第59話 少年と吸血鬼
カーミラの前には、完全に無防備なマルクが立っている。
「ほ、本当に吸ってもいいの……?」
おろおろしながら、そう問いかけるカーミラ。
マルクは黙って頷いた後、続けた。
「……あんまり何回も聞かれたら僕、心変わりしちゃうかもしれませんよ?」
「そ、それは困るわ!」
「…………そういう所は素直ですね」
マルクは、カーミラのことをじっと見つめた。
それに対し、カーミラは恥ずかしくなったのか、咳払いをして誤魔化そうとする。
「でも良いんですよ。ずっと我慢してたんですよね?」
「別に、アタシはそんなつもりじゃ……ないってことはないけれど……」
「つまり、そうだってことですね。……やっぱりカーミラさんは変態です」
「ひ、ひどいわマルクちゃん!」
そうは言いながらも、カーミラは完全に興奮しきっていた。瞳孔が開き、息は乱れ、今にもマルクに襲いかかりそうだ。
「違うんですか? それなら、やっぱり今の話はなかったことに――」
その時、カーミラは素早くマルクのそばへ近寄り、そのまま近くのベッドへ押し倒した。
「わっ?!」
「アタシのこと、からかいすぎよマルクちゃん。もう本当に襲っちゃうんだから……!」
「襲うって……血を吸うだけですからね……?」
「さあ、どうかしら。もう逃げられないわよ!」
「そんな……」
「うふふ、冗談よ。……だから怖がらないで」
小さく震えていたマルクの耳元でそう囁き、優しく頭をなでるカーミラ。
「は、はい。その……出来るだけ、痛くしないでくださいね?」
マルクは少しだけ不安そうな顔をしながら言った。
カーミラは、その姿に激しく理性をかき乱されながらも、できる限り平静を装う。
「うふふ、大丈夫よ。吸血鬼に血を吸われるのって、とても気持ちいいの」
「……少しだけ、覚えがあります」
「そういえば、初めてじゃあなかったわね」
「はい。……前は、カーミラさんが僕のことを無理やり……」
「……その件に関しては深く反省しているわ」
口ではそう言ったが、獲物を捕らえたカーミラの心は、それどころではなかった。
「ああ、とっても美味しそう……!」
マルクの首筋に軽くキスをして、そう呟くカーミラ。
「ひゃぁ?!」
カーミラは、びっくりして少しだけのけぞったマルクのことを両手でしっかりと押さえつける。
「――それじゃあ、いただきます」
そしてとうとう、口元から鋭い牙をのぞかせ、そのままマルクの首筋へ噛み付いたのだった。
「んんっ!」
首にじんわりとした痛みが走り、思わずくぐもった悲鳴を上げるマルク。
カーミラは、そんなマルクのことを優しく抱きしめ、落ち着かせた。
「あ……うぅっ……!」
カーミラの甘い香りに包まれ、痛みは次第に心地よさへと変わっていく。
マルクは、頭がくらくらしてどうにかなってしまいそうだった。
「カーミラ……さん……っ……!」
「――――――んっ?!」
恐怖と快感、湧き上がってくる二つの感情。
血を吸われ、体の熱がゆっくりと奪われていく感触。
体中がゾクゾクして、まるで電気が駆け巡っているかのような感覚。
マルクは、必死にカーミラの体へしがみついて、それら全てが過ぎ去っていくのをじっと待っていた。
その間も、カーミラは美味しそうに喉を鳴らしながら血を飲んでいく。
「――――――っぷはぁ!」
やがて、吸血を終えたカーミラが顔を上げた。
「はぁ……はぁ……いきなり抱きついてくるから、びっくりしちゃったわ……!」
顔を真っ赤にし、恍惚とした表情でそう告げるカーミラ。
「……ごめん……なさい……」
対してマルクは、半ば放心状態のまま答えた。
「い、いえ、謝らなきゃいけないのはアタシの方よ。……ごめんなさいマルクちゃん。少し血を吸いすぎてしまったかもしれないわ」
「カーミラさんが満足できたなら……それでいいです……」
そう言って、力なく笑うマルク。
「美味しかったですか?」
「ええ、とっても」
そう言って、愛おしそうにマルクの頭をなでるカーミラ。
「良かった――これで……約束が果たせました。これで、少しは恩返しになるといいんですけど……」
「マルクちゃん…………。恩返しだなんて、そんなこと考えなくてもいいのに……」
カーミラは、口元に付いた血を舐め取り、ベッドの脇へ腰かけた。
「あの……」
「ど、どうかしたのマルクちゃん?」
「僕……疲れたのでちょっとだけ寝ますね……」
「そ、そうね。ゆっくり休んでちょうだい! う、うふふ……!」
カーミラが言い終わらないうちに、マルクは目をつぶって寝息をたて始める。
「……どうしましょう……今回は完全にやってしまったわ……ッ!」
その様子を見届けて、急激に冷静さを取り戻したカーミラは、自らの行いに対し頭を抱えるのだった。




