◇約束
ヒスカリアが十七歳になったある日、バークレイ侯爵家に五大公爵家の一つ、ヴァルガス公爵家から一通の手紙が届く。
それは祖父が話していた婚約者についての手紙だった。
ただ、そこには『約束のバークレイ侯爵家の長子との婚約を進めさせていただきたい』と書かれていた。
バークレイ侯爵は、幼い頃にヒスカリアが言った婚約の話などすっかり忘れていた。
手紙に書かれている『約束の』などという文言は、舞い上がった侯爵の頭からは抜け落ち、自身の娘に五大公爵家から縁談の話が来たのだと大騒ぎして喜んだ。
「ミリア! ヴァルガス公爵家から縁談の話が来たぞ! さすが私の娘だ」
「本当ですか!? 嬉しい! ヴァルガス公爵様と言えば、あの魔法公爵、ジェイン・ヴァルガス様ね! とっても素敵な方だと社交界でも評判の方ですわ」
「まあ、さすがわたくしの娘ね。急いでドレスを仕立てなくては!」
「そうだな。ミリアを引き立てる素晴らしいドレスを仕立てさせよう」
公爵家からの縁談話に舞い上がり、楽しそうにドレスや装飾品の話を始める彼らを尻目に、ヒスカリアは部屋の隅で調度品の掃除をしていた。
(本当は私の婚約者のはずなのに……。でもきっと、今の私の姿を見たら、どの道ミリアが良いと言われてしまうでしょうね……)
少し落ち込んだ様子のヒスカリアを見たミリアは、わざわざ近くまで来て、嬉しそうに、歪んだ笑みを浮かべる。
「お姉様お聞きになって? 私に公爵様から縁談のお話が来ましたの」
「……そう。良かったわね」
「それだけ?」
ヒスカリアの言葉が不満なのか、ミリアは睨みつけるように彼女を見る。
「まあ、良いわ。私、公爵夫人になるのよ。何の役にも立たない、穀潰しなお姉様にはありえないお話よね。ふふ。どこの舞踏会で見初めていただいたのかしら。嬉しいわ~」
自慢げに、優越感に満ちた表情でそう告げると、スカートをヒラリと舞わせて、踊るように去ろうとして、ふと足を止めて振り返る。
「あ、そうだわ! お姉様も当日同席したらいいのよ!」
「……え?」
「お姉様も一応は侯爵家の人間なのですから、同席すればいいわ」
ミリアの言葉に『約束』の文字がヒスカリアの頭をよぎる。
本来であれば、ヒスカリアの婚約者だったのだ。
(もしかしたら、相手には私の名前が伝わっているかもしれない……!)
けれど、そんな思いはミリアによって一瞬で打ち砕かれる。
「上手くいけば、公爵家で働けるかもしれないじゃない。いつまでもうちで働かれても困るもの。それに嫁いでからもお姉様が側にいてくれたら、私も心強いわ」
「そうだな! それは良い! ヒスカリアの勤め先も見つかるし、ミリアも心強いし、一石二鳥だな。見合いの当日はお前もその姿で控えていなさい。なに、お前を雇ってもらえるように、私が上手く取りなしてやろう」
叔父である侯爵の言葉に、ヒスカリアは頷くしかなかった。
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