高そうなお茶なのに、この状態では味なんてよくわからないわ……)
そんなことをヒスカリアが思っていると、ようやくソーサーにティーカップを置いたジェインが、まず口を開いた。
「……ヒスカリア、先ほどはすまなかった」
「い、いえ。何か事情がおありのようでしたし、今はもう大丈夫ですから。それに、さきほども謝っていただきましたし……」
手のひらを前で左右に振りながら、アワアワと応えるヒスカリアに、ジェインは「そうだったか……」と呟く。
どうやら苦しい中で謝っていたのは無意識だったようだ。
「ジェイン様こそ……大丈夫なのですか?」
「ああ」
「そうですか……良かったです。私には何が起きたのかさっぱりわからなくて……」
「何が起きたか、君は別に知らなくてもいい」
ヒスカリアの言葉を遮るように、きっぱりと険しい表情のままそう告げられ、彼女は一瞬固まった。
あえて核心に触れないよう、遠回しに様子を伺っていただけに、拒絶とも思えるジェインの反応にショックを受けた。
そして、なぜかそう思っている自分に驚きつつも、了承の返事をしてしまう。
「……そうですか。わかりました」
(私、五大公爵家や王族のことも、ましてやジェイン様のことですら何も知らない……婚約者なのに……。私はあまりにも知らないことが多すぎる……)
夫人たちとのやり取りの中で、ヒスカリアは自分がどういう立場になるのかを改めて考えさせられていた。
貴族としての教養や知識だけでなく、家同士の関係性などもこれから学んでいく必要がある。
けれど、その最たるものである「社交」を教えてくれるはずのセドナに、なぜか敵視され、挙句の果てには罵声まで浴びせられてしまった。
これから行われるであろうヒスカリアの社交教育はどうなってしまうのか。
それにジェインがあの状態になった引き金がセドナの発言であることは明らかで……それについて自分は知らなくてもいいと言われてしまったのだ。
眉間に皺を寄せながら、頭の中でぐるぐると悩むヒスカリア。
その様子を見て、黙り込んでいたレイヴィスがお茶を一口飲んで大きく息を吐くと、重たい口を開いた。
「……お嬢ちゃん、セドナがすまなかったのぉ。あやつは、皆に甘やかされて自由奔放に育ちすぎたのじゃ。申し訳ない」
「いえ、そんな! レイヴィス様が謝られるようなことではないです。私が貴族としての作法を身につけていないのが悪いので。それに……ジェイン様は止めようとしてくださいましたから」
「……そうじゃな」
レイヴィスは、頷くようにそう言うと、ジェインに優しい眼差しを向ける。
けれどジェインには煩わしいようで、わざと視線を逸らした。
「まあ、何にせよ、お嬢ちゃんには五大公爵家と王家の現状について、話しておく必要があるのぉ」
「はい。伺っておきたいです」
不安に思っていたヒスカリアは、レイヴィスの提案に安堵の顔で頷いた。
「うむ。まさか挨拶から噛み付くとは思っておらんかったんじゃ……わしらの配慮が足らなんだ。状況もわからず責め立てられて理不尽に感じたじゃろ?」
「い、いえ。理不尽には感じなかったのですが……どういう意味なのかがよくわからなかったので、戸惑いのほうが強かったです」
てっきり嘆かれると思っていたレイヴィスは複雑な表情になる。
やはりヒスカリアは侯爵家で理不尽なことに慣れすぎてしまっているのだろう。
「……そうか。そう言えば、ジェインから魔力についての話は聞いたかのぉ?」
「……三侯家は女神との契約のおかげで一定量の魔力を継承できるというやつですか?」
「おお! そうじゃそうじゃ。聞いておるようじゃな」
ジェインがきちんと話していることが嬉しいのか、レイヴィスは身を乗り出すと、意気揚々と続きを話し出す。
「最初に話した通り、王女たちが秘密裏に降嫁した頃から王族の魔力量は案じられていた……それから数百年が経過して、現状はさらに悪化しておる」
「悪化……え? でも、レイヴィス様やジェイン様は魔力が多いですよね??」
侯爵家でジェインやレイヴィスが見せた転移魔法や治癒魔法を見て、とても魔力量が少ないようには思っていなかったヒスカリアは不思議そうに目を丸くする。
その反応に、ヒスカリアに魔法を見せていたことをすっかり忘れていたレイヴィスは複雑そうに唸った。
「ん〜最初に見たのがわしらの魔力じゃ、なぜセドナたちが取り込むだなんだと言ってたのかわからんじゃろうな。わしら二人は異例じゃ」
レイヴィスはさも当然のように自分たちが異例だと言い放つ。
そのせいで、ヒスカリアの丸くなった目がさらに見開かれる。
「……異例?」
「特にジェインはな。大魔法士の生まれ変わりと言われるほど魔力量が多い。五大公爵家もうち以外は大体どこも魔力枯渇や減少に苦しんでおるのが現状じゃ」
「……魔力枯渇」
元々「悪化」と聞いていた内容が、急に深刻な「枯渇」にまで変化したことに、ヒスカリアは思わず息を飲む。
「王族は特に他国から来る姫を拒むわけにもいかず、女神との契約で正妃である五大公爵家の令嬢との間に必ず王子が生まれるようになってはおるが、魔力を引き継ぐ契約ではないんじゃ……しかも、血が濃いせいで大体正妃には子が一人しか生まれぬ……」
初めて聞く真実に、ヒスカリアは驚きのあまり目を見開いたまま固まってしまう。
(こんな内容、私が聞いてしまってもいいのかしら……? でも、夫人たちの話の感じからすると、私も当事者ってことなのよね……)
考え込みながらヒスカリアはあることが気になり、ふとレイヴィスをじっと見る。
「……あれ? でもレイヴィス様は王弟殿下でセドナ様は王女殿下ですよね?? 王子しか生まれないって……」
「ああ、紛らわしいな。陛下とわしは双子なんじゃ。王家の直系に王子が二人生まれるのは数百年振りのことでのぉ。セドナとは母親が違う。あれは他国の王女、側妃の子じゃ」
「双子!? なるほど……ということは、セドナ様はあまり魔力量が多くないのですか?」
「ああ、その通りだ。わしが陛下と双子なんで、ジェインは王家の直系なんじゃよ。それであの魔力量じゃろ? 他の公爵家が欲しがってのぉ……。それに他国にも大昔には魔法士が居たそうじゃが、今となっては魔法が使えるほど魔力を持っているのは我が国くらいじゃから、ジェインはもうあちこちから引く手数多なんじゃよ……」
次々と話される真実に、ヒスカリアはいよいよついていけなくなって、ティーカップを手に取った。
(整理しないと、ついていけないわ。つまりジェイン様は血筋的に今の王太子様と変わらないってことよね……まだまだ聞かならければならないことや驚くことは多そうだわ……)
ティーカップを手にゆっくりと考え込むヒスカリアを、レイヴィスは見守るように待ってくれる。
そんなレイヴィスの優しさに甘えて、なんとか必死に今聞いた情報を整理するヒスカリアだった。
お読みいただきありがとうございます。
「それぞれの事情」まずはセドナの事情でした。
次はリリーナの事情を明かしつつ、他家のお話にも触れていきます。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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