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短編集・散文集

煙草

作者: Berthe

 到着を知らせるアナウンスが響き渡り、(みお)はまぶたを閉じてなかば夢心地にもたせていたスプリングコートの胸元から静かに頬を離すと、(しゅう)を見上げた。


 その顔に優しく冷たい微笑みが浮かぶのをよそにせわしないドアは早くも音を立てて打ち開き、彼は微笑をのこして身を翻しながら、澪はその袖にぎゅっとつかまるままいっしょに降り立つと、まばらな人足。階段をおりて改札をあとに、駅の外壁に隣り合い見渡す夕暮れの往来は、街の煌びやかであわただしい雑踏とは余程趣も変わってひっそりしている。


 駅を三つはなれただけでたちまちにして出会う郊外の静けさに、いまさらながら不思議の感に打たれて出る足も出ぬままぼんやり手をコートに差し入れ煙草を取り出した柊に、澪が驚きの目でもって答えると、彼は片眉をひとつ動かしてそれを収めた。その手を、あらためて彼女に差し出すと、澪は子犬のごとく手を取って口もとは幸福に満ちてゆく。


 柊はその手をやさしく奪い返して歩み出すと澪も後ろについた。


「ねえ、コンビニ。寄ってもいい?」ふたりの行く手にあらわれて、折から過ぎ行く横手で澪はたずねると、彼はこちらに向き直って、

「行っておいで」というのに、澪は哀訴の目をにじませて首を振り、

「一緒に」


 言うことを聞いてくれた柊を引き連れて店内をまわりながら、「これだ」としゃがんで手に取りためつすがめつ。笑顔で振り仰げば、もういない。澪はつま先立ちに見回して、すぐさま冷蔵庫のまえになかば首をうつむけたそれらしき人影を認めてすたすたおもむけば見も知らぬ人である。


 ふっと横目にはいった硝子の先でささやかな音をたててドアが閉まってゆく。その閉じた向こうで、柊がしなやかな手に口先をおおう。小さな明滅。立ち昇る細い煙。吐き出された煙が鉛色にとけてゆく。

読んでいただきありがとうございました。

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