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◇新しい生活

更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

前回の後書きで、次回は貴族教育からと書いていたのですが、その前段階が思ったより長くなってしまいました。貴族教育に入るまでに、もう少しお話を挟みます。

 目覚めたヒスカリアは、一瞬自分がどこにいるのかがわからなかった。


 知らない匂いに手触りの良いシーツに温かな布団、豪華な調度品に柔らかい朝の日差し。


 侯爵邸で、祖父がいなくなった後、窓が閉ざされた屋根裏部屋で一人生活させられていたヒスカリアにとって、暖かな日差しで目を覚ますのは久方ぶりだった。


「いつものくせで早く目が覚めてしまったわ……今は何時?」


 体を起こしてベッドから降りようとしたところにドアがノックされ、エマが姿を見せる。


「おはようございます。ヒスカリア様」

「お、おはようございます、エマ」


 あまりのタイミングにヒスカリアは思わずエマをじっと見る。

 そんな視線など気にすることなく、エマは淡々とカーテンを開け、寝起きのお茶の準備を始める。


「ヒスカリア様、今日のご予定をお伝えいたします」


「……ご予定?」


「はい。まず、朝食はご主人様がご一緒に取られたいとのことです」

「公爵さ……あ、いえ、ジェイン様が?」


「はい。お伝えしたいことがあるそうです」

「私に伝えたいこと……」


(一体何かしら? 昨日の説明だけだとわからないことだらけだから、見当がつかない……)


「朝食後、仕立て屋が来ますので、採寸などを行い、午後からは家庭教師の方々との顔合わせを予定しております」

「顔合わせなんて、私ちゃんとできるかしら……」

「できるようにするための家庭教師ですから、大丈夫ですよ」


 不安がるヒスカリアにエマが心強い言葉を投げかける。


「そうね! できないから教わるのよね!」

「はい。では、早速準備いたしましょう。まずは湯浴みからですね」


「湯浴み……」


 あまりに久々に聞いた言葉にヒスカリアは、その言葉を頭の片隅で考える。


 侯爵家ではいつも濡れたタオルで身体を拭いたり、水浴びをするのが普通だった。

 昔、お祖父様がいた頃に湯浴みをした記憶はあるものの、それはとても遠く、ヒスカリアにとって、ほんのひとときの幸せな時間。


 とても良い香りに包まれていた仄かな記憶。


(懐かしい……)


「折角早起きされたのですから、時間を有効活用しなくては!」


 かなり早く起きてしまったことに申し訳なく思っていたヒスカリアは、エマの言葉に少し救われた気持ちになる。


「ありがとう。エマ」


「やることはたくさんありますからね。それよりヒスカリア様があまり寝ていらっしゃらないのではないかと、心配です」

「それはエマもでしょう?」

「私は仕事ですから」


 胸を張るエマの言葉に、以前のヒスカリアもミリアの我儘に振り回され、寝不足だったことを思い出す。


「私、明日からはもう少しゆっくり起きるようにしますね」

「はい。睡眠をしっかりとってください」


 ヒスカリアの意図を理解しつつ、エマは笑顔でそう答えた。





 ヒスカリアが湯浴みをして、エマや他の侍女たちに身だしなみを整えてもらった頃には、屋敷内は活気付いていた。

 主人であるジェインが起きてきたのだろう。


 ヒスカリアが使用人たちから挨拶を受けながら食堂へと向かうと、書類を片手に紅茶を飲むジェインの姿があった。


「おはようございます」

「ああ。おはよう。よく眠れたか?」


「は、はい、まあ……」


 実際はそんなに眠れてはいないけれど、侯爵家にいた頃よりは心地よい眠りを得たのは確かなヒスカリアは、思わず曖昧に答えた。

 ジェインはその答えを気にする様子もなく、そのまま書類に目を通し続けたまま、淡々と話し始める。


「侍女から聞いていると思うが、早速今日の午後から家庭教師たちが来る」

「はい。聞いています」

「顔合わせの際は私も立ち会う。五大公爵家の者ばかりだから、そんなに気負う必要はない……はずだ」


 話しながらヒスカリアに視線を向けたジェインだったが、顔合わせのメンバーの顔を思い浮かべたのか、途中から気まずそうな表情になり、再び書類に視線を戻してしまった。


「まあ、多少厳しい言葉を浴びるかもしれないが、気にする必要はない。気にしたところでキリがないからな」


 突き放すようなジェインの言葉と態度に不安を覚えたヒスカリアは少し躊躇いがちに返事をする。


「……はい」


(五大公爵家ということは、みんな王族ということでは……)


「一応五大公爵家の中でも君に比較的近い、バークレイ侯爵家所縁の方にマナーの講師をお願いした」

「バークレイ侯爵家所縁(ゆかり)の方、ですか……?」


 今まで親戚に会った記憶のないヒスカリアは、侯爵家所縁の方と言われて不思議な気持ちになった。

 祖父の葬儀ですら、ヒスカリアは叔父によって病欠扱いにされ、親戚たちに会うことは許されなかったのだ。


 ヒスカリアの事情を察したジェインは、少しだけ言葉を付け加える。


「ああ。まあ、言ってしまえば五大公爵家は皆王族の血を引いているから、君にとっては皆親族なんだが……まあいい。バークレイ侯爵家の血を引く方だ」


「そんな方がいらっしゃるんですね!」

「君は……身内にあんな目に遭わされておきながら、よく喜べるものだな」


 嬉しそうに声を上げるヒスカリアに、ジェインは怪訝そうに告げた。

 けれど、ヒスカリアは複雑そうな顔をしつつも、前を真っ直ぐ見ている。


「……叔父やミリアのような人だったら嫌ですけど……でももしかしたら両親のことを知っているかもしれないですし」


 ヒスカリアの思いもよらない返事に、ジェインは大きくため息を吐いた。


「……なるほど。そういう理由か」


(きっと楽観的だって、呆れられてしまったでしょうね……でも……)


「私には両親の記憶がないので。両親がどんな人たちだったのか、知りたいんです。祖父にはあんまり聞けなくて……叔父たちに聞くとすぐ機嫌が悪くなって。叩かれるのが怖くて聞けなかったんです」


 辛かった日々を思い出し、ヒスカリアの表情はすっかり暗くなってしまう。


 ジェインはそんなヒスカリアを見て多少申し訳なく思ったのか、「そういえば……」と呟くと、パチンと指を鳴らし、目の前に封の開いた一通の手紙を出した。


「手紙?」

「ああ。君の記憶を戻せないかと、相談していたんだ」


 淡々とした声に、手紙を見つめていたヒスカリアがジェインを見る。


「私は一応全属性だが、得意としているのは空間魔法なんだ。時間や記憶の魔法はあまり得意じゃない。だから専門家に相談していた」


「私の記憶が戻るんですか!?」


「可能性はある。それに元々バークレイ侯爵家は、時間魔法を得意とした王女が嫁いだ家だ。血筋的にも相性は良いはずだ」


「……ということは、戻るんですね!?」


 ぱぁっとヒスカリアの顔にこれまでにない喜びの色が浮かぶ。


「確実ではないからな」

「はいっ」


 ジェインがさらに釘を刺すものの、両親の記憶が戻る可能性を知ったヒスカリアは、喜びを抑えられず、すぐに返事をした。

 出会ってから初めて見る嬉しそうな表情に、ジェインは渋々といった様子で手紙を渡す。


「読んでも良いのですか?」

「ああ」


 受け取ったヒスカリアは恐る恐る封筒から便箋を取り出し、読み始めた。



『――お尋ねの記憶の復元について、時間魔法、記憶魔法のいずれかの素質を持つ者であれば可能です。今回ご相談のバークレイ侯爵令嬢であれば、血筋的に可能性は高いかと存じます――』



 文面を見たヒスカリアは、思わず手紙を掴む手に力を込めながら、ジェインに向かって声を上げた。


「公爵様! 可能性は高いと書いてあります!!」

「そのようだな……」


 『公爵様』と呼んだヒスカリアに、怪訝な反応をしつつも、あえて指摘を避けたジェインは、悩ましい表情になる。


「だが、記憶が戻ったとして、果たして君がどれくらい魔法や家の事情について聞かされているか……。今回依頼したのは、現状の君の魔力量が本来の魔力量とかけ離れているからだ」


「どういう意味ですか?」


 キョトンと聞き返すヒスカリアに、いかにも面倒そうな表情でジェインが再びため息をつく。


「前にも少し話したが、三侯爵家は女神との契約の下、魔力に制限をかけて継承している。我々公爵家や王家と違って、三侯爵家は女神のお力で魔力が守られているんだ。だから、代々ある一定の魔力量を維持できている」


「……その一定の魔力量とかけ離れている、と?」


「そうだ。年月が経ち過ぎていて魔法の痕跡がないから可能性としてだが……記憶と共に封印されているのではないかと思っている。だから君の記憶を取り戻す必要があるんだ」


 自分の身の上に起きていることなのに、異次元の話すぎて、ヒスカリアは言われていることはわかるのに、理解ができず呆然としていた。


「まあとにかく、記憶が戻れば、君が欲している両親のことも思い出すだろう。近いうちに会わせよう」


 そう言うと、ジェインは席に座るよう促し、使用人たちに食事を用意するよう告げる。


 お茶を飲んでいたからてっきり既に食事が済んでいると思っていたヒスカリアは、ジェインが自分を待っていたのだとようやく気づいた。


「すみません……」

「ん? どうした?」


 再び書類に視線を落としていたジェインは、ヒスカリアの謝罪の意図を読み取りつつ、不適な笑みを浮かべた。

 まさか朝食でマナーを見るためにジェインが待っていたとは……。

 それに気づいたヒスカリアは、謝った自分を恥ずかしく思ってしまった。



「ほう……意外と覚えているものなのだな」


 ジェインは朝食を食べるヒスカリアを眺めながら、感心したように告げた。


「文字と同じく、基本的なものの記憶は失っていませんでしたから……」

「とはいえ、やはり優雅さには欠けるがな」


 そう言うジェインはというと、ヒスカリアの様子を見ながらも、洗練された美しい所作で実に美味しそうにオムレツを口に運んでいく。


(こんな豪華な食事するのなんて久し振りなのだから、優雅になんて無理だわ。最低限でも覚えていて良かった……)


 優雅さに欠けるとは言われたものの、覚えていたことだけでも、少しホッとしたヒスカリアは、その後も粗相をしないように慎重に食事を続ける。


「まあ、基本ができていればあとは慣れだな。そのための講師だ。存分に学べばいい」

「はい……」


 学べばいいと言われて、ふとヒスカリアはジェインの手元を見た。


 彼の洗練された美しい所作に、思わず目を奪われる。


(求められているのは、あのレベル……あんなふうに美しい所作を身につけられたら、私でも少しは変われるかしら……。立派な公爵夫人になるためには、優雅に振る舞うのはもちろん、自信を身につけなければ……)


 そんなことを考えながら、ヒスカリアは少しでもヒントを得ようと、ジェインの所作をさらに見つめる。

 ジェインはヒスカリアの視線に気づいているものの、その意図を理解しているのか、その後も黙って食事を続けるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

ヒスカリアの公爵邸での日々が始まりました。

次回は、仕立て屋さんがやってきます。

お楽しみいただけますと幸いです。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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