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◇憎悪

この回、若干ですが、残虐な描写があります。

できるだけ直接的な描写は避けているのですが、気になる方はご注意いただけますと幸いです。

 魔法陣の光から現れたヴァルガス公爵は、部屋を一度見渡してから、ヒスカリアをじっと見つめる。


 ミリアの叫びは、今では叫び声から呻き声に変わっていた。


「……これは……予想していた以上に酷いな……」


 公爵は呆れを通り越し、唖然とした表情でそう呟き、大きくため息を吐いた。


「こう、しゃく、さま……」


 そこへ地を這うような声が聞こえ、振り向いたヒスカリアの目に、爛れた両手を必死に隠そうとするミリアの姿が映る。


 本人は両手さえ隠せば良いと思っているのだろう。

 爛れは既に顔にまで広がっていた。


「……いた、いの……たす、け、て……」


 あまりの痛みのせいか、まるで人が変わってしまったかのように衰弱しきって変わり果てた姿に、ヒスカリアは目を見開く。


 けれど、公爵と初老の男性は、見下すような視線を一瞬向けただけで、平然としている。


 ミリアの言葉には耳を貸さず、揃ってヒスカリアに歩み寄ってきた。


「ヒスカリア嬢、無事か?」


「……はい。あの、これは一体……」


「防護魔法が働いただけだ。どうせ指輪を無理矢理奪い取ろうとでもしたのだろう?」


 大したことではないと、淡々と返す公爵の反応に、ヒスカリアはゾッとする。


(公爵様にとってこれは大したことじゃないなんて……)


「はい……おっしゃる通りです……」


 少し震えながら答えるヒスカリアを見た初老の男性は、公爵の近くまで来るとその脇腹を小突いた。


「これ、ジェイン。お嬢ちゃんが怖がっとるじゃろ! もっと愛想よくできんのか」


 小突かれたジェインことヴァルガス公爵は、気まずそうに男性を睨む。


「何じゃ? 言いたいことがあるならちゃんと言え。お嬢ちゃんも傷だらけじゃろうが。気が利かんのぅ。ほれ、とっとと手当してやらんか」


「私に指図するな」


「そんなんだから、冷徹とか言われるんじゃ」


「うるさい! わかったから、少し黙っててくれ」


 目の前で起こる不思議なやりとりに目を丸くするヒスカリアに、公爵は渋々手を差し伸べる。


(公爵様より上から話すこの初老の男性は一体……)


「さっさと左手を出せ」


 ヒスカリアが躊躇(ためら)いがちに左手が乗せると、その手を掴み、眉間の(しわ)を深くさせた。


「これは酷いな……ああなるのも当然だ」


 そう言いながら一瞬ミリアの方を見る。


「どういう意味ですか?」


「この指輪の防護魔法は、怒りや憎しみ、妬みに反応する。その感情が強いほど、跳ね返る力も大きい。まあ、一種の呪いだな」


「呪い……」


「普通はあそこまではならない。指輪の持ち主に与えた傷や向けた憎悪の分だけその身を焼く」


「私への憎悪……!?」


 思わず公爵に掴まれた手に嵌まる指輪を凝視する。


「こらこら、ジェイン。あんまりお嬢ちゃんを脅かすんじゃない」


「事実を述べたまでだ。父上はちょっと黙っていてくれ!」


(え!? 父上!?)


 一連の会話に驚いたヒスカリアは思わず初老の男性に声を掛けた。


「もしかしてあなた様は……」


「ふぉふぉ、お嬢さん、ご挨拶が遅くなりましたのぅ。ワシはレイヴィス・ヴァルガスじゃ」


「ヴァルガス様って……もしや……」

「前の公爵じゃよ」

「前ヴァルガス公爵様!?」


「ふぉふぉふぉ」


 初老の男性は茶目っ気たっぷりにそう頷くと、「今は隠居のじじぃじゃからの、気遣いは無用じゃ」と言って、ヒスカリアに微笑んだ。


 そんな二人のやり取りをさも面倒そうに公爵は見ると、早々に話を引き戻す。


「でだ。この指輪が持ち主を害することはない。だから、安心すると良い」


「安心……でもそれって自分以外の他人を傷つけるということですよね?」


 ヒスカリアの言葉に公爵は不思議そうに彼女を見る。


「君は……自分がこれだけ傷つけられてもそれを言うのか」


 公爵に掴まれた手は、指輪の周辺はもちろん、至るところが爪で引っ掛かれ、えぐられている。

 浅い傷の出血は止まっているものの、深い傷からは未だ血が溢れていた。


 そんな目に遭っても他人のことを考えるヒスカリアに、公爵は理解できないと頭を抱える。


「今回のミリアは、自業自得かもしれませんが、羨ましいとか妬ましいって思う気持ちはよく知っていますから。それで他人を傷つけてしまうのは恐ろしいです……」


 この十年間の様々な思いが巡り、ヒスカリアは唇を噛んだ。


「大丈夫だ。羨むくらいの、妬ましいくらいの気持ちなら、あそこまではならない。まあいい。ひとまず、手当しよう」


 そう言って、微かに吐息が聞こえるほどの声で呪文を囁く。


 左手から温かいものが身体中に流れてくるのと同時に、ヒスカリアは白い光に包まれた。


 みるみるうちに手の傷が塞がっていく。

 ものの数秒で傷は全て塞がった。


「これで大丈夫だ」

「……ありがとう、ございます」


 魔力が全身に巡ったことで、フワフワした状態になったヒスカリアは、少しボーッとしてしまっていた。


 そこへ這いつくばりながら、ミリアが近寄ってくる。


「わたしも、なおして……おねがい……」


 枯れたはずの涙が彼女の頬を再び伝う。


 けれど、公爵はまったく見向きもしない。


 すると先ほどまで呆然と床に座っていたはずのアリストが、ようやくミリアに駆け寄ると、公爵に進言する。


「どうかご慈悲を……! ミリアを助けてください! お願いします! 傷が残ってしまったら……嫁の貰い手がなくなってしまう!」


「ちょうど良いではないか。『傷アリの穀潰し』だったか? そう言って虐げてコキ使えば良い」


「何をっ!」


「ヒスカリア嬢に侯爵がしていたことではないか。嫁に行けない分、存分に働かせれば良い。まあ、侯爵が爵位が保てればの話だが」


「!?」


 アリストは公爵の言葉に部屋をぐるっと見回し、ようやく我に返って状況を把握したようだった。


 ミリアの横に座り込むと、力強い眼光でギッとヒスカリアを睨む。


 そんなアリストの様子に公爵はさらに容赦なく現実を突き付ける。


「バークレイの侯爵位は、本来ヒスカリア嬢と私の間に子ができるまで、現状維持の予定だったが、今回の件で、状況は変わるだろう」


「それはっ……」


 公爵の言葉にアリストの目からどんどん力が抜けていくのがわかる。


「ヒスカリア嬢が爵位を継ぐか、一旦王家預かりになるかは、陛下との話し合い次第だろう」


 それはアリストにとっては、もはや爵位の剥奪を宣言されたようなものだった。


「私は……ただ家族で、幸せになりたかっただけなんだ……」


 ガックリと肩を落としたアリストは、呻きながら助けを求めるミリアをただ呆然と見つめていた。


お読みいただきありがとうございます。

侯爵家へのざまぁ完了回でした。

どうもキャラの濃いおじ様が好きなようで…レイヴィス書くのは楽しいです。今後も活躍予定です。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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