【コミカライズ】負傷兵の命を救い、聖女の称号を与えられた薬師です。偽聖女として婚約破棄後に国外追放されましたが、騎士さまに愛されて幸せに暮らしております。
「この偽聖女め！ お前との婚約は破棄する！ 今すぐ城から出ていくがいい！」
部屋に響き渡る突然の怒号に、薬草を調合していたエメリンは驚いて顔を上げた。王宮の片隅に設けられたエメリンの私室に乱入したのはこの国の第二王子と彼の側近たちだ。一応、エメリンの婚約者でもある。彼らは夜分遅くに先触れもなしに訪問したあげく、彼女の部屋の中を荒らし始めた。
「殿下、何をなさっているのですか。これは騎士団にお渡しする薬の材料です。不純物が入っては、うまく効能を発揮できません」
「はっ、おかしなことを。真の聖女が見つかったのだ。ただの薬師であるお前などお役御免に決まっている」
彼は、つい先ごろ王家によって保護された美しい少女のことを引き合いに出してくる。真の聖女と呼ばれている彼女が見せた「奇跡」は、確かに人間技とは思えなかった。
ひとたび彼女が手をかざせば、瀕死となった怪我人や病人は息を吹き返し、失った手足さえ瞬く間に再生する。腰の曲がった老人さえ、ありし日の若々しさを取り戻した。
一方でエメリンが作ることができるのは、他の物よりも効果が高いとはいえ、あくまでただの薬なのだ。もちろん「神の御技」にはほど遠い。
「そもそも、こんなおかしな格好をした変人が俺の婚約者だということ自体気にくわなかったんだ」
王子に吐き捨てられ、エメリンは唇を噛んだ。エメリンは他の令嬢たちと違って華やかな格好とは無縁である。
薬作りの最中は衛生のためにローブやメガネ、マスクに手袋を使用しているし、救護活動中もやはり白衣で全身を覆ってしまっている。より良い効能が見つかればほくそ笑みながらメモを取っていることもあり、はたから見れば不審者じみているかもしれない。
だが、それがエメリンの仕事なのだ。派手さはないが、たくさんのひとの命を支える大切な職業である。残念ながら、王子にとってはそうではなかったらしいが。
「まったく、役立たずなものばかり作りおって。なぜお前が『聖女』の称号を得たのやら。その称号は返してもらおう」
神殿が勝手に与えてきた称号だが、いつの間にか不正に受け取ったことにされているらしい。王子は、忌々しそうに机を蹴りあげる。エメリンは慌てて彼の腕を掴んだ。
「殿下、いけません。机の上には、様々な種類の薬草やそれを抽出した薬品が置いてあります。不用意に触れては、何が起きても不思議ではありません。消毒薬の中には、皮膚の表面を溶かす作用を持つものだってあるのですから」
「皮膚が溶ける水だと？」
「それは器具を消毒するためのものです。使い方を誤れば問題があると説明したく」
「ええい、お前の話など聞きたくない。斬り殺されたくなければ、即刻この国から出ていくがいい」
苛立ちを抑えきれなかったのだろう。王子が抜刀し、机の上の薬品類をまとめて床になぎ払った。ガラス瓶が割れ、様々な液体が周囲に飛び散る。その瞬間、うめき声で部屋の中は埋め尽くされた。
「あああああああああああ」
「貴様、一体彼らに何をした！」
屈強な騎士団の男たちが床に倒れこんでいる。中にはもがきながら、胸のあたりをかきむしっている者までみえた。
「私は何も。机の上に置いてあったのは、普段から皆さまに渡している、虫除けや消毒薬だけです」
「それならばなぜ彼らは苦しんでいる。毒でも浴びたかのようではないか。俺だって、咳が止まらない。貴様、皮膚が溶ける薬以外にも人体に悪影響を及ぼす薬を密かに作っていたのではあるまいな」
「違います、私は！」
「黙れ！」
激昂した第二王子は薬品棚の瓶を開けると、中身をエメリンに向かってぶちまけた。問題がないというのなら、その身で証明してみろというのだろう。そのまま頭から薬品をかぶりそうになり、慌てて顔を背けた。
人体に害がないというのは、適切な濃度で適切な処置であってこそ。希釈前の原液が目や口に入ることは避けるべきである。だが、宙に放たれた液体はエメリンの身体を濡らすことはなかった。エメリンの護衛騎士を務めるデニスが、その身で防いでくれていたから。
「エメリン。大丈夫かい」
「あ、あなたこそ。中身は人間には無害のはずだけれど、目や口に入ると何が起きるかわかりません！ それに肌にも刺激が強すぎます」
「ああ、問題ないよ。見てごらん。水もしたたるいい男だろう」
「何を言っているんです、こんな時に」
「君が無事で本当に良かった、助けに来るのが遅くなってしまってすまない」
予想外の出来事に一瞬押し黙った第二王子だったが、ふつふつと怒りが湧き上がってきたらしい。
「なんという恐ろしい女だ。護衛騎士までたぶらかしたのか。今すぐ出ていけ、この魔女め！次に会ったら、貴様の首を斬り落としてやる！」
「なるほど。それでは、わたしの契約も解除ということで」
「当然だ、さっさと出ていけ！」
そうしてエメリンは、災いをなす醜い魔女としてデニスとともに追放されたのだった。
＊＊＊
エメリンはそもそも辺境の村に住む薬師だった。偶然彼女が暮らしていた村が魔物に襲撃された際に、自ら後方支援部隊に加わったのだ。
魔物との戦いは酷いものだった。もともと、魔物はエメリンたちの世界には存在していない。百年に一度、新月の夜に空から魔物の群れが現れると伝えられているだけ。
翌日太陽が昇ると魔物は消滅してしまうが、襲われた村や町のものたちもまたほとんど姿を消してしまうため、詳細はようとしてしれないのだ。わかっていることと言えば、時折、薬草の茂みに隠れていた子どもが発見されること。そのため、一部の薬草には魔物除けの効果があるのではないかということのみ。
今回魔物が溢れ出てきたとき、エメリンの村には偶然第二王子と近衛騎士団が滞在していた。辺境の砦の視察からの帰り道だったらしい。
まさかの事態に巻き込まれ、エメリンは必死で抗った。少しでも効果があればと家に保管しておいた販売用の虫除けや獣除けを辺りにバラ撒いたし、負傷した兵士たちを少しでも救わねばと考えられることは何でもした。未知の魔物に受けた傷に少しでも効果があればと実験的な使用も行ってみた。
そうしてなんとか魔物を撃退し、さらに数多くの負傷兵の命を救ったエメリンは、神殿から「聖女」の称号を与えられることになった。もちろん、エメリンを労うためではない。やっと得られた魔物討伐の解決の糸口を逃さないために、エメリンを縛りつける口実でしかなかった。
目立ちたくないエメリンにとっては、迷惑以外のなにものでもない。住み慣れた村から王都に連れて行かれ、王宮暮らしが始まると、あまりの閉塞感にエメリンは息がつまりそうになったくらいだ。
第二王子の命を救ったということでエメリンは彼の婚約者となったが、当の本人からは蛇蝎のごとく嫌われる始末。彼はエメリンのような地味な女ではなく、華やかで豊満な美女を侍らせたかったらしい。けれど第二王子の母は、魔物を撃退させた王子と聖女という組み合わせで、次期国王の座を狙っていたのだろう。平民のエメリンに拒否権などなかった。
その上、貴族たちからの反発は強かった。嫌がらせは当たり前、命を狙われることさえ少なくない。思い悩んでいた彼女に与えられたのが、護衛騎士のデニスだ。彼は神殿から派遣された神殿騎士だった。
『やあ、君が聖女ちゃんかい？』
『こんにちは。聖女ちゃんと呼ばれるのは好みませんので、エメリンとお呼びください』
『君ひとりを特別扱いはできないんだ。ごめんね、子猫ちゃん』
『子猫ちゃんはもっと嫌なので、黒ローブとかでどうでしょう。薬師でも、薬品係でもかまいません』
真面目で融通がきかないエメリンとは対照的に、女性全般に優しい軟派なデニスがやって来たときにはさすがの彼女も頭を抱えたが、案外ふたりの関係は悪いものではなかった。
自分のペースを崩されることを嫌うエメリンに、ちょうどよい具合にデニスは絡んできた。食事など、腹が膨れて必要な栄養と熱量が摂れればそれで良いとおざなりに済ませていたエメリンに、食事の美味しさを教えてくれたのもデニスだった。
クソ真面目で面白味のないエメリンと、軟派で女にだらしのないデニス。正反対のふたりは、互いの欠けた部分を補いあうようになっていたのだ。
いつの間にかデニスは、彼女のことを薬師ちゃんではなく、エメリンと名前で呼ぶようになった。他の女性陣はずっと子猫ちゃんのままだったから、いつの間にか悪友のような立場として認められていたのだろう。
自分で拒否しておきながら、いつの間にか女の子扱いではなくなったことになぜか釈然としなかったが、デニスと食べる食事は、ひとりで食べるよりもずっとずっと美味しかったから、エメリンはその辺りのもやもやには目をつぶることにした。
「これからどうするつもりかな」
「ひとまず、隣国の神殿に向かいます」
「なるほど。いい考えだね」
「デニス、あなたは？」
「エメリンが行きたい場所なら、わたしは地獄の果てだってついていこうとも」
「神殿騎士が地獄になんて行ってどうするんです」
「君と一緒なら、地獄もそう悪いものではないと思うよ」
「はいはい。本当にこんなときでもお口が達者で羨ましい限りですよ」
薬液を頭から被り、髪の毛がまだらに染まっていても、片目の色が変化してしまっていても、デニスは美しい。美形というのはすごい生き物だとエメリンは嘆息した。
(とりあえず、視力に問題がなさそうでよかったわ。本当は全身の確認をしてやけどの有無を確認したいけれど、寝台の上で堂々と裸で微笑まれるから困っちゃうのよね……。いくら私が子猫ちゃんな女の子じゃないからって、もうちょっとなんとかならないのかしら？ 据え膳食わねばな女性だっているかもしれないのよ？)
隣国の神殿では、大層な歓迎ぶりだった。どうやらデニスは結構偉い立場の人間だったらしい。たくさんの神官たちに頭を下げられる彼を見ながら、エメリンはまだらな髪の毛と色の異なる両の瞳の件を心の中で詫びた。
＊＊＊
隣国での生活はなかなかに快適なものだった。神殿に付属している治療院で働き、空いている時間で薬作りを孤児院の子どもたちに教える日々。
どこか雰囲気の変わったデニスは、軟派な行動をやめ、いつもエメリンのそばに付き添っていた。
追放されたけれど、正直今の生活の方が幸せなのではないかと考えるようになった頃、騒動はやってきた。どんな伝手を辿ったのか、母国から第二王子がやってきたのだ。
「エメリン、他国で何をやっているんだ。迎えに来てやったから、早く帰るんだ」
「おかしなことをおっしゃいますね。私のことは偽聖女として、追放されたのではありませんでしたか？」
嫌みではなく、本当に純粋に不思議で、エメリンは第二王子に問いかけた。一体なぜこのひとは、自分を迎えに来たのだろうかと。
「神殿が、お前以外を聖女として認めないというのだ。王家には真の聖女がいるというのに、彼女のことを毛嫌いする始末。何よりお前が国に戻ってこないのであれば、神殿は我が国から引き上げると言っているのだ」
神殿は国家に所属していない。彼らは中央神殿から各国に派遣されてやってきているが、何かあれば国から引き上げることが許されている。もちろん普通はそんなことは起きないので、神殿が引き上げた国は破門扱いになるし、他国とまともな関係を築くこともできなくなる。
そうなってしまっては、次期国王という話どころではないということで、大慌てで形ばかりの謝罪に来たらしい。
エメリンは小さくため息をついた。
「殿下、ここまではどうやっていらっしゃったのですか」
「馬と徒歩だが」
「馬は殿下を乗せることを嫌がったのではありませんか」
エメリンの言葉に王子は顔をしかめた。実際、馬たちは王子たちを乗せることをひどく嫌がった。なだめ、むち打ち、それでもどうにもならず、結局王子は馬車に、近衛騎士団の一部は徒歩でやって来たらしい。
「アレも、お前が何かしたのか」
「まさか、追放された私がどうしてそんなことができるでしょう。それにしても、昼間の行軍は大変だったのでしょうね」
「そうだな。さすがにこの暑さでは体力が持たない。仕方がないので昼間は休んで、夜に行動するようにしていた」
「まあ夜に移動ですか。山越えは夜目が利かないとなかなか難しそうですが……。それでは、食事などはどうなさっていたのでしょう」
「それほど腹は減らなかったからな。携帯食料があれば、それで事足りた」
「なるほど。そうですか」
ふむと小さく考え込んだエメリンは、手元にあった薬剤を王子に向かって吹きかけた。
「なんだ、これは」
噴霧した薬剤が目に入った瞬間、悶絶する王子。彼だけではない。そばにいた護衛たちもみな、突然むせ始めたり、身体中をかきむしっている。
「な、なんだ、これは。喉が！咳が止まらない。お前はやはり魔女だったのだな！」
「まだおわかりにならないのですか」
「一体何がだ！」
「これは、普通の虫除けや獣除けを少しばかり改良したものです。端的に言えば、魔物が嫌うという薬草の量を増やしたんですね」
「だから、なんだというんだ」
「デニス、ちょっといいですか？」
「あなたが望むなら、なんなりと」
「そんなこと言っていると、無理難題を仕掛けますからね。ええと、じゃあとりあえず」
ぷしゅ
気の抜けた音とともに、同じ液体がデニスに噴霧された。どことなく清涼感のある液体が肌にかかると、くすぐったそうな顔で騎士は微笑んだ。
「目に染みる成分もなくなって、大変素晴らしい」
「ありがとうございます。頑張った甲斐がありました」
「何の話をしている。そもそも一体誰なんだ、こいつは！」
「彼は、私の護衛騎士ですよ。母国にいるときから、ずっと私の隣にいてくれたではありませんか」
「そんなはずがない。あのときお前の隣にいたのは、黒髪黒目の男だった。こんな銀髪に紫の瞳なんて持っていなかった！……銀髪に紫の瞳……？まさか」
「あら、ようやく気がつかれましたか。デニスは、こちらの国の王族でして。ですから、殿下。どうぞ振る舞いと口の利き方にはお気をつけくださいませ」
にっこりと笑うエメリンとデニスを前に、第二王子は蛇に睨まれたカエルのように固まった。ひび割れた唇をゆっくりと開き、必死に言葉を紡ぐ。
「教えてくれ。どうして、この男は色が元に戻ったんだ？」
「聞きたいのはむしろ、こちらでしょう。どうして自分は魔物除けの薬液が触れるとこんなに苦しいのか」
自分でもわかっていたのだろうか。震える手でエメリンに手を伸ばそうとし、その手はあっさりとデニスによって阻まれた。
「助けてくれ。どうすればいいんだ！」
「私には無理な話でございます」
「どうしてだ。金なら出す！」
「殿下。私の持つ薬の技術は、魔を寄せつけないようにするためのもの。受けた傷を清め、治療するもの。すでに人間としての機能を止めた者を元に戻すことなど不可能です」
何度も話したつもりだった。神殿の治癒院であろうとも、瀕死の人間を薬だけで生かすことはできない。もちろん、失った手足を復元させたり、死にかけの老人を若返らせたりすることも。そんなことができるのは神の遣いか、あるいは魔物だけだろうと。
そこまでエメリンが話したとき、不意に空気が揺らいだ。
「あら、もうネタばらししちゃったのね」
姿を見せたのは、王家に保護されたあの美少女だった。しばらく見ない間に、すっかり妖艶な美女へと変貌を遂げていたが。あるいは、これこそが彼女の本来の姿だったのであろう。
「ネタばらしではなく、あくまで推察と推論です。神々のお考えは、私たちにはわかりません」
「お利口さんね。何でも首を突っ込まないのはいいことよ。わたくしたちは契約に従って、百年に一度、素敵なお友だちをこちらで調達しているだけなのだから。何よりわたくしたちは、望んだ相手しか連れていっていないわ。みんなお金やら若さやら、そんなものを求めてわたくしたちと一緒に来たがるのよ。夢を叶えてあげているのだから、悪い話ではないでしょう？嫌がった子たちは、ちゃんと置いていってあげるのだし」
古の時代にどんな取り決めがあったのかはわからないが、彼女たちにとっては理不尽な略奪ではないらしい。エメリンの村を襲ったのも、ちょっとした楽しみの延長でしかないのだろう。
「ほかのひとは知らないけれど、わたくしは顔が良い男が好きなの。なにより、男は少しくらい馬鹿なほうが可愛いのよ。てのひらの上で転がされていることもわからないのだから、見ていて良い暇つぶしになるわ」
第二王子や近衛たちがさっと顔を青ざめさせる。彼女と、自分たちが奇跡だとありがたがっていたものの正体にようやく気がついたらしい。
「さようでございますか」
「あなたの隣の男もなかなか良い男じゃない」
「……彼をお望みでございますか」
思わず顔を強ばらせたエメリンが面白かったのか、女はころころと笑った。抜刀しかけたデニスを前に、女は肩をすくめる。
「うふふふ。やめておくわ。神の末裔はわたくしと相性が悪いの。何より、わたくし、チャラ男ぶっているくせに実際は童貞で片想いを数年拗らせているような面倒くさい男は趣味じゃなくってよ」
「は？」
「ど、どうしてそれを！」
「ねえねえ、その男がどうして童貞のくせにチャラ男ぶっているか聞きたい？ あのね……うーん、やっぱりわたくしがバラすよりも、本人に白状させたほうが面白そうだわ。わたくしは魔界に帰るけれど、今度その後を教えてちょうだいな」
ウインクをひとつ投げて寄越すと、唖然とするエメリンとデニスを残し、女は第二王子たちをまるっと連れて次元の向こうへと消えてしまった。
＊＊＊
「えーと、軟派な男なのはフリだけだったって……？」
「わたしは幼い頃に魔物の襲撃を受けてね、彼らの毒を頭から浴びたことがあるんだ。それ以来、髪の色も目の色も変化してしまったし、人間が区別できなくなってしまった」
「目が？」
「視力に問題はないはずなのだけれど、個々の人間として認識できないんだ。良く似た黒猫や白猫が城にあふれていたら、君はそれがどの猫か一目で判別できるかい？」
そっと首を振り、エメリンは胸が痛くなった。誰の区別もつかないなら、不真面目な人間として軽く見られていたほうが傷つかないなんて、そんな生き方は寂しすぎる。
「この髪色では、王族と名乗っても怪しまれるだけ。だから、あえて他国の神殿に行ったんだ。神殿にいれば、魔物の情報も入ってきやすいからね」
「では、私のもとに来たのは情報収集でしたか？」
「最初はそのつもりだったんだけれど、なぜか君だけは君だって認識できたんだよ。それから目が離せなくなって、今ではすっかり君の虜さ」
「なんであなたの言葉というのは、いつもそんなに嘘臭いんでしょうね」
「じゃあ、どれだけわたしがあなたに焦がれているか試してみるかい？」
「拒否権はありますか？」
「わたしではダメかな」
「そこはいかにフリとはいえ、チャラ男らしく唇を奪うところですよ」
そう言って、エメリンはデニスの唇を奪ってみせた。
その後、エメリンの母国は神殿を通じて謝罪をしてきた。どうやら暴走していたのは第二王子の一派だけで、それ以外の王族は真の聖女とやらを疑わしく思っていたらしい。第二王子派の人間は、ここ最近急激に見目麗しくなったものや、富を得たものばかりが忽然と姿を消していたが、その行方を探そうとするものはいなかった。
エメリンは、結婚後も夫の祖国の神殿で薬師として働いた。彼女とその伴侶の尽力により、大陸における薬学技術は飛躍的に高まったという。
魔物の被害は、エメリンの時代に起きた襲撃を最後に途絶えたといわれている。監獄に収容できないほど各国の運営を圧迫していた犯罪者の数が、その頃を境になぜか急速に少なくなっていったというが、それは恐らく偶然の出来事だったのであろう。
お手にとっていただき、ありがとうございます。ブックマークや★、いいね、お気に入り登録など、応援していただけると大変励みになります。
