◇プロローグ
大魔法士の系譜である王族のみが魔力を持つ国ヴァルグレイブ。
この国において魔力とは絶対的なもの。
そのためこの国では魔力を持つ王家とその傍系にあたる五大公爵家が絶大な力を誇っていた。
そんな国の、とある侯爵家のお話。
その侯爵家には、顔に大きな傷を持つ令嬢ヒスカリア・バークレイがいた。
ヒスカリアは、七歳の時、次期侯爵だった父と母を馬車の事故で亡くし、自らもその事故により顔に大きな傷を負い、それまでの記憶を全て失った。
当時バークレイ侯爵だったヒスカリアの祖父は、悲しみのあまり体調を崩し、次男に爵位とヒスカリアを託すと、事故の半年後に息を引き取った。
次男であるヒスカリアの叔父は、彼女を引き取り、兄の代わりに侯爵家を継いだ。
けれど、叔父には溺愛する一人娘ミリアがいた。
ミリアはヒスカリアより一つ下で、美しいブロンドの髪とエメラルドの瞳の、色白で可愛らしい令嬢だった。
一方のヒスカリアは、目立たない栗色の癖のある髪で、父親譲りのアメジストの瞳以外は、特に目立つことのない容姿をしていた。
ヒスカリアは、名目上は侯爵家の長女として叔父に引き取られたが、この叔父はヒスカリアの父に対する劣等感の塊だった。
兄であるヒスカリアの父は跡取りな上に、とても頭がよく、人格者で、人々からとても慕われていた。
優秀な兄とずっと比較され育った弟は、どんどん卑屈になっていった。
そんな叔父は、爵位を継いだ途端、顔に大きな傷があり、記憶も失った幼いヒスカリアを『穀潰し』と虐げ、使用人のようにこき使うようになった。
「そんな傷じゃ、まともな嫁の貰い手なんて絶望的だ! 一生我が家に居座るつもりならしっかりとその分働いてもらう。それは当然だろう?」
「でも、お祖父さまは、私には婚約者がいるって……」
「私はそんな話は全く聞いていないし、ましてやそんな口約束のようなもの、傷ありになった時点で破断になるに決まっている」
「そんな……!」
けれど、ヒスカリアは強く言い返すことができなかった。
実際自分の右頬には令嬢としては致命的な大きく爛れた傷痕がくっきりと残っている。
その上、もし相手に会ったことがあるのだとしても、覚えていないのだから。
「置いてやるだけありがたいと思え、この穀潰しが! お前の目を見ているだけで腹が立って仕方がない!」
両親の記憶もなく、病床にありながらも優しかった祖父ももう居ない。
他に行く当てなどない七歳のヒスカリアは、叔父に従うしかなかった。
叔母である夫人も、ヒスカリアが受け継ぐはずだった母のドレスや宝飾品、小物に至るまで「傷有りにこんな豪華なもの、使う場所がないでしょう?」と、全て取り上げ、仕立ててもらっていたドレスも次々にミリアへと渡っていった。
記憶の無いヒスカリアは、両親のことを思い出す手がかりさえも次々に奪われ、ただただ、日々食事にありつくために、言われるままに働くしかなかった。
そして、そんな両親を見て育ったミリアは、元々両親から溺愛され、甘やかされていたこともあり、「お姉様」とは呼びつつも、ヒスカリアをこき使い、虐げた。
自分よりも下の者、惨めな者がいるという優越感に浸る快感を幼いながらに知ってしまったミリアは、自分が悪いことをしているなど、微塵も思うことはなかった。
――それから十年の月日が流れた。
お読みいただき、ありがとうございます。
10万字完結予定のお話になります。お楽しみいただけますと幸いです。
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