第20話 勇者パーティの崩壊 その4
探索を続けていたエルネスト達は、時間をかけてようやくケルベロスが守護する部屋の前まで到達する。
「この奥にヤツがいる。道中、予想外の苦戦を強いられたが、気を引き締めていくぞ。ファクトベースに考えて、今のオレたちの実力があれば討伐は可能なはずだ。ルドガー、エイラ、補助魔法の重ね掛けを頼む。あらかじめ準備をしておけば――「たのもー☆」
エルネストの話に飽きたルドガーは、扉を蹴り開けて、ケルベロスの居る部屋へ突撃した。
「ギャオオオオオオオンッ!」「キャイイイインッ!」「エフッエフッエフッ!」
侵入者に反応し、三つの首それぞれから雄たけびを上げるケルベロス。少なくとも、ルドガーの身の丈の三倍以上の大きさはある。
「……え? は?」「冗談だろ……?」「What the f**k?」
ルドガーの起こした突然の奇行に凍り付くパーティメンバーたち。
「な……何やってるんだ貴様ああああああああああああああああッ!」
そして、激怒するエルネスト。
「まあ、そう怒らないでくれたまえよ。ファクトベースに考えて討伐は可能だって、君も言っていただろう。意味がわからないけど☆」
「それは万全の準備を期した場合であってだな」
「――少し、静かにしていてはもらえないだろうか。集中したいんだ」
そう言ったルドガーの表情は、いつになく真剣そうだった。
「貴様……何を……!」
ふざけた奴が真面目な顔になったので、動揺するエルネスト。
その時、ケルベロスがルドガー目掛けて飛び掛かってきた。
「――宵闇に瞬く星々、双月の明きに導かれ、直下に光を灯さん」
ほぼ同時に、ルドガーは魔法の詠唱を始める。
普段の振る舞いからは想像もつかないほどの集中力で紡がれていく言葉と、練り上げられていく魔力。
「晦冥悉く披き明かせ、星降る指先!」
ルドガーが呪文を唱え終わると、一瞬だけ室内が眩く光り輝く。
そしてケルベロスの周囲に魔方陣が展開され、そこからいくつもの光る粒のようなものが飛び出し、縦横無尽に反射を繰り返した。
「ギュオオオオオオオンッ!」
やがて、ケルベロスはうめき声を上げてその場に倒れ伏した後、ばらばらの肉塊と化す。
「……まあ、こんなものかな」
ルドガーの放った魔法は、一瞬にしてケルベロスを葬り去ったのだ。
「これが……占星魔術師……<星呼び>のルドガーの……実力……!」
目の前で起きた出来事にあっけにとられ、思わずそう呟くリタ。
「やはりアイツを外して正解だな。まさか後任がここまで優秀だったとは」
「こいつはすげぇぜ!」
「あのガキがいたら、こうは行かなかったでしょうね……!」
予想外の速さでの討伐に湧くパーティメンバーたち。
ルドガーは、軽く服についた埃を振り払った後続けた。
「じゃあ、目標達成だしもどろ――「先へ進むぞ」
「…………えっ?」
エルネストの発言に、ぽかんとするルドガー。彼女本人としては、さっさと探索を終えてこのパーティから抜けたいと思っていたのだが、エルネストにはまだ帰る気がないらしい。
「な、なぜ先に進むんだい……?」
「お前の尽力のおかげで、パーティにはまだ余力がある。俺達Sランクパーティは、わざわざ余力を残して町へ戻るような非生産的なことはしない」
「いや、Sランクパーティだからこそ慎重を期すのでは……?」
「違う。常識を疑え。マインドセットを変えろ。パラダイムシフトを起こせ。価値観をアップデートしろ」
「……頼むから私にわかる言葉で話してくれないかな。き、君たちも黙ってないで、何とか言ってくれよ!」
そう言いながら、パーティメンバーを見回すルドガー。
「私はエルネストに賛成よ。たぶん、こいつがこのダンジョンの守護獣だし、もうこのレベルのやばい魔物はいないわ」
「エイラのいう通りだ。さっさと最深部まで行って、終わらせちまおーぜ。ゴルドム、お前もそう思うだろ?」
「Abso-f**king-lutely!」
しかし、三人ともエルネストに異論はないようだ。
「あ、あれぇ……?」
目論見が外れて泣きそうな顔になるルドガー。
その時だった。
「あの、ボクは戻った方が良いと思う……」
リタがおずおずと手を上げ、そう言う。
「やっぱり、この先に何があるのか分からないのに進むのは危ないよ……」
「リタ……! 君ってやつは…………!」
目を潤ませながら、リタの顔を見つめるルドガー。頭のおかしい人間ばかりのこのパーティの中で、唯一の常識人であるリタのことが天使に見えた。
「黙れ。もう一度言うが、このパーティは実力主義だ。もし俺の指示が聞けないのなら……その先は言う必要ないよな? 自分で考えてみろ」
「うぅ…………」
しかし、あっさりとエルネストに黙らされてしまった。
「ひ、酷いじゃないじゃないか! リタの言う通り、戻った方がいいって! いのちだいじに!」
「急ごう。もたもたしている時間はない。タイムイズマネー」
エルネストは、そう言いながら先陣を切って十一階層へと下っていく。
――マジで早く帰りてぇ……。
ルドガーは、その後を追いかけながら心の底からそう思うのだった。
「ギャオオオオオオオンッ!」「キャイイイインッ!」「エフッエフッエフッ!」
その時、パーティがいる部屋の外からケルベロスの鳴き声が響いてくる。