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◇優しい共犯者

 執務室を出ると、廊下にはヒスカリアと同世代くらいの侍女が立っていた。どうやら話している間、ヒスカリアを待っていたようで、ヒスカリアの姿を見るなり頭を下げた。


「ヒスカリア様、お部屋までご案内いたします」


 侍女について行くと、執務室のさらに奥の廊下へと進んでいき、突き当たりの扉の前で止まった。


(一番奥まった部屋? 普通は主人の寝室があるところだけど、まさか……)


 侍女が扉を開けると、先ほどの執務室の倍はありそうな空間が広がっていた。更に、部屋の中に扉が二つある。


「右の扉は衣装部屋に繋がっています。左の扉は寝室になります。寝室には洗面所などへ続く扉がありますので、また後ほどご説明いたします。まずはソファーにかけてお寛ぎください。お茶をお淹れいたします」


「ありがとう、ございます」

「私たちに敬語は不要でございます」


「あ、また……ごめんなさい。なかなか慣れなくて」


「いえ、謝らないでください。私たちでお手伝いできることはお手伝いいたしますので、ゆっくり慣れていきましょう」


「……ありがとう」

「では、準備してまいりますね」


 あんなことがあったばかりなせいもあるのか、人の優しさが特に沁みてしまう。


「あ、あの。あなたの名前を聞いても?」


 扉を開けようとするところを引き止める。

 嫌な顔をされてしまったらどうしよう……そう思いつつも、優しい言葉に背中を押されて勇気を出した。


「あ、私ったら、うっかり。大変失礼いたしました。私はエマと申します。ヒスカリア様の身の回りのお世話をさせていただきます。よろしくお願いいたします」


 慌てながらも丁寧に挨拶をする姿からエマの真面目そうな性格が窺える。


 ヒスカリアは思わずつられて頭を下げそうになり、グッと堪えた。


(危ない……またやってしまうところだったわ)


「よろしくね。エマ」

「はい。では、一旦失礼いたします」


 一人部屋に残されたヒスカリアは、辺りを見回す。

 侯爵邸から持ってきた荷物は、ほとんど中身の入っていないみすぼらしいトランク一つ。部屋の豪華な調度品の中で完全に浮いてしまっている。


 なんだか恥ずかしくなり、早くトランクをしまってしまいたい衝動に駆られたヒスカリアは、トランクを開けて、中から必要なものを取り出す。


(一応着替えも持ってはきたけれど、さすがにこれを出す勇気はないわね……)


 結局選別して取り出したのは、両親の写真が入った写真たてと、祖父の形見の使えなくなった万年筆、そして、開かない父の手帳だった。


 価値のありそうなものは、祖父が亡くなった後、全て叔父たちによって奪われ、残ったものはこれくらい。


 それらをテーブルに並べていると、ドアがノックされ、エマがワゴンを押しながら入ってくる。すると、部屋の中に香ばしい匂いが広がる。


「エマ、これは何の匂い?」


「お茶うけにナッツのクッキーをお持ちしました。焼きたてですので、温かいうちにお召し上がりください」


 美味しそうな匂いにヒスカリアの目尻が下がる。


(甘いものをこんなに食べられる日があるなんて! 今日は侯爵家でケーキも食べたのに……)


「……食べても良いのでしょうか?」


 甘いものを一日二回も食べるなんてそんな贅沢しても許されるのか、それもこんな夜遅くに……両方の不安がヒスカリアの頭によぎる。


 そんなヒスカリアの心配とは逆に、エマは心配そうな顔で、ヒスカリアの前にクッキーのお皿を置いた。


「夜遅くの間食は、あまりお勧めしませんが、ヒスカリア様は少し心配なほど細くていらっしゃいますので、食べられるときに食べていただきたいです」


 それを聞いて安心したヒスカリアは、一枚クッキーを手に取る。一口食べた次の瞬間の表情が本当に幸せそうで、エマはほっと胸を撫で下ろした。


「ヒスカリア様。お好きなものがあればなんでもおっしゃってくださいね。ご用意させていただきます」


「……ありがとうございます。あの、たぶん本当はダメだと思うんですけど、エマも一緒に食べませんか?」


「え?」


「あ、ごめんなさい! ダメですよね。お仕事中ですもんね」


「どうしてそうおっしゃるのですか?」


 エマの質問に、嬉しそうにしていたヒスカリアの表情が曇る。


「……私、幼い頃はわからないのだけど、お祖父様以外の誰かと食事をしたことがなくて。お祖父様が亡くなってからはずっと一人だったので。だからその、誰かとこうしてお話ししながら、お茶や食事ができたらなって、ずっと憧れていて……」


 必死に言葉を選びながら話すヒスカリアを、エマは優しく見つめると、ヒスカリアの横に屈んで、そっとその手を取った。


「ヒスカリア様……。私で良ければいつでもお付き合いいたします! 今すぐ整えますので、少しお待ちくださいね!」


 エマは自分の分のお茶をすぐに用意すると「失礼いたします」と向かいに座り、一緒にクッキーを食べ始める。


 しばらくするとヒスカリアは嬉しそうな表情でエマに笑いかけた。


「やっぱり誰かと一緒に食べると心が温かくなるのね」


 エマはその様子を目を細めながら見ていた。



 お茶会の後半になるとエマは急にソワソワし始め、心配したヒスカリアが尋ねると、さっきまでとは人が変わったように、年相応の反応で騒ぎ出す。


「あの……このお茶のことは、ご主人様と先代様には絶対秘密にしてください! あ、あと侍女長と執事にも! とにかく内緒にしてください!」


 必死に懇願するエマに、ヒスカリアは笑いを堪えるのが大変だった。


「内緒にする代わりに、また付き合ってくださいね」


 そうヒスカリアが返すと、エマは嬉しそうに笑った。


お読みいただきありがとうございます。

更新が遅くなってしまってすみません。

部屋に辿り着いて、ようやく心を許せそうな人が現れた回でした。

次から貴族教育が始まります。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。


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