第7話 お風呂
カーミラを振り切り、マルクは風呂場へやってくる。
手始めに備え付けられたシャワーで、簡単に体を流した。
「ふぅ……」
それから湯船につかってほっと一息つく。今日は深夜に叩き起こされた上に、散々な目にあわされたので、とても疲れている。
夜更かししているのもあまりよろしくない。
「今日は…… 大人の階段をすっとばしてのぼっちゃった気がします……」
ようやく一人きりになれたマルクは、ぼそりとそんなことを呟いた。
「大人は大変なんですね……」
そして、そう続けたその時だった。
「マルクちゃーん、背中ながしてあげるわよー」
「マルクさんの背中を流すのはワタクシですっ!」
扉の向こうから、カーミラとクラリスの声が聞こえてくる。
「え? え? ちょっと――」
マルクは大慌てで湯船に肩まで浸かり体を隠した。
それからすぐに、勢いよく扉が開け放たれる。
「きゃあああああああ!?」
マルクは女の子みたいな悲鳴を上げた。
そんなマルクの様子は気にも留めず、意気揚々と風呂場へ乗り込んでくるカーミラとクラリス。
当然、何も着ていない。露わになったカーミラの褐色の肌と、クラリスの色白な肌がマルクに迫ってくる。
思わずマルクは、目を両手で覆った。
「は、入ってこないでください!」
「あらあら……そんなに怖がらなくていいのよ?」
「ワタクシがマルクさんのお身体を清めて差し上げますね」
「ぼ、僕はもうあがりますっ!」
マルクは大急ぎで腰に手ぬぐいを巻いて湯船から上がり、二人の間を通り過ぎようとする。
「うふふ、遠慮しないで」
「そんなに早くあがったら風邪をひいてしまいます」
しかし、両脇をがっちりかためられてしまった。脇の下に手を入れられ、マルクは変な声が出る。
「あ……っ、まっ……てっ!」
「ほらほら、椅子に座ってちょうだい」
「たくさん汗をかきましたからね。しっかり隅々まで綺麗にしなくてはいけません」
「んんっ!」
石鹸がついて泡立ったカーミラとクラリスの手が、マルクの身体をなでまわす。
「本当に……キレイなお肌ね。うっとりしちゃうわ」
「気持ちいいですか? マルクさん?」
「ちょ……とっ!」
マルクの体が、ぴくりと跳ねた。気持ちいいというよりくすぐったい。我慢していても、声が漏れてしまう。
「はぁ……はぁ……っ」
やがて、マルクの体を包んでいた泡は、シャワーの水によって洗い流された。
「もう……あがります……っ!」
戦闘不能寸前のマルクは、そう言って風呂場から出ようとする。
「まだよ? まだ湯船に浸かっていないでしょう?」
「え……?」
「ちゃんとゆっくり500数えるまで浸かりましょうね!」
「そんな……ご、ごひゃくって……!」
魔族であるカーミラもハイエルフであるクラリスも、人と時間の感覚が違う。マルクは初めて、種族による文化の違いを感じた。
「たす……けて……」
マルクは絶望し、そう呟いた。故郷に残してきた姉の顔が走馬灯のように浮かんでくる。
「マルク……絶対に、無事で帰って来て……っ!」
――お姉ちゃん。
ざぶーん。
マルクは二人に抱き抱えられたまま、湯船に浸けられた。背後にはクラリス、正面はカーミラ。どちらにせよ完全に逃げ場がない。
――僕……もうダメかも……。
「いーーーーーーーーーーーーち、にーーーーーーーーーーーーーい、さあーーーーーーーーーーん」
クラリスは予想以上にゆっくりと数を数える。お湯は三人で浸かったせいでほとんど外に出たが、マルクの頭は恥ずかしさでどうにかなりそうだ。
「あ………………」
その時マルクは自分の運命を悟った。口がぽかんと開き、身体の力が完全に抜ける。
「しーーーーーーーーーーーい、ごーーーーーーーーーーお、ろおーーーーーーーーーーーーーーく」
「しーーーーーーーーーーーーーーち、はーーーーーーーーーち、きゅーーーーーー………………」
「………………」
「………………………………………………………………」
――静謐が訪れた。
こうしてマルクはクラリスが500数え終わるまでの間、湯船に拘束され続けたのであった。
それ以降の記憶ははっきりとしていない。