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◇ヴァルガス公爵邸

 一行を乗せた馬車は夜遅く、ヴァルガス公爵邸に到着した。


 馬車が一度止まると、大きな門が開く音が聞こえる。窓から覗く公爵邸のあまりの広さにヒスカリアは息を飲んだ。


 門からは噴水や花壇が見え、まだまだ道が続いている。さらにその道の奥には神殿のように大きな屋敷が見えた。


(侯爵邸とは比べ物にならない広さだわ……)


 馬車を降り屋敷に入ると、家令をはじめ、大勢の使用人たちが公爵たちの帰りを待っていた。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


「ああ。皆に紹介しておこう。こちらが私の婚約者のヒスカリア・バークレイ侯爵令嬢だ。これからこの公爵家で生活する」


「ヒスカリア・バークレイです。皆さんよろしくお願いい――」


 使用人たちに頭を下げて挨拶をしようとするヒスカリアを、公爵が慌てて止める。


「貴族令嬢が、使用人に頭を下げるな」

「え? なぜで……」


「君はここの女主人になるんだぞ。下の者に頭を下げてどうする。まさかそこから教育が必要なのか……」


 食い気味に苦言を呈しながら眉間に皺を寄せる公爵。大声とまではいかないものの、玄関ホールに集まった侍従や侍女たちには十分聞こえてしまう。


「申し訳ありません……」


 萎縮して謝るヒスカリアに、レイヴィスが助け舟を出す。


「ジェイン、そう強く言ってはならん。皆も驚いておるじゃろ」


「そうはいうが、さすがにここまでとは……」


「お嬢ちゃんも気にすることはない。学んでいけば良いことじゃ」


 このやり取りをしている間も使用人たちは静かに様子を伺っている。


 バークレイ侯爵家の使用人たちなら、コソコソと悪口を言ったり、笑ったりしていそうな状況なのに、何も聞こえてこないどころか、ヒスカリアを気遣うような視線さえ感じる。


(ここは今までと全く違うのだわ……)


 公爵に注意され、この先を思って不安になっていたヒスカリアだったが、その視線に少し救われた思いがした。



 それから、荷物を部屋に運んでもらい、公爵とともに二階にある執務室へと向かう。


 階段を上っていると、途中の壁にかけられた、一枚の絵が目に留まる。


 そこには、幼い公爵と髭がなく若く凛々しい前公爵、それに今の公爵とよく似た美しく気品のある女性が幸せそうに笑う姿があった。


(公爵家の肖像画だわ。公爵様もこんな無邪気に笑う頃があったのね……)


 幼い頃の、今の公爵からは想像もできない笑顔に、ヒスカリアは不躾だと思いつつも、公爵へと視線を向ける。

 視線に気づいた公爵はふと足を止めた。


「本当は代変わりした時点で変えなければならないが、当主一人の絵を描いても仕方がないからな。君が正式に嫁いだ後、また作成する予定だ」


 それだけ告げるとサクサクと階段を上っていく。


 執務室に着くと、早速いくつかの書面にサインをした。


 王家に提出する婚約の書面やバークレイ侯爵家の相続に関する書面、中には侯爵家の現状の資産が読み取れる書面もあった。

 その書面を見たヒスカリアは明らかに侯爵家の財政がギリギリな状況に気づき、顔面蒼白になった。


 一方公爵は、ヒスカリアが字を読めること、計算も普通にできることを見て、安堵のため息をこぼす。


「これで字まで読めなかったらどうしようかと思っていた」


「事故で記憶は失くしていたのですが、なぜか文字や計算に関しては覚えていたので、祖父が亡くなるまでは本や教科書を与えてくれていました。ミリアは勉強が嫌いで……それを奪われることはなかったので」


「なるほどな。しかし、記憶の一部は失っていなかったということか」


「文字と計算だけでしたが、覚えていました。他は全部忘れてしまっているのですが」


 公爵は「ふむ」と少し考え込むと、机に向かい、サラサラと手紙を書き出す。数行だけ書かれた手紙を折り込むと、手の内でフッと消える。


 一瞬のことに驚くヒスカリアに対し、公爵もレイヴィスも何事もなかったかのように、平然と続きを話し始めた。


「今日から君には婚約者としてここで過ごしてもらう。来週には、婚約の承認をいただきに陛下に謁見しなければならないので、急ぎドレスなどを整える必要がある。明日仕立て屋を手配してある。何着か仕立てるように」


「……承知しました」


「何があるかわからんからのぉ。少し多めにドレス以外も仕立てるようにすると良いぞ。宝石商も呼んでおこう」


「ほ、宝石商……」


「公爵夫人になる女性が何も着けていなくては、当家の威厳に関わるからのぉ。気に入ったものをいくつか買っておくんじゃぞ」


「え!? いくつか……ですか?」


「ああ、好きなだけ買って構わない」


 好きなだけと言われて戸惑うヒスカリアに、公爵はさらに戸惑う言葉を告げる。


「それと、今から私のことはジェインと名前で呼ぶように。さすがに婚約者が『公爵様』と呼ぶのはおかしいからな」


「かしこまりました……ジェイン様」


「ああ。では、説明はひとまずここまでだ。部屋に君専属の侍女がいるので、わからないことは彼女に聞くように。今夜はゆっくり休むといい」


「ありがとうございます」


 こうしてヒスカリアは、与えられた部屋へと向かった。


お読みいただきありがとうございます。

ようやく公爵家に着きました。

なかなか初っ端から厳しい感じですが、ここから少しずつデレる予定です。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。


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