第56話 足止め
ダフニを出発して、三日が過ぎた。
マルク達の旅は、これといった問題も起こらず順調だった。このままいけば予定より早く――少なくとも明日にはキーアに到着することができるだろう。
「平和だねー」
リタは、馬車に揺られながらのんきに呟いた。
どさくさに紛れて席を交代したので、現在彼女は、元々クラリスが座っていた場所に陣取っている。
「……そういえば、どうしてワタクシは後ろに座っているのでしょうか?」
「あらあら、あなた今さら気づいたの?」
「し、してやられました……!」
いつの間にやらマルク達の側から引き離されたクラリス。彼女が困惑する様子を見て、カーミラは笑った。
「ほらほらマルク、遠慮なくボクの膝を使って良いんだよ!」
「大丈夫です。もう大分慣れてきましたから」
「そんなぁ……!」
マルクに膝枕を断られ、落胆するリタ。それから、ふてくされた様子で続ける。
「じゃあいいよ。ボク、勝手にマルクのこと触ってるから! えいえいえい!」
リタは、マルクとライムを両脇に抱き寄せ頬ずりをした。
「二人ともほっぺがもちもちだねー! 触り心地最高だよ!」
「や、やめてくださいリタお姉ちゃん……」
「ライムはゃん、ほびひゃう……」
リタは、ライムの頬をつまんで楽しそうに笑う。
「ライムのほっぺた、すごい伸びるじゃん! 可愛いね! びよんびよん!」
「うぅ…………らんらのほのヒト……」
褒められたことに対する嬉しさと、引っ張られていることに対する不快感が入り混じり、複雑そうな表情をするライム。
「リタお姉ちゃん……前はもっとクールでかっこよかった気がします……」
マルクは、はっちゃけたリタのことを横目で見ながらぼそりと呟いた。
「ボク、自分の気持ちに素直になったんだ。だからもう、迷わない!」
「少しは迷ってください……」
リタに散々もみくちゃにされたマルクが、疲れ切った様子で言ったその時だった。
――突如として馬車が大きく揺れて急停止する。
「わあっ!?」
リタとライムは大きくバランスを崩し、互いに絡まり合う。
「くるしい……」
「ご、ごめんねライム。……それにしても、一体何事なの!?」
リタは身を乗り出して馬車を走らせていた馭者に問いかけた。
「わかりやせん……急にこいつらが止まっちまって。どうしちまったんだか……」
そう言って、馭者は首を傾げる。
二頭の馬は落ち着きを失い、嘶いた。
「すごく怖がってます……大丈夫なんでしょうか……?」
歩くことを止めてしまった馬を、心配そうに見るマルク。
「――見てください! 前方に魔物の群れがいます!」
その時、唐突にクラリスがそう叫びながら遠くを指さした。
「……どうやら、オークの群れのようね。こんな昼間に、それも草原で見るなんて珍しいわ」
カーミラは言いながら立ち上がり、武器を手に取って馬車を下りる。
「なるほど、魔物を怖がっていたんですね。早く追い払いましょう」
先に馬車を下りたクラリスとカーミラに、マルクが続こうとしたその時。
「だめ、マルクはここ」
「――――え?」
マルクは、ライムに肩をつかまれ馬車の中へ引き戻されてしまう。
「ど、どうして……?」
「ライムの言う通りだよ! マルクはまだ病み上がりなんだから、ボクたちに任せて、ここに座ってて!」
と、リタが言った。
「無理したらライムちゃんおこる」
さらに、ライムがそう続ける。
「またあんなことになってしまったら大変よ? 大人しくしていなさい」
「魔物ならワタクシたちで倒せますから」
おまけに、カーミラとクラリスまで加わってそんなことを言い始めた。
どうやら、全員マルクの怪我をかなり気にしているらしい。
「で、でも僕、すっかり良くなりましたよ? もう大丈夫で――「だめ」
「ライム、せめて最後まで話を――「ここに居て」
「うぅ……そん――「大人しくしてて」
「まってて」
結局マルクは反論する機会すら与えられず、ライムによって半ば強引に馬車の中へ押しとどめられてしまったのだった。
「過保護すぎます……」
馭者と一緒に馬車に残され、恥ずかしさのあまりうつむきながら呟くマルク。
「で、でもまあ、馬車を守る人が一人くらい居ても良いですよねっ!」
必死にそう言い聞かせ、自分自身を納得させるのだった。
そうこうしている間にも、オークの群れは段々とこちらへ近づいてくる。
「ワタクシにお任せください!」
先陣を切って飛び出したのはクラリスだ。
「静謐のクラリス。神の名のもとに、不浄を払います!」
クラリスは右手で空中に弧を描き、異空間へ収納している巨大なメイスを呼び出す。
頭上に大きな魔方陣が展開され、そしてそこから、
「…………あ」
――大量の金貨が降り注いだ。




